不登校初期:この時が最も辛かった
子どもが不登校になったときのこと、日記をつけていたので、それを投稿します。
不登校初期。一番つらかった時期です。
「がっこうにいきたくないって言ったらどうする?」
そう娘に言われて、慌てた、うろたえた。
平静を装って、「そうだね、こまっちゃうかな、
お仕事あるし、、、、うーん、理由をきくかな」
YESでもNOでも無い返事をすることで精一杯でした。
小学校2年の4月末に下痢になり、熱が下がらず、家にいるときは元気だけど、ランドセルを前にすると涙を流す娘がいて、
思い出すだけでも涙が出そうになります。
そこから私の未知の世界を知ることとなりました。
私が知らなかった世界です。
わたしは、娘が学校にいきたくないといって、
不登校宣言をしてくれたことを、
心から感謝しています。
なぜなら、私は大きく間違っていたことに気づくことができたからです。
子供の声を聴くということを、してこなかった。
子供の気持ちの変化など、気づく余裕もなかった。
仕事が忙しかった。残業もほぼ毎日。子供は放課後プラザに行くというのが、なんら普通のこととして、過ごしていました。
習い事は、スイミング。毎週、走らないと間に合いません。
娘は、いつも走ってくれていました。
今思えば、なんて申し訳ないことをしてしまっていたんだろうと。
そんなに慌てていくこともなかったのに。
でもその時は、時間を守るとか、10分前には着いていたいとか、
そういう私の性格が前にでていて、子供もそれに合わせてくれていました。
娘が家にいるようになって、わたしは、未知の世界に突入し、
とにかく相談窓口に電話して、アドバイスをもらったり、
本を買って読んだり、動画配信を見たり、、、
不登校という文字を一生懸命検索して、
私は今、娘にどういう声かけ、どういう対応をしてあげるのがいいのか、
探しまくりました。
初めに出会った本が、「まちよみ」内田早苗さんの本です。
待つことの大切さを学びました。
その次に出会ったのが西野博之さんの「ゆる親のすすめ」7歳~と
10歳~両方読みました。
ここで、
くう、ねる、だす。そのままでいいんだ、
生きているだけで、すばらしいんだ。
ということを学びました。
このあたりで、私は、学校に行くということは、そんなに必ずやらなきゃいけないことじゃないのかもしれないと思えるようになっていました。
それでも、居場所がどこかに必要なんだと思っていたので、
第三の居場所探しを始めました。
でも、出かけるたびに、想像つかないことが起きて、
2人で疲れていきました。
どこか、この子が昼間楽しく過ごせる場所を探してあげたい。必死でした。
家が、居場所ということで、いいんじゃないか。
旦那が、私に言いました。
私は、はっとして、
落ち着いて考えようと思いました。確かにそうかもしれない。
わたしもこの家が好き。娘もこの家が好きと言っている、
じゃあ、家でいいのでは。
その時に、登校拒否を考える会にお邪魔したときに、初めて聞いた、
ホームスクーリングという言葉を思い出しました。
いろいろ調べていくうちに、「うちもホームスクーリングだよ」という人とつながったりして、情報をもらうことができました。
また、更新します。
