さもなくば心は物語でいっぱいに
「一番得意だった科目は」と聞かれたら、ぼくは国語を選ぶだろう。
現在のところ心理職かつライターである人間として、これは周囲にそれほど珍しい性質ではない。だが、自分の場合は「際立って」そうであったと思う。高校3年生の頃に受けたとある模試は、高1~高3まで合同だった。冬に返却された成績ー全体トップの国語と、平均を大きく下回る数学ーを見て、ひとは「あなたらしいね」と笑っていた。(入試1か月前に数学が惨憺たる出来であることを、心から笑えるかはともかくとして)ぼくもそれを肯定せざるを得なかった。
何がぼくを「ぼくらしく」したのか、ということについては、見解が分かれるところだ。小学生の頃に「作文の書き方」みたいなものを教わって帰ってきたことかもしれないし、中学生の頃に国語担当の塾講師(凛々しくて笑顔がキュートな人だった)への好意を抱いていたことかもしれない。あるいは、プラナリアのNou-darake遺伝子よろしく、ぼくの頭部でkokugo-saikyo遺伝子なるものが発現している、という可能性もある。まあどんな説を採用するにしても、国語が得意であることは、ぼくの幼少期を支えたのが物語であったことと全く無関係ではないだろう、と思う。
そう、ぼくの人生は文字通り、大量の物語と共にあった。テレビを制限されゲームを一切禁止された家において、子どもの主たる娯楽はリビングの大きな本棚(と、図書館/図書室から上限いっぱいまで借りた本)だ。
そして(今はそうではないが)、当時のぼくは同年代と上手くやるのが極端に不得手だった。個人の性質、周囲と共通の娯楽がないこと、片目弱視ゆえにチームスポーツができないこと、その他諸々の理由により、「友達を作る」という人生初期のクエストは多くの失敗に見舞われた。
そういった状況下において、ぼくは当然のように図書室の常連となり、本の中に閉じこもって生きていた。
出会うべき本と、ベストな時期に出会える、ということは大いなる幸運である。冒険をしたい時にはキップリングの『ジャングル・ブック』が。鬱屈した中学受験期には『素直な戦士たち』(城山三郎)が。同世代が学校生活で知るようなことを小学生のぼくに教えたのは、『ハリー・ポッター』や『ナルニア国物語』だった可能性が高い。
自分の状況を客観視するのにも、物語は大変役立った。たとえば、母が嫌がらせとして与えた『“It”と呼ばれた子』や『タイガー・マザー』とか。何がどこまで、どのように重なるのかについては触れないでおくとして、それらは10歳の自分に無数の示唆を与えてくれた。
成長するにつれて、世界は複雑さを増した。子どもの情緒にさっぱり関心のない両親に代わり、ぼくの感情を育てたのは物語だった。『西の魔女が死んだ』は非現実的に感じたけど、『本屋さんのダイアナ』には羨ましさを覚えた。いじめられっ子だった時には川上未映子の『ヘヴン』があって、『死にぞこないの青』(乙一)は理不尽と攻撃性を背負ってくれていた。自分の性質がどのようであっても、他者を諦めきれないと思ったのは『オーダーメイド殺人クラブ』(辻村深月)を読んだ後だった……かもしれない。
物語は当時、あまりにも多くの役割を担っていたと思う。ぼくの友人であり、保護者であり、師であったのだから。想像はすべて現実と等価であり、直面すべき日々よりも格段に素晴らしかった。一度の人生では使いきれないほどの言葉と経験の海に揺られて、ぼくは成長したといえるだろう。
15歳になるかならないかの頃、子どもには受け止め難いようなことがあった。ぼくは様々なものを失った状態で、新しい環境へと入っていった。
回復は容易ではなかったが、行く先々で素晴らしい人々に恵まれた。自由な環境の中で、人との関わりを結び、ティーンとして相応に成長することが新たな課題となった。人間は内容の変わる分厚い書物のようなもので、突然ページごと真っ黒になったりしないし、付き合ってみるとそこまで怖くないのだ、と分かった。
もう少しだけ、と思いながら享受する平穏が続き、ぼくは物語世界を行き来することができなくなっていた。抑圧する理由がなくなった感情はとても豊かになっていて、バッドエンドを読むとちゃんとつらい思いをしたし(今まではそうではなかった)、ハッピーエンドに喜ぶこともできた。でも、以前のような没入を得ることは不可能だった。
それが大人になるということなのかもしれない。あるいは、正常な生活ができるようになった証かもしれない。でも何を喪失したのかも分からないまま、とてつもなくさみしいと感じた。そのさみしさを誰とも分かち合えると思わなかったから、今ぼくは人生で初めてこの話をしている。
ぼくは24歳になった。今も「名乗る資格があるか分からないな」と思いながら、趣味を読書と答えている。そして、曖昧なさみしさは今も続いている。それでも、近しい存在でなくなってなお、”それ”は過去と現在をつなぐ紐帯である。類似の状況を経験した人々には珍しくないことだが、ぼくの過去の記憶はとても曖昧だ。しかし、クリアに思い出せる物語があることで、ぼくは自分が確実に生きていたと知ることができる。足場がグラグラと揺れるような人生の中で、”それ”はぼくの杖となる。
もし走馬灯があるのなら。そして、その中身を選べるのなら。
ぼくを大切にしてくれた人々と同じくらい、”それ”に現れてほしいと願っている。
