誰にも触れない歌をずっと、これからも
私は、ユニゾンがどうしてこの選択を取ったのかということを知れるライブになったら良いなと思っていた。別に、一旦ストップすること、現体制ラストであることに対しては言葉を尽くせと思う節はない。ただ、どうして7/16以降も鮮度を保った「UNISON SQUARE GARDEN」を存在させることにしたのか、これだけはハッキリさせようと思った。20年続いた、ロックバンドとして自信もあるはず。そう【”未来永劫”残すべきだと判断したとポジティブに捉えて良いもの】だとは思っている。だが、そんなロックバンド浪漫みたいな理由だけではないだろう。だから私は3人に応答を願った。
ロックバンドを信じる理由を教えてくれたのは紛れもなく彼らなので、どうしたいのか自分で決める、示すユニゾンを見届けようと決めた。
一曲目、フレーズボトル・バイバイ
これだけでもう、ユニゾンが言いたいのは”さよならじゃなくて、また会える”なんだなと思いました。だって「またいつか会えたらいいかな」だもん。「あー今夜も楽しかったね」「忘れられない今日になった」って今日も今夜もこれからなのに、未来を断定する斎藤宏介。
どんな忘れられない今日が待っているのだろうと、既に何の邪念もなかったな。楽しみでしかなくて。
「また会える」と複数曲で歌い、場違いハミングバードでは「迷わずいくよ、きみのところまで」と何度も何度も”また”ねを繰り返していたなと今も当時も同じぐらいの鮮度で沸々と込み上げる高揚感がある。
これについては、理想論でもエンタメでもなくて、じゃあリアル?というわけでもないが、例えば私たちとユニゾンが織姫と彦星だったとしたら、この「また会える」というワードはぴったりだと思う。
100%の保証はないけど、7/7は会える可能性がある、生きていれば。
そんな感じで私たちも保証がないのは本当だけど、こちらが明日を生きれるぐらいの不条理をぶっ蹴飛ばしてくれることもまた本当で、小さじ一杯のカラクリでまた会えたりすることもきっとある、生きていれば。harmonized finale も歌っていますから「思い続けていればきっと会えるから」と。これ織姫と彦星みたいでかわいいね。
田淵さんもインスタに載せていますが、”キーワード 生きる”だね。
そんなユニゾンを見ていて、沸き出た感情はというと、”笑っていてほしい”だった。
だって、わからずやには見えない魔法みたいだったし、そんな魔法使いは”順序よく栄光が回ってくるかもしれないぐらい人生は上手く出来ている”と、実際にその20年で目撃させてくれたし、本人は”現実はそんな悲しいものかしら”と歌うもんで。やっぱり笑っていてほしいと思う。
Invisible Sensationでロゴが出てきたのがあまりにも嬉しかった。私はこの曲がだいすきである。
私はこの曲が持つ”生命力”がすきなのだ。
”3人はこの曲が持つ生命力の凄まじさをどれぐらい自覚しているだろうか”と考えたこともあるが、デッカいユニゾンのロゴの演出が答えだなと思いました。
ユニゾンはどんなバンドかという解釈は十人十色になりそうだが、私は「明日を生きれるぐらいのポジティブをくれる」バンドだと解釈したい。果たして、”くれる”という表現が最適なのかわからないが、壮大なものではなくて、地続きの生活を繋ぐためのおまじない。マインドよりは火力強めの。
ユニゾンっていつも楽しいし、この日もやっぱり例外なく楽しい。保証はないけど、担保はある「何とかなる」(きっと上手くいく)を届けてくれるバンド。0715、3人はどんな未来を願ってユニゾンと向き合ったかなんてわからないし、努力という単語が辞書に存在するあたり願えばきっと叶うなんてことはないらしい。たとえ努力だけで保てる未来への願いじゃなかったとしても、今日ぐらいは目の前の希望を頼って拾ってでも笑ってほしいと思った。
最近のユニゾンはMCをしません。
田淵さんがよく言う、ライブのために曲・アルバムを作っているというそれが色濃く作用していたように感じたことがある。harmonized finale からのさわれない歌、MCという言葉で伝える動作ではどうにもエモで昇華されてしまいそうなところを、誰も触れない・切り取れないそれで届けてくれたあたり、このバンドがMCをしない理由なんてもう言葉にする必要がなくなったな。
“ユニゾンを幸せにする幸せ公式”
もしかすると私たちファンは、解くことに成功していたのかもしれないと考えたことがある2026年。解けているかもしれない、だがまだ解るつもりはないと書いた。
そして0715、中盤でこの話は私が勝手に考えたご都合解釈なのではないかと思い始めた。ユニゾンが幸せになったというのはきっと間違いないのだが、こちらが解に成功したかどうかなんてこちらが決めることではないなと思った。
こで、解の話はやめようという結論に至った。
こんな、私がはじめた、私による論争に終止符が打たれたのも事実だ。
それは貴雄さんの一言である。
「あなたが焚べてくれた火のおかげで、今日まで生きてこれました」
私たちってユニゾンの本気を引き出せていたんだと思った。貴雄が鳴らすドラムが強くなるほどこのバンドの唯一無二性は色濃くなっていたと思う。鈴木貴雄が強く打ち鳴らすほど興奮したし、彼が強く打ち鳴らすほど斎藤宏介も田淵智也もエゴくなっていたと思う。
だから、その火の発端が私たちにもあったという事実、これがとんでもなくうれしかった。
前述の通り、幸せにとかどうでも良いと思っていたが、あながちご都合解釈ではなかったのかもしれないと救われたりもした。
「ドラムを強く、強く打ち付けてきました」
貴雄さんが強く打ち鳴らしてくれることがこちらにとって火が付く発端だったのに、そんな彼はそのきっかけがこちらだったと言う。
何度も何度も火を受け取ってきました。
ユニゾンから離れる選択を取った彼を引き留めようと思わなかった。
きっと本人にとって、ドラマー鈴木貴雄として自分を保っていられる、火を渡すことができる自分で居られる選択だったのだと思う。
描く美学が相入れなかったことだってあるだろうけど、UNISON SQUARE GARDENを愛する気持ちは3人それぞれ比べられるものではないだろうし、代わりがいると思っているはずもない。
努力だけじゃ未来は保てないから、3人はきっと、”UNISON SQUARE GARDEN”が目の前の希望を頼って拾えるぐらいの不条理は蹴飛ばしたんだろうなと思う。
ユニゾンとユニゾンを好きな人にしか見えない魔法みたいなライブだった〜
誰にも触れない歌をずっと、これからも
ありがとう
