なぜ私たちは「やるべきことを探してしまうのか」―—「暇と退屈の倫理学」への感想
こんにちは。弥生です。
近代の大衆器を中心にECリサイクルショップ「えこわっか」をやっている傍ら、ちょっとした舞台スタッフを手伝ったりしています。
いろいろと近況報告はあるのですが、今回は最近読んでいたとある本がとても面白かったので、ご紹介したいと思います。
暇と退屈の倫理学(新潮文庫) Kindle版
Kindle Unlimitedに登録されているのを発見して、ちょっとした夜の余暇として楽しめたらと思って読み始めたのですが、想像していたよりも面白かったので、紹介してみようと思いました。
とはいえ、私自身、哲学の分野は素人。
ニーチェを読んで「うわ! この名言はここにあったのか!」とか。
夜寝るときのお供に哲学書解説の動画を垂れ流しにしている程度の人間。
そのため、おすすめを書くにあたって、私がこの本を読んでいる間に何を連想し、何を考えたのかを自分の視点でお話していく内容となっております。
N=1やんけ!! などという、論理ヤクザは、記事を閉じて本を読んでてください。
論理の筋が美しく刺激的な思考の旅へ誘ってくれます。
感想を開いた危篤な方へ。
一生懸命本を読んで感じたことを書いているのですが、本文を読まないと伝わる気が現在しておりません。
そして、なんなら本を読んだ後にも、私が連想して思考したことが伝わるとは思っておりません。
読み方は千差万別になると思いますし、感じ方も人それぞれになると思います。
哲学書という固い言葉にたじろいだ方。
お伝えできることは、ただ一つです。
ちょっと難しい。でも、読み切った後には間違いなくこの本を読んでよかったと思えるはずです。
私たちの日常と乖離する部分はややありますが、論じているテーマは現代人の私たちにとって非常に身近なテーマです。
YouTube開いて雑学を漁る人にはもってこいの知的体験です。
あくまでもこの記事は、感情優先型で主観に引きこもりがいな私が、この本を読んで感じたことや連想したことを、感情の揺らぎに任せて筆記しているにすぎません。
仕方ないじゃん!
自分よりも論理的な人の著述で、心動いちゃったんだから、論理を論理で語ろうとすると私の能力では不足ばかりが目立って心が折れちゃいそうだったの!!
いっそ感情のままにしたためる方法でしか、私はこの面白さを伝える術がみつかりません。
どうか、私の足りない能力でこの本について語ることをお許し頂き、この気持ちをどう言語化したらいいのかと悩み、筆が迷う様子を観察しながら、「ほんとポンコツだなー」とご笑覧いただければ幸いです。
素晴らしいと思ったものが非常に高度だった時、その説明をするためにはもっと高度な何がしかのスキルが必要なんだ…という気づきと共にこの記事をお送りします。
神よ!!
どうか我にこの本を最後まで語る力を、いつか…10年後とか20年後とかでいいのでください!!
私、頑張るから!!!
本の概要と私がこの本を読む動機
暇とは何か。人間はいつから退屈しているのだろうか。
答えに辿り着けない人生の問いと対峙するとき、哲学は大きな助けとなる。著者の導きでスピノザ、ルソー、ニーチェ、ハイデッガーなど先人たちの叡智を読み解けば、知の樹海で思索する喜びを発見するだろう。
2011年朝日出版社刊『暇と退屈の倫理学』、2015年太田出版刊『暇と退屈の倫理学 増補新版』と現代の消費社会において、気晴らしと退屈が抱える問題点を鋭く指摘したベストセラー、あとがきを加え、待望の文庫化。
内容まとめたかったけど、私の脳の容量と文章の能力ではまとめきれません。
読んだ動機は、単純。
暇で退屈だったからです。
どれだけ仕事が忙しくても、私は暇と退屈を持て余す時間が存在します。
基本私の仕事は仕入れ以外はルーチンワークなので、手は忙しくても頭は暇してることが多い。
なので、
「ひょっとしたら、何か面白いことあるかも!」
という軽い気持ちで本を開きました。
Kindle Unlimitedに登録されてたので、万が一難しすぎて読めなくても途中でやめれるだろうっていう打算多数。そして文章を読んでると目が滑るので、iphoneの読み上げちゃんで耳から読むこともできる。
めっちゃいい暇つぶしじゃん!
みたいな感じです。
恥ずかしい。
でもそんな軽い気持ちで読み始めたこの本が
めっちゃくちゃ面白かったんですよ!!
読んでいる時、私は過去の体験を重ね合わせて「これはこういう感覚だったのかな?」と「こういうことだったのかな?」と論理に合わせて心を動かし、内容にすっかり夢中になっていました。
その体験が、とても楽しくて面白かった。
きっと楽しめる人がもっとたくさんいるし、皆にこの知識の探索を一緒に楽しんでもらいたい!と強く思いました。
なので、記事を書いている次第です。
とはいえ!!
私の頭程度で解説はできません。
読書メモを参考に、この本を読んで連想した項目を並べます。
私の知能が発達して、この本のことをもっと皆さんに楽しんでもらえるくらい説明できる日が来ますように…。
項目① 人類は暇をつぶすために戦い、退屈を紛らわせるために衝撃を求めている(今も)
ここ数年ですがSNS上で炎上事件を見るたびに思っていました。
当該当事者同士で片付ければよい問題を、なんで第三者が首突っ込んで人を傷つけるような行為をするんだろう。
皆暇なんかな?って。
私たちはお互いを殴り合う行動は昭和か平成の前期に文化として置いてきた(と信じたい)ですが
議論という名を冠した文字のやり取りで、相手を攻撃する行動に変容しただけのような気がします。
どうもSNS上でのやり取りは過激で攻撃的になりがちなように思います。
人間は行為に快楽がなければ、そんなことをしません。
「うわ…こんなこと言ったら傷つけちゃうかも…」という罪悪感の元で、意図的に悪口をいう人はいないでしょう。
もしいるとすれば、その人は表現下手なだけで、それは意図せず相手を傷つけてしまっただけの事故。
快楽がなければ行動を繰り返すことはしないのです。
だから多分キモチイイんだろなー。
その気持ちいい、は。
大義のために戦うことが退屈しのぎになるっていう部分と合致するのかもしれません。
項目② コスパという概念は私たちから無駄を奪っていく
私たちはいつの間に、消費活動さえも批評の対象としてとらえるようになったのでしょうか。
なぜ、他人に理解されない物を買うと「あなた贅沢なのね」って言われないといけないんだろうか。
「安物買いの銭失い」という言葉はとても私は嫌いで。
私は私なりにその商品に対して求めるスペックと値段が折り合えば買い物をします。
自分の性格上、物を無くしてしまうことが凄く多いので、高い物を買うことがほとんどありません。
その行動を「物を無くすのは贅沢だ」っていう気持ちもわかるし。
「安いものを買うからなく済んだ」っていう気持ちもわかる。
最近は時間に対しても「タイパ」なんて言って、無駄をなくして効率的に動くことが求められる。
時間を無駄にするな、タイムイズマネーだ!
みたいなことを言うけれど。
時間は時間だし、お金はお金だ。
価値を混合すべきではないと思う。
急ぎたい人は勝手に急げばいいし。
ゆっくりしたい人は、勝手にゆっくりすればいい。
私は対応を急ぐときは、思考を早めるけど、
いつでもせっかちなわけじゃない。
夫と一緒に出掛ける時は、いつだって車から出る準備が間に合わなくて待たせる。
リラックスしている時、私の思考や行動は常人の何倍もの時間がかかる。
私自身がこんなに不安定に時間の中を生きているのだから、コスパだのタイパだの気にするだけ無駄だと思っている。
(この記事だって、この2000文字書くのに3時間以上かかってる)
お金を使うことを贅沢という名で批判して自由に制限をかけた。
時間にもそれを適用する風潮は、嫌だなぁと感じている。
人間が自由に使える資源すべてを贅沢だと言って批判しはじめたら、私たちは何のために生きてるのか、本当にわからなくなりそうだ。
楽しむことを贅沢と言い始めたら、私たちは自分が自由を選択したときに強い罪悪感を感じる生物になるのではないだろうか。
皆が平等な流れの中で、いつ尽きるかわからない。
そんな不安定な資源の自由を、己の幸福のために使わなかったら。
私たちは一度きりの人生を楽しむことはできるのだろうか?
項目③ コロナによる閉塞環境が与えた人間への影響
本の中で、人間は周辺環境の変化を渡り歩くことができる生き物であると論じられていた。
なんとなく、空気にあてられて、私はコロナ渦の間多くのインフルエンサーが発信する「成功哲学」というたぐいのコンテンツに、ある程度触れていた。
コロナ渦のなかで、目立った言葉がある。
「自己肯定感」という、非常につかみどころがない言葉である。
自己肯定感を上げるためには、自分を変えよう!という主張が目立った印象だ。
市場価値をあげるスキルを身に着けよう。
何か新しいことをはじめよう。
ダイエットをはじめよう。
過去の自分を反転させた「新しい自分になろう」。
いずれも、自分の存在を変質させて、自分がなりたい自分になろうという主張が多かったように思う。
(弱腰の主張だと、通勤経路を変えようとかあったけど。おおむね、その経験を通じて新しい何かに出会って変わっていこうという流れが多かった気がする)
一方、ビジネスインフルエンサーとして強い影響力を持ち、「成功者」に類する人々の本ではこのように語られる。
環境を変えよう、と。
自分が一番びっくりしたのは、学生時代の友達との付き合いを自分から切ろうという主張であった。
私自身、学生時代からの付き合いで連絡を取っている友達は非常に少ない。
しょっちゅう付き合ってやりとりをしているわけでもないが、「頑張ってるね」とか。「私、今この店の店長になったんだ」とか。
お互いの近況を損得勘定なく話せる友達は、非常に貴重な存在だと思っている。
学生時代からの付き合いではないにしても、自分が「この人と気が合うな」と思った人とは、縁がある限り――なんだったらどっちかが死ぬまで――友達であれたらいいなと思うし。
その人の力になれることがあれば、私は自分ができる範囲で、協力は惜しまない。
自我を変えるか。
環境を変えるか。
私はそのいずれも正解だと思うし、いずれも間違いだと思っている。
40年も自我と付き合っていれば、得意不得意がモザイクタイルみたいになっている自我に対して愛着を持っている。
私は決して器用ではないし、気が利くたぐいの人間ではないが、自分が理解できる範囲の知的探求を喜び、試験することを楽しむ傾向にある。
心は傷つきやすく脆いが、状況がそろえばタフで強靭になる。
単純な原理で動くけれど、若干複雑な操縦が必要な自我を、40年かけてある程度動かすことができるようになってきた。
そんな私は、自我を変容させるべきなのか?
むろん、私が今の私に満足できていないのであれば、新しい思考の刺激は必要だと思う。
自分を理解するために、新しい概念を入れる必要がある。
けれど、自我や自己イメージを壊してまで、私は別の誰かにはなりたくない。
また、環境においても、私は決して自らが本当に望んでないのであれば変容させる必要はないと思っている。
環境は、私と私に関わってくれたすべての人が協力して作り上げた、お互いにとって心地よい場所のはずだからだ。
うまくいかないこともあるが、それはそれとして対応すればいい。
環境を変えて自分よりももっと良い人のそばで学ぶ?
コロナ渦の中ではそれも魅力的に見えたが、その言説の先にあるのはオンラインサロンの入会窓口だった――なんてことが、何度起きただろう?
人間は周辺環境を渡り歩ける生物だからこそ、コロナという停滞した社会構造の中で「自分を変える」か「環境を変えるか」というセールストークが、刺さってしまったのではないかな?と、考えている。
自我を変容させれば、環境の見方が変わる。
それは周辺環境を変化させて、現状に暇と退屈を感じている人類が抱く不安の感情を揺さぶったのだろう。
環境を変えれば、周辺環境の変化という人間の欲求を満たせる。
金銭的に余裕がある人は実際に引っ越して別の地域に移住したかもしれないし、疑似的に環境を変えたと錯覚できるオンラインサロンは、その欲求を満たす幻影になったはずだ。
けれど「自己肯定感」も、「ビジネスでの成功者の体験談」も。
全ては売り物だった。
買われた時点で価値としての役割を終える。
もしビジネス書を読んで成功しようが、失敗しようが、書いた著者本人はその本の責任を取るべきではないし、取る必要性も存在しない。
ましてや、時流に乗ってお金を稼げた人たちは、お金を稼げた人たちなのであって。
本を読んで、話している言葉を聞いても、生い立ちも生育環境も、過ごしてきた地域も人間関係も異なる誰かは、ただの他人である。
他人が言ったことに従っていれば、私が幸福になるという幻想は早めに捨てておくほうがいいんだろうな、と改めて思う次第。
結局、私にとっての幸福を知るのは、私だけなのだ。
さいごに
色々と連想して考えをめぐらせたことをただ羅列する。
そんな下手な紹介記事になってしまいました。
自分の力不足を感じるとともに、こんな記事になってしまって悔しいなと思っています。
これだけ、手ごたえがないまま文字を連ねているので、おそらく本の魅力を伝えることはできていないのでしょう。
ですが、この本を読んだ時、私は間違いなく心を動かされました。
自分の人生や考えを振り返りながら、思想の旅を一緒に歩いている気持ちになったのです。
そしてその体験は、過剰な興奮はなく。
淡々と、淡々と様々な世界を見せてくれるのです。
哲学書というと固く重苦しい旅に心が浚われて、思考や思いが散逸してしまうことが暫しあります。
難しい言葉につまづいてしまったり、論理の跳躍に飲み込まれたり。
けれど、この本は、様々な観点から「暇と退屈の倫理」をわかりやすい筋の上で分析・反証・参考にしているので。
私は心地よいままに思考の結末にたどり着くことができたのです。
タイトルにある通り、「暇と退屈の倫理」とは? という、本を読まなければ、ふわっとした概念の答えをこの本は提示してくれています。
その結論は決して、目新しいものでもありませんし、私の乏しい人生経験の中でも、何度も聞いたたぐいの答えです。
しかし、その答えがいかに普遍的であるか。
そして、その答えに改めてたどり着いた時、その答えの価値に気づくことができたのです。
結論だけを読んでも、この本の面白さはわからないと思います。
現在AmazonKindleUnlimitedで配信中のタイトルです。
初月は30日無料だったよなー…と記憶しているのですが。
その点、ご確認ください。
物を売り込むことで人から選択する贅沢を奪っているのではなんて話をしたから、アソシエイトURL貼ることにちょっと罪悪感あるけど貼っちゃう。
私には今、とてもほしい贅沢品があるのです。
1万円以上するエルゴノミックキーボードがめっちゃほしいんです。
贅沢品は己の力で得てこそ!!
最大の幸福と満足があるのだ!!
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