薄明りの日本を読み歩く――柳田国男『火の昔』を読んで
こんにちは、月邑です。
普段は近代日本の古道具や陶器を扱う「えこわっか」を運営しております。
道具市場・骨董系の市場でほんの少しずつですが仕入れを再開しました。
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どうぞ、よろしくお願いいたします。
リハビリがてらのお散歩で、思わぬ“出会い”があった話
秋のお散歩中に、思いがけず“火の文化”に触れる一冊を拾いました。
今日は柳田国男『火の昔』の話をすこし。
近くの図書館でリサイクル本の配布会があったので、6〜7冊いただいてきた。
— 月邑弥生🕊️雑貨屋えこわっか (@rmf_doll) November 16, 2025
のんびり読むか。 pic.twitter.com/Y9s0549HMh
ベンチに寝転んで(本当は芝生で読みたかったけど虫が怖いので…)秋の昼下がりに読み始めました。
著者・柳田国男について
私の最初の印象は「不思議な話を集めた人」。
『遠野物語』のイメージが強く、どこか“奇談収集家”のように思っていました。
口伝調の独特な文体なので、私はいまだに通しで読めたことがない。
「昔話を集める不思議おじさん」という認識が大きくひっくり返ったのが、ゆる民俗学ラジオの柳田国男シリーズ。
柳田国男の人生を紹介するとともに、民俗学ってどういう学問なのかを教えてくれるいいシリーズです。
この動画を見てから、「記録に残らなかった名もなき人々はどう生きたのか」に俄然、興味がわいてきたのです。
そんな柳田国男が「火の文化」に注目して書いたのが、この一冊。
灯火にまつわる道具や文化、火を燃やすための燃料、台所事情から、火にまつわる信仰や価値基準まで。
近世・近代の日本を照らす火についての論考がまとめられていました。
角川ソフィア文庫版が手に取りやすくおすすめです。
消えてしまった“灯りの文化”:タンコロとヒョウソク
私が強烈に魅力を感じる、タンコロやヒョウソクに関する記述があったのでご紹介します。

幕末から明治にかけて、灯明具として使われていたのが「タンコロ」「ヒョウソク」と呼ばれる灯明具でした。
もともとタンコロという呼び方は、東北地方で呼ばれていた呼称なのだとか。よく似た別の道具と区別するために、「タンコロ」「タンコロリン」と呼ぶようになったそうです。
この「タンコロ」は大阪や京都に行くと「ヒョウソク」と呼称が変わります。蝋燭の代わりにつかれる瓢箪型のものという意味で、誰かが戯れにつけた名前が流行して、商品名になってしまったらしいです。
ちょっとした言葉遊びが出てくるのが、なんとも都会らしい感じがします。
この灯明具は小さな村の雑貨屋さんの店先に転がっていたんだとか。
蝋燭が手に入りにくかった時代、市井を照らしていたのはこんな素朴な灯りでした。
こういう無名の民具に出合った時、心がすこしドキドキっとします。
いつか誰かが残していった、時代の残り火。
その一端に触れるような気持ちになるからかもしれません。
火を燃やすにも知恵があった:松脂蝋燭の話
火を燃やすための燃料は、時代や土地によってさまざまに変わってたことも記述されていました。
中でも面白かったのが松脂蝋燭。
松脂を棒状に整形し、笹の葉を巻き付けたもので、明治の初期ごろまで、農村部で蝋燭の代用品として使われていたそうです。
形が、ちまきみたい。なんとも面白い形をしています。
松脂は水に火が付きやすいことから、現在でも天然の着火剤として利用する人もいるんだとか。
もし山の中でさまようことになったら、松を探そう…!と思ったんですが、岡山では、松の木を探すほうが大変かもしれません。
更に、蝋燭にするには、水分を蒸発させて棒状になるまで練らないといけないわけで…。
現代社会ではお目にかかる機会がなさそう。
どんな燃え方をして、どんな匂いを発したのでしょうか。
うーん、気になる。
気になるけど嗅ぎたくない「魚灯」という燃料
燃えるときに匂いのない火に慣れている私たち。
しいて言うなら、灯油の燃える独特な匂いが身近な「匂いがする火」かもしれません。
けど、昔の火は時として臭かったみたい。
魚がたくさん取れたとき、食べきれない魚を使って燃料を作っていた地域があるそうです。
その名も「魚灯」。
漁村を中心に、魚を絞って集めた油を灯として古くから用いたんだそう。
この匂いはかなり強烈だったらしく、ちっとも明るくないわりに、着物に匂いがつく代物だったのだとか。
なんとなく、青魚を焼く時の独特のにおいが、鼻孔をかすめる気がします。
魚の焼ける匂い、たまに嗅ぐからものすごくおいしい匂いという認識だけど、家中や服からも漂ってくると、確かに、かなり煩わしいものかもしれません。
もし世界に電気も灯油もなくなったら、大海原に漕ぎ出て、魚を大量に捕まえて、涎を垂らしながら宵闇に魚灯を灯す。そんな生活が待っているかもしれません。
その時は、魚灯の匂いでごはんが何杯食べれるか、試してみてもいいかも。(味気ないので海の水を煮詰めて塩を作ろう)
いくつか柳田国男の「火の昔」から、気になった部分を抜粋してご紹介をさせていただきました。
ご紹介した内容のほかにも、火にまつわる文化・道具・燃料・歴史が記述されています。
それはまるで、電気が灯る前の日本の姿をおぼろげに照らす、頼りない灯火のようです。
子供の頃、耳にタコができるほど「昔の人の知恵はすごかった」とおじいさん・おばあさんが語っていました。
確かに、この「火の昔」を読むと、その知恵を少し感じられます。
自分たちが生きる土地で、身の回りのものを使って、どうやって「火」を扱っていくのか。
その知恵を知ると、なんとなく「明日電気がなくなっても。明日、石油が枯れてしまっても。不便だけど生きていくことだけはできるんじゃないか」っていう、不思議な自信を与えてくれます。
ご興味があれば、ぜひ!
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