「平日は働いて、休日は寝るだけ」のループ。このまま65歳まで行くの?と怖くなった話。
みなさん、今日もお疲れ様です。 最近、夜に一息つきながら自分のこれまでの働き方を振り返る時間がありました。 かっこいいキャリア論とかではなく、もっと泥臭い、自分の中にある「小さな違和感」について、今日は少しだけ本音で書いてみようと思います。
週末は、ただ「回復」するためだけに過ぎていく
私の毎日は、だいたい決まったリズムで進んでいます。 朝から夜遅くまで働いて、家に帰ったらもうクタクタ。お風呂に入って寝るだけで精一杯です。 そんな生活を支えているのは、「土日があるから」という一心だったりします。
でも、その待ちに待った土日に、私は何をしているか。 ……恥ずかしながら、昼頃まで寝ているんです。 平日に溜まりに溜まった疲れをリセットするためだけに、泥のように眠り、気づけば昼過ぎ。 「あれ、何のために今週頑張ったんだっけ?」 そんな風に、虚しさがこみ上げてくる週末を、もう何度繰り返したかわかりません。
「今」しかいない子供を、後回しにしている恐怖
特に最近、胸が締め付けられるほど申し訳なく思うことがあります。 それは、子供と過ごす時間のことです。
「パパ、これ見て!」「一緒に遊ぼうよ!」 そうやってキラキラした目で誘ってくれる子供に対し、今の私は「ごめん、ちょっと疲れてるから後でね」なんて言葉を、無意識に返してしまうことがあります。
ふと立ち止まって考えた時、ゾッとしたんです。 子供がこんな風に全力で甘えてきてくれる時期なんて、人生のほんの一瞬でしかない。今この瞬間の、このサイズ、この声の子供と一緒にいられる時間は、二度と取り戻せない「唯一無二」のものなのに。
「この生活、定年の65歳まで続くんだな」と思った時、私は何よりも、子供との貴重な時間を仕事の疲れと引き換えに削り続けている現状が、怖くなりました。
65歳になってからの自由じゃ、遅すぎる
もちろん、一つの仕事を全うすることは本当に立派なことです。 でも、65歳になってようやく自由な時間が手に入った時、子供はもう大人になっています。一緒に公園で走り回ることも、手を繋いで散歩することも、もうその時にはできません。
「働き方の当たり前」に対するこの強烈な疑問こそが、私がFIRE(経済的自立と早期リタイア)を目指し始めた一番のきっかけでした。
私は、決して仕事が嫌いで何もしたくないわけじゃないんです。働くこと自体にやりがいは感じているし、社会の中で役割を持つこと、人とのつながりは大切だと思っています。 でも、私が不満だったことは仕事そのものより、「時間の使い方を自分で決められないこと」だったのです。
たった一度きりの人生。 大切な人が「今」そばにいてくれるうちに、好きな時に、好きなだけ一緒にいたい。 そんな、当たり前のはずの自由を自分の手に取り戻したい。だからこそ、私はなんとしてもFIREという目標を達成したいんです。
これから、どう生きていこうか
とはいえ、現実は甘くありません。 今の仕事をそのままのペースで続けていて、本当にFIREできるのか?と聞かれたら、正直「かなり厳しい」というのが本音です。 でも、このまま思考停止して65歳まで走り続けることは、私にはもうできそうにありません。
理想を言えば、「自分のやりたいと思える仕事」で、なおかつ「時間の融通が利く仕事」を見つけること。 時間に縛られず、自分の裁量で働きながら、子供の「今」をちゃんと見守れる環境。 そんな新しい働き方を、少しずつでも模索していきたいと思っています。
最後に
今日はなんだか、自分の心の中にあるモヤモヤをそのまま書き出しただけになってしまいました。 でも、この「違和感」に気づけたことが、私の人生の大きな分岐点になる気がしています。
みなさんの中にも、「今の働き方を定年まで続けるのかな…」とか、「家族との時間を犠牲にしている気がする」と、ふと不安になる瞬間はありませんか? 理想の時間の使い方や、これからの働き方について、皆さんはどう考えていますか。
正解なんてないのかもしれないけれど、少しずつ、大切なものを守れる道を探していけたらいいなと思っています。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 もし、同じように「時間の使い方」に悩んでいる方がいたら、ぜひコメントで教えてくださいね。
