カネ、カネ、カネ!~「晩菊」
1950年代前半の映画というと、小津や黒澤もそうだが、忘れてはならないのが成瀬巳喜男である。
彼の作品の中でも取り立てて有名というわけではないけど、今回はこちらを紹介したい。1954年公開の「晩菊」である。
林芙美子の短編をつなぎ合わせた作品とのこと。劇的な事件が起こるわけでもなく、大きな起承転結があるわけでもない。言ってしまえば、元芸者たちの日常を切り取った小話の積み重ねである。しかし不思議なことに、最後まで飽きることなく観てしまえる。
その理由の一つは、やはり女優陣の存在感だろう。
杉村春子は登場した瞬間から目が離せない。仕草一つ、視線一つに妙な色気と可笑しみがあり、かなり芝居がかった表現をしているはずなのに決してくどくならない。金貸しとして生きるおきんのしたたかさと気丈さが自然と滲み出ている。
望月優子も負けていない。生活に疲れながらも懸命に生きる姿は実に濃厚で、画面に現れるだけで独特の存在感を放つ。
一方で細川ちか子にはどこか品があり、同じ元芸者でも漂う空気が違う。その違いを眺めているだけでも面白い。
そして個人的に印象深かったのは上原謙である。
私の中では「どの作品でも少し頼りない男」という印象なのだが、本作でも見事なまでのダメ男ぶりだった。もっとも、それが演技なら大したものである。酩酊した様子も妙に自然で、単なる二枚目俳優ではないことを改めて感じた。
その上原謙演じる関と対照的なのが、加東大介演じる板谷だ。
過去の栄光や情にすがる関に対し、板谷は世の変化に適応しながら現実を生きている男に見える。おきんが彼の前で見せる表情や仕草は、昔の男たちに向けるものとはどこか違う。どちらが本当の彼女なのか、それともどちらも本当なのか。そんなことを考えるのも楽しい。
それにしても、この映画は徹底して金の話ばかりである。貸した金、借りた金、商売の金、生活の金。登場人物たちはほとんど金の話しかしていないと言っても過言ではない。
しかし、その金の話の奥には、人間の未練や見栄や孤独が隠れている。昔の恋人への情も、友情も、人生への後悔も、結局は生活という現実から逃れられない。成瀬映画らしい冷徹さだが、不思議と後味は苦くない。
派手さはない。感動を押し付けるわけでもない。それでも観終わった後、人間というものを少しだけ深く眺めたような気持ちになる。
