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お菓子がない夜

仕事を終えて帰宅したとき、冷蔵庫に貼られた紙に足が止まった。
「ハロウィンお菓子配りイベント 10月31日19時より」

今日?
しかも、参加者欄の自分の名前の横に、しっかり丸。
……やばい。なんで丸がついてる?

思い出す。
先週の町内会で、妻が「今年こそ参加しようね!」と笑顔で手を挙げていた。
俺の意思は一ミリも含まれていない。

ふとスマホが鳴る。LINEだ。
『ごめん!急に会食入った(泣)ハロウィン係、よろしくー!』
「よろしくー」で済むかよ。
うちの妻は、隕石が落ちても「ちょっと天気悪いね」くらいで済ませるタイプだ。

時計を見ると、18時59分。
外は暗闇。なんか妙に心細い。
逃げるなら今だ。——ピンポーン。
間に合わなかった。

ドアを開けると、魔女、ゾンビ、ドラキュラ。
近所の子どもたちが勢ぞろい。
「トリック・オア・トリート!」
俺の人生でいちばん恐ろしい合唱だった。

冷蔵庫を開ける。
冷凍餃子、わさびチューブ、納豆、スライスチーズ。
棚を漁ると焼きのり。
どう転んでも終わりだ。

それでも人間、追い詰められると妙なスイッチが入る。
気づいたら、納豆にチーズをのせ、海苔で巻き、つまようじを刺していた。
「納豆チーズのりキャンディ、完成」

子どもたちは「ありがとう!」と笑って去っていった。
ゾンビの子なんて、「くっさ!」と叫びながらも大爆笑だ。
……笑いが起きたなら、それでいい。

数日後、町内会報に載った。
《新名物・納豆チーズのりキャンディ、子どもたちに大人気!》

こうして俺は、町内の歴史に名を刻んだ。

以来、ハロウィンの夜になると、この町に漂うのは、
甘いチョコでも香ばしいキャラメルでもない。
ほんのり発酵した、納豆とチーズの香りである。

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