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騎兵運動理論――なぜ相手が馬に乗るだけで歩兵は絶望的に不利になるのか

騎兵について考えるとき、あなた方人間はなぜか騎兵が歩兵の正面に突っ込むものだと思っています。

槍を並べた歩兵の戦列。
それに向かって騎兵が真正面から突撃する。
当然、歩兵は槍を突き出します。
馬は槍を恐れます。
運よく突っ込めたとしても馬か騎手が槍に刺されるでしょう。

「ほら、騎兵なんて大したことない。敵を崩せない補助兵科にすぎない」

なるほど。
以下にも現代的な思考です。
では、ここで一つ質問があります。

なぜ騎兵は、わざわざ槍を構えて待っているところに突っ込まなければならないのでしょうか。
馬は前にしか進めない兵器ではありません。

横にも行けます。
回り込めます。
通り過ぎることもできます。
そして、歩兵より圧倒的に速い。

ここから考えてみると、騎兵という兵科がなぜ古代から近世まで世界中の戦場で重視され続けたのか、かなり違った姿が見えてきます。
騎兵とは、槍衾に突っ込む兵器ではありません。
騎兵とは、高速で接近して切刻むスライサーなのです。

まず、一人の歩兵と一人の騎兵を戦わせてみる

広い場所に歩兵が一人立っています。
そこへ騎兵が走ってきます。
騎兵は刀でも槍でも構いません。
重要なのは武器そのものより、馬に乗っていることです。

歩兵にはいくつかの選択肢があります。
攻撃を受ける。
避ける。
反撃する。
逃げる。

ところが、どれもかなり難しい。
騎兵は人間よりもずっと高速で接近してきます。

しかも騎手が腕力だけで武器を振り回さなくても、相手の直線上におくだけで武器そのものが馬の速度で運ばれてきます。

もちろん刀なら刃筋を合わせる技術が必要ですし、槍なら衝撃に耐えて姿勢を維持する技術が必要です。
「持っているだけで誰でも敵を倒せる」という話ではありません。
しかし、徒歩で武器を振るう人間と、馬によって高速で武器を運んでくる人間とでは条件が違います。

歩兵が攻撃を受け止めようとすれば、速度の乗った武器を受けなければならない。

大きく避ければ、その瞬間には反撃しにくい。
そして騎兵は、そのまま走り抜ければいい。
歩兵が振り返った頃には、すでに離れている。
追いかけても追いつきません。

騎兵は反転します。
そして、また来ます。
つまり一対一では、騎兵側に、

「いつ接触するか」
「どこから接触するか」
「接触したあと戦い続けるか」

を選ぶ権利があります。
歩兵側は、常に後手に周ります
これだけでも恐ろしい差です。

では歩兵を増やしてみてよう

一人では勝てない。
なら十人にしましょう。
ところが十人がバラバラに立っているだけでは、問題はあまり解決しません。

騎兵は十人全員と同時に戦う必要がないからです。
一番外側にいる一人へ接近する。

攻撃する。
通過する。
離れる。
反転する。
また外側の一人を狙う。
歩兵十人が騎兵一人を包囲できれば、もちろん騎兵は危険です。

しかし、そのためには誰かが最初に騎兵を止めなければなりません。
それは速度の乗った武器を受け取める必要があります。
よほど腕に覚えがない限り、進んでそんな役割を受け持つ人は居ないでしょう。

そこで歩兵側は考えます。
バラバラだからいけない。
互いを守れる距離まで集まればいい。
一人が騎兵に狙われたとき、その隣の人間が槍で騎兵を攻撃できる。
これなら騎兵も簡単には近づけません。
歩兵戦列の誕生です。

槍を並べれば騎兵に勝てる?

歩兵が二列、三列と並び、長い槍を前方へ向けます。

正面から見ると恐ろしい。
一本の槍を避けても、その隣に別の槍があります。
一人を攻撃すれば、隣から突かれる。
これなら騎兵も迂闊には突っ込めません。
騎兵対策完成。
これで兵科としてほぼ無力化できました。

はたしてこれ、本当でしょうか。

ここで最初の話に戻ります。
なぜ騎兵は正面から突っ込まなければならないのでしょうか。
騎兵は歩兵より速い。
だったら横へ行けばいい。
歩兵戦列には必ず端があります。
その端へ回り込みます。
そしてここで、戦列の側面へ真正面から突入する必要さえありません。

斜めから突入し、
武器の届く範囲にいる、一番外側の兵だけを攻撃する。
そして離脱する。
これを繰り返す。
これを便宜上、「スライス」と呼ぶことにします。
戦列を正面から輪切りにする必要はありません。
外側から薄く削ればいいのです。

つまりこんなイメージです。

    ↖
           ↖
                〇〇〇〇〇〇〇〇
           ↗
      ↗

一回目。
端の兵士が攻撃を受ける。
二回目。
また端の兵士が狙われる。

端にいる兵士は考えます。

「これ、俺だけ死ぬんじゃないか?」

当然です。
避けたくなる。
一歩下がる。
すると戦列の端が曲がります。
また騎兵が来る。
今度は二人が下がる。

こうして少しずつ戦列が歪んでいきます。
騎兵はまだ戦列へ突入していません。
外側を走っているだけです。

なら全員で騎兵の方を向けばいい

もちろん歩兵も馬鹿ではありません。
側面から騎兵が来るなら、そちらへ槍を向ければいい。
これでスライスは防げます。
ところが戦場には、たいへん困った問題があります。
正面にも敵がいます。
正面で敵歩兵と戦っている最中に、側面へ敵騎兵が現れたとしましょう。

歩兵には二つの選択肢があります。
正面を向き続ける。
すると横から騎兵に削られる。
騎兵の方を向く。
すると正面の敵に側面を晒す。
両方へ少しずつ向ける。
するとどちらに対しても戦列が薄くなる。

ここで騎兵の役割が見えてきます。
騎兵は必ずしも敵を大量に殺す必要がないのです。
そこにいるだけで、敵歩兵に別方向への対応を要求できる。

敵の戦列を歪ませる。
敵の注意を分散させる。
敵に向きを変えさせる。
そして一ヶ所でも穴が開いた瞬間だけ、少し深く入ればいい。
歩兵が作った亀裂を、騎兵が決壊に変えるのです。


なら方陣を組めばいい

側面が危ないなら、側面をなくしましょう。
四方に槍を向けて密集する。
これならどこから騎兵が来ても槍があります。
騎兵のスライスは難しくなります。
ようやく騎兵に対する完全回答ができたように見えます。
ところが、ここでも同じ質問があります。
なぜ騎兵は、わざわざ槍の届くところまで近づかなければならないのでしょうか。
弓を持っていればいい。
密集して動きの鈍くなった歩兵を、距離を取って射る。
歩兵が耐え続けるなら射撃を続ける。
歩兵が射撃を嫌って散開すれば、今度は白兵戦のスライスに戻る。
歩兵が追いかけてくれば、距離を取る。
追跡によって隊形が崩れたところで反転する。
もちろん現実の戦場では歩兵側にも弓や弩、投石、地形、柵、陣地、味方騎兵などがあります。
だから「騎兵なら何をしても勝てる」という話ではありません。

重要なのは別のところです。
騎兵は相手の対応を見て、自分の戦い方を変えられる。
散開しているなら接近する。
密集しているなら近づかない。
正面が固いなら横へ行く。
横を固めたら別の場所へ行く。
射撃に耐えられなくなって隊形を崩したら、また接近する。

騎兵の強さとは単純な攻撃力ではありません。
戦う距離と場所を選択できることなのです。

だから騎兵には騎兵をぶつける


ここまで考えると、古今の戦場で騎兵に対して騎兵が重要になる理由も分かります。
歩兵は騎兵が横へ回ったら、それを追いかけられません。
しかし騎兵なら追えます。
敵騎兵がこちらの歩兵の側面へ回ろうとする。
味方騎兵が進路を塞ぐ。
敵騎兵が離れる。
味方騎兵も追う。

これではじめて敵騎兵から、

「好きな場所で戦う権利」

を奪えるのです。
だから戦場では、しばしば両軍の騎兵が側面で争います。

そして一方の騎兵が敵騎兵を追い払ったあと、敵歩兵の側面や背後へ回る。

これは単に「騎兵戦に勝った」という話ではありません。
もっと恐ろしいことが起きています。
勝った側だけが、敵歩兵を自由にスライスできるようになったのです。
正面では味方歩兵が敵を拘束している。

敵は動けない。
そこへ騎兵が横からやってくる。
正面を守れば横を削られる。
横を守れば正面を押される。
両方守ろうとすれば戦列が薄くなる。
誰か一人が怖くなって下がる。
穴が開く。
そこで初めて騎兵が深く入る。

これが、いわゆる「槌と金床」の恐ろしさなのでしょう。
騎兵が最初から敵陣を粉砕する必要などありません。
敵が自分で崩れるまで、外側を削っていればいい。


「馬上は不安定だから戦えない」は話が逆ではないか

騎乗戦闘については、ときどき不思議な説明を見かけます。
馬上は不安定である。
手綱を持たなければならない。
落馬すれば危険である。
槍兵に囲まれれば騎兵は弱い。
だから馬は戦場までの移動手段で、戦闘時には降りた方が合理的だった――。

もちろん、個々の指摘には正しい部分があります。
落馬は危険です。
密集した長柄兵の正面へ突っ込むのも危険です。
騎兵が包囲されれば危険です。

しかし、それは騎兵という兵科そのものを否定する理由にはなりません。
そもそも騎兵は、自分が不利になる場所で戦う必要がないからです。

「槍兵に囲まれれば騎兵は弱い」という説明には、一つ

手順が抜けています。
どうやって囲むのでしょうか。
騎兵は歩兵より速いのです。
囲むためには、まず止めなければならない。
だから歩兵は長柄を密集させ、互いを守り、騎兵が近づけない「面」を作る必要がある。
つまり、
「騎兵は歩兵に囲まれると弱い」
という事実は、
「だから騎兵は弱い」
ではなく、
「騎兵を止めるためには、歩兵側に特別な集団戦術が必要だった」
という話なのです。

日本の小さな馬でも同じである

ここで日本史の話になります。
日本の在来馬は小さい。
だから甲冑武者を乗せて戦うことなどできなかった。
こういう説明もあります。

しかし、ここでも「小さい」という事実と「騎乗戦闘できない」という結論は分けて考える必要があります。
鎌倉時代の日本馬はすでに現代人の感覚ではかなり小型でした。
それでも中世武士の戦闘文化に騎射や騎乗行動が深く組み込まれていたこと自体は疑いようがありません。

また、小柄な馬だから人を乗せて走れないというのも別問題です。
現代に日本在来馬へ騎乗し、武具を携えて走る実演があります。もちろん現代の実演だけで鎌倉・戦国期の具体的な戦術まで証明することはできません。

しかし少なくとも、
「130センチ前後の小型馬では、武装した人間を乗せて走ること自体が物理的に無理だ」
という説明は成立しません。

可能か不可能かという話なら、そこで終わっています。
そのうえで、「どの時代に、どの程度、どんな状況で騎乗戦闘が行われたのか」を史料から考えるべきでしょう。

騎兵とは何だったのか


「側面を突く」と聞くと、現代の人間は敵戦列の横腹へ騎兵が突入する姿を想像しがちです
しかし、実はそんな必要はありません。

側面を取った時点で、騎兵はかなり有利なのです。
敵戦列の外側を走る。
届くところだけ攻撃する。
危なければ離れる。
また来る。
歩兵が対応して向きを変える。
正面が崩れる。
そこへ入る。

つまり突破は最初の仕事ではありません。
スライスして、敵自身に穴を作らせてから入ればいい。

もちろん現実の騎兵戦術は時代、地域、武器、馬、地形によって大きく違います。

騎兵は偵察もします。
追撃もします。
騎射もします。
正面突撃もします。
下馬して戦うことだってあります。

ここで述べているのは「歴史上すべての騎兵がこう戦った」という話ではありません。
もっと単純な、騎兵という兵科が持つ構造的な優位についての話です。

馬に乗れば速くなる。
速ければ接触する場所を選べる。
接触する場所を選べれば、敵の一番強い場所を避けられる。
敵がこちらに対応すれば、別の場所が弱くなる。

だから人類は長いあいだ馬を軍事利用し、騎兵を止めるために歩兵の隊形を工夫し、そして敵騎兵に対抗するため自軍の騎兵を用意しました。
考えてみれば、恐ろしく単純です。

騎兵は槍衾へ突っ込んでくれる必要などありません。
歩兵が自分を捕まえられないかぎり、
走って、
近づいて、
届くところだけを切って、
また離れればいい。
騎兵とは、高速で接近してくるスライサーなのです。


補遺 ランスチャージなんて怖くない――槍兵最強伝説

ここまで騎兵の恐ろしさについて長々と書いてきました。
しかしご安心ください。

騎士のランスチャージには、歩兵でも対抗できます。
槍を持って密集し、隊列を崩さず、騎兵の突撃を受け止めればいいのです。

騎兵が戦列の中央へ突っ込んでくれるなら、これは比較的分かりやすいでしょう。

問題は、騎兵も別に馬鹿ではないことです。
正面に槍が何本も並んでいるなら、わざわざ中央へ突っ込む必要はありません。
戦列の端を狙えばいい。
たとえば十数人程度の小さな歩兵戦列があるとします。
その端へ、一騎の騎士がランスを向けて走ってきます。
端の兵士には二つの選択肢があります。

避ける。
あるいは、踏みとどまる。
避ければ簡単です。
騎士はそのまま戦列の外縁へ入り、次の兵士へ向かうことができます。

戦列には穴が開きます。
では踏みとどまりましょう。
長い槍を構え、高速で接近してくる馬と騎士を迎え撃つ。
うまく馬か騎士を攻撃できれば、突撃を止められるかもしれません。
素晴らしい。
やはり槍兵最強!

ただし騎士もランスをこちらへ向けています。
しかも相手は馬の速度で接近しています。
盾がある?
それはよかった。
では盾ごと受け止めてください。

部隊としてもっとも確実なのは、
端の兵士が逃げずにその場に残り、自分を肉壁にしてでも騎兵の速度を殺すことです。
やりました。
騎兵を止めました。
あなたのおかげで後ろの仲間たちは騎士を取り囲めます。
騎士は馬上で孤立しました。
周囲から槍を突き出せば、いくら重装備の騎士でも無事では済みません。
騎兵一騎に対して歩兵多数。
圧倒的勝利です。
しかしあなたはたぶん地面に転がって2度と起き上がれません。

槍兵最強!

ここに、対騎兵戦における歩兵の難しさがあります。
「槍兵が隊列を組めば騎兵を止められる」という説明自体は間違っていません。

問題は、

誰が最初の一騎を止めるのか
です。

部隊全体から見れば合理的です。
端の一人が踏みとどまる。

騎兵の勢いが止まる。
隣の兵が槍を突き出す。
後列も加わる。
騎兵を仕留める。

しかし端の兵士個人から見れば話が違います。
横へ飛べば助かる可能性が高い。
踏みとどまれば、自分へランスが飛んでくる。

つまり、
個人の最適解=避ける。
部隊の最適解=避けない。
なのです。

そして歩兵戦列という兵器は、端の兵士に後者を選ばせなければ機能しません。
騎兵突撃の「衝撃」とは、単に馬の質量で人間を吹き飛ばすことだけではないのでしょう。
騎兵は歩兵に問いかけます。

「お前、本当に逃げないの?」

強い歩兵には、長い槍だけでは足りません。
隊形が必要です。
深さが必要です。
訓練が必要です。

そして何より、
高速でランスを向けてくる騎兵を目の前にしても、「俺だけ避ければ助かる」という誘惑に勝つ兵士が必要です。
槍を持てば騎兵に勝てる。
間違いではありません。
ただし、その槍を持って最前列の端に立つのが自分でなければ。

槍兵最強!

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