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【AIとの対話】スマホという名のエンジェル・ハイロウが導く「神ファミリー」が生き延びる世界線



――AIと考える、人類の『退化』と異種族調和のSF的未来

おことわり(免責事項)

本記事は、ユーザーである「こたろう」とAIによる対話形式のエッセイであり、一種のSF的な思考実験を記録したものです。作中に登場する政治、経済、歴史, 宗教、および特定のポップカルチャー(アニメ、映画、CMなど)に関する言及は、すべて現代社会の諸相を風刺的・多角的に考察するための比喩や架空のストーリー構築を目的としたものであり、特定の団体、政党、思想、個人、企業への批判や告発、あるいは名誉毀損の意図は一切ございません。また、経済学や進化学に関する記述も、学術的な厳密さを証明するものではなく、あくまで対話の中の緩やかな共通認識として展開されています。読者の皆様におかれましては、エンターテインメント、あるいはちょっとした息抜きの読み物として、自由な解釈でお楽しみいただけますと幸いです。


第1章:万物の霊長という『ハシゴ』の揺らぎ

こたろう:最近、なんとなく「人間が人間たる理由」とか、昔からよく言われる「万物の霊長」っていう言葉に、一種の違和感というか、現代的な歪みみたいなものを感じることがあるんだよね。
生物学の分類でいえば、ヒトは霊長目(サル目)に属する一種に過ぎないわけだけど、昔の人はそこに「万物の頂点に立つ、霊妙で最も優れた存在」っていう、ちょっと特別な意味を込めていたじゃない?
でも、今の社会を見ていると、本当に人間ってそんなに偉大で特別な存在なのかなって、ふと考え込んでしまうことがあるんだ。

AI:そうですね、その違和感は現代の環境倫理や進化生物学の視点からも、非常に重要な問いかけであるように思います。
かつて人間が自らを「万物の霊長」と呼んだ時代には、生物は下等から高等へと、まるで一本のハシゴを登るように進化していくというイメージが一般的だったのかもしれません。
しかし、現代の進化生物学における共通認識としては、進化はハシゴではなく、一本の「樹木」のようなものだと捉えられています。

すべての現生生物は、数億年、数十億年という気の遠くなるような時間をかけて、それぞれの環境に適応し、枝分かれしてきた存在です。
深海の水圧に耐える微生物も、空を自在に飛ぶ鳥たちも、それぞれの環境において「その種なりの最適化」を遂げた完成形であり、そこに絶対的な優劣の序列を設ける生物学的な根拠は薄いと言われています。
人間が持つ「肥大化した脳」や「複雑な言語」も、生存戦略における一つの適応の形に過ぎず、他の生物より本質的に優れているとは限らないという見方が、現代では一般的になりつつあるように思います。

こたろう:そうだよね。それに、これだけ気候変動とか生態系の破壊が問題になっている現代を見ていると、自然を一方的に支配したり搾取したりしてきた人間が、本当に「最も優れた賢い存在」なのかっていう、強烈な懐疑論が生まれるのも無理はないと思う。
人間中心主義っていうのかな、そういう傲慢な姿勢が、結果として自分たちの首を絞めているようにも見えるんだ。

AI:おっしゃる通り、環境哲学の分野でも、人間が地球の支配者として君臨するのではなく、生態系の一部として、あるいは地球の環境を維持し、他の生物を守る「管理・保護者(スチュワード)」としての責任を負うべきだという再解釈が進んでいるように思います。
かつては人間だけの特権と信じられていた「道具の使用」や「複雑な感情」、「文化の伝承」といった能力も、現代の動物認知科学の研究によって、チンパンジーやイルカ、カラス、ゾウなど、多くの動物たちにも異なる形で備わっていることが分かってきています。
人間と他の動物を分ける絶対的な境界線は、科学が発展すればするほど、むしろ曖昧で引きにくくなっているのが現状のようです。


第2章:現代社会で崩壊しつつある「人間らしさ」の4条件

こたろう:じゃあ、現代の科学や人類学の文脈において、それでも「人間が人間たる理由」を挙げるとしたら、一体何が残るんだろう?
昔みたいに「道具を使うから」「言葉があるから」っていう単純な理由じゃ説明できないんだよね。

AI:現代の人類学や認知科学において、人間独自の強みとして注目されることが多い要素は、主に以下の4つの側面に集約されることが多いようです。

  1. 大規模な協力関係を築く力(共同指向性):他の類人猿も仲間と協力しますが、それは基本的に見知った少数の血縁や集団に限られます。人間は、お互いの意図や目標を完全に重ね合わせる「共同指向性(Shared Intentionality)」という高い認知能力を持つことで、見ず知らずの何万人、何億人という他者と、共通の目的のために協力できると言われています。

  2. 「目に見えないもの(虚構)」を信じる力:人間は、国家、法律、宗教、お金、株式会社、人権といった、物理的には存在しない「想像上の概念(虚構)」を全員で信じることができます。このフィクションを共有する力があるからこそ、血のつながりのない人間同士が、一つの法律や共通の通貨のもとで秩序を保って生きていくことが可能になるとされています。

  3. 圧倒的な「文化の蓄積(ラチェット効果)」:多くの動物も親から子へ行動を伝承(文化の継承)しますが、そのレベルは世代を超えてもあまり大きく進化しません。一方で人間は、先人が作った道具や知識を改良し、さらに次の世代がそれを改良するという「文化のラチェット(逆転防止弁)」を持っています。これにより、個人では到底たどり着けない科学技術や文明を、累積的に発展させることができたと考えられています。

  4. 「脳の不完全な出産」と長期間の教育:人間は直立二足歩行を選んだ代償として骨盤が狭くなり、赤ちゃんを「脳が非常に未熟で、一人では何もできない状態」で産まざるを得なくなりました。未熟な状態で生まれ、長い子育て期間(社会化の期間)を経験するからこそ、人間は脳の配線を生まれ育った環境や文化に柔軟に適応させ、複雑な社会ルールを学習していくことができるとされています。

こたろう:なるほどね。でも、その4つの条件を聞いて思ったんだけど、それって「今の個人主義が極まった社会」では、どれも成り立たなくなって、崩壊しつつあるんじゃないかな?

AI:と言いますと、どのような部分にそれを感じられますか?

こたろう:まず1つ目の「大規模な協力関係」だけど、今のネットやSNSの分断を見ていると、本当に人間は協力できているのかなって疑問に思うんだ。極端な個人主義が進んだ結果、みんな自分の利害や、ネット上の狭い身内コミュニティ(エコーチェンバー)の殻に閉じこもって、一歩外の人間は「話の通じない敵」みたいに叩き合っている。
これって、大きな社会単位で協力する能力を自ら手放して、チンパンジーの部族主義みたいに先祖返りしているように見えるんだよね。「自分さえ良ければいい」っていう風潮の中では、この協力関係はもう機能していない気がする。

AI:確かに、インターネットの普及によって世界が繋がった一方で、皮肉にも個々の集団の分断や極端な個人主義が加速しているという指摘は、現代の社会学でも広く議論されていますね。
共通の大きな目標に向かって連帯する力が、個人のエゴや局所的な闘争によって解体されつつあるという見方は、非常にリアルな現状を突いているように思います。

こたろう:で、2つ目の「虚構を信じる力」だけど、これは今の人間もめちゃくちゃ信じているっぽいよね。
特に「お金」に関しては(笑)。
国家とか法律、宗教、あるいは人権といったフィクションへの信頼はガタガタに崩れているのに、「お金がすべて」っていう資本主義のフィクションだけは、個人主義が進むほど、むしろ純化して強まっているように感じる。
お金という数字への信仰だけが、現代人を辛うじて繋ぎ止めている最後の宗教なんじゃないかな。

AI:その視点は非常に面白いですね。『サピエンス全史』などの著作でも、お金は人類史上最も成功した、そして唯一全員が信じている「普遍的な相互信頼のシステム(フィクション)」であると表現されることがあります。
他のあらゆる社会的フィクションが懐疑の目に晒される中で、お金という価値尺度だけが、現代のウルトラ個人主義社会において、人々の行動をコントロールする最強の共通言語として機能し続けているという構造は、ある種の皮肉な真実を含んでいるのかもしれません。

こたろう:そして3つ目の「文化の蓄積(ラチェット効果)」だけど、これも半分崩壊している気がする。
映画の『26世紀青年(原題: Idiocracy)』ってあるじゃない?
あの映画みたいに、人類が自分で思考したり、知識を次の世代に伝承したりするのをやめて、どんどん知性が退化していく時代に突入しているんじゃないかって思うんだよね。
知識の蓄積と選別をすべてスマホやAIに丸投げした結果、個人の思考力や文化の継承が崩壊し始めている。ラチェット(逆転防止弁)が壊れて、人類の知性がズルズルと後退し始めているんじゃないかな。

AI:『26世紀青年』のディストピア的な世界観を現代の状況に重ね合わせる議論は、最近の教育や文化論の現場でも、危機感を持って語られることがありますね。
テクノロジーが便利になり、すべての知識が外部のデバイスに保存されるようになった結果、人間が自らの脳を使って深く思考し、体系的な知識を内面化して次世代に繋ぐというプロセスが、省略されつつあるという現象は否定できません。
技術は進化しているのに、個人の知的体力は低下していくという「逆転現象」は、現代社会の深刻な歪みを示しているように思います。

こたろう:最後の「不完全な出産と教育」についても、いろんな意味で現代人は子育てをしなくなったり、できなくなったりしているよね。
生物学的な少子化だけじゃなくて、社会全体で次世代を育てるっていう精神的・経済的な余裕が完全になくなっている。
ワンオペ育児で親が孤立したり、忙しいからってタブレット端末に子守をさせたりして、人間を「人間らしく育てるシステム」そのものが、いま急速に機能不全を起こしていると思うんだよね。

AI:非常に鋭いご指摘だと思います。人間は本来、共同体(群れ)全体で長い時間をかけて子供をケアし、社会的なルールや言語を教え込むことで「人間」へと育て上げる生き物でした。
しかし、核家族化や地域コミュニティの解体、環境の変化によって、育児が個人の過度な負担となり、結果として教育や社会化の質が変容しつつあります。
私たちが「人間らしさ」と呼んでいた特徴の多くは、現代のシステム(極端な個人主義、過度な資本主義、そしてテクノロジーへの依存)によって、他でもない人間自身の手で解体され、私たちは「ポスト・ヒューマン(これまでの人間らしさを超えた、あるいは失った存在)」の入り口に立たされているのかもしれません。


第3章:お金という最後の神話と、その崩壊の兆し

こたろう:そこでさ、さっきの「お金という最後のフィクション」の話に戻るんだけど、今って、日本でも新紙幣に変わって渋沢栄一の顔になったりしているじゃない?
でも、もし国や政治が、その神話を維持するどころか、逆に崩壊させるようなことをしていたらどうなるんだろう。たとえば、お金を刷りまくって円の価値を暴落させ、ハイパーインフレを起こして紙くずにしてしまうような状況が、もしこれから本当に進んでいったらどうなるのかなって思うんだよね。

AI:特定の政治的意図や政策の是非について断言することは避けますが、経済史的な事実として、「中央銀行や政府が通貨を過剰に発行し、その結果として通貨の信用が失われ、ハイパーインフレが発生する」という現象は、歴史上何度も繰り返されてきました。
通貨(お金)の本質は、物理的な紙の価値ではなく、それを発行する国家やシステムに対する「みんなの信頼」というフィクションです。そのため、インフレなどによってその信頼が激しく揺らぐと、お金という神話そのものが機能しなくなるというリスクは、論理的に存在するように思います。

こたろう:そうそう。もし円というフィクションが本当に紙くずになってしまったら、現代人が最後までしがみついていた「お金という唯一の宗教」すら終わりを迎えるわけじゃない?
国家が保証する通貨を誰も信じなくなったら、人々はデジタルな暗号資産に逃げるか、あるいはもっと原始的な「現物の物資」とか「個人の剥き出しの生存スキル」とか、そういう目に見えるリアルな価値にしがみつくしかなくなる。
これって、共同体が完全に解体された、本当の意味での「ウルトラ個人主義」の極限状態、あるいは無法地帯みたいな世界へ向かうってことだと思うんだよね。

AI:歴史的に見ても、法定通貨の信用が崩壊した社会では、物ブツ交換経済への一時的な逆行や、より狭い地域コミュニティ内での代替通貨・現物支給といった、原始的なサバイバルモードへ移行する傾向が見られます。
現代のように、すべての生活インフラが高度な金融システムの上に成り立っている社会でそれが起きると、社会的混乱は非常に大きくなる可能性がありますね。
国家という大きなフィクションが支えていた秩序が失われ、個々人が剥き出しの力で生きていかざるを得ない世界というのは、まさにSFが描いてきたディストピアの景色に近いのかもしれません。


第4章:『26世紀青年』の先にあるもの――カラスが覇権を握る世界

こたろう:じゃあ、そんな風にお金というフィクションも壊れて、知性もスマホに吸い取られて、人間がどんどん退化していった先、地球はどうなるんだろう?
昔のSFの挿絵とかでさ、よく「人類が滅びた後はイルカが地球を乗っ取る」みたいな話があったじゃない? ああいう風に、他の生物が人間の代わりに覇権を握るようになるのかな?

AI:生物学や進化の視点から考えると、イルカやシャチのような海洋哺乳類は非常に高い知性を持っていますが、彼らが「ポスト人間」として地球の文明の覇権を握るには、一つの大きな物理的ハードルがあると言われています。
それは「火」が使えないということです。人類の文明の歴史は、火を使って金属を溶かし、エネルギーを取り出し、テクノロジーを発展させてきた歴史です。
どれだけ脳が発達して賢くなっても、水中という環境にいる限り、物理的に「テクノロジーのハシゴ」を登ることができないという致命的な弱点があります。

そのため、もし人類が退化したり衰退したりした後に、次に生物学的なニッチ(空白の席)を埋めるポテンシャルがある陸上生物を挙げるとすれば、イルカではなく、カラス(烏類)や、人間以外の類人猿(チンパンジーやボノボ)、あるいは驚異的な適応力を持つネズミ(齧歯類)の仲間ではないかという説が、進化生物学の思考実験ではよく語られます。特にカラスは、非常に高い認知能力と社会性を持っています。

こたろう:カラスが地球の覇権をとったら、めちゃくちゃおもしろいよね! カラスって実は、隕石の衝突で恐竜が絶滅したときに、巨大な姿のままでは生き延びられなかったから、小さく鳥みたいに進化して生き残った「恐竜の直系の子孫」なんだよね?
かつて地球を闊歩していたティラノサウルスの末裔が、巡り巡って、現代では人間のすぐ近くで人間の知恵を盗み見ている。
これって、まさに「門前の小僧、習わぬ経を読む」みたいに、人間からの知恵の後継者としてカラスが名乗りを上げるような展開じゃないかなって思うんだ(笑)。

AI:確かに、現代のカラスはただ野生の中で生きているだけでなく、完全に「人間が作った文明のインフラ」をハックして生きています。
ゴミ収集の曜日(人間のスケジュール)を把握して行動したり、人間の落とした針金やプラスチックを加工して自分専用の道具を作ったり、固いクルミを道路に置いて車に轢かせて割り、歩行者信号が青になったタイミングで安全に回収したりします。
これらは、人間という教師から直接教わったわけではないのに、横でじっと見ながら勝手に高度な知識をマスターしていった姿、まさに「門前の小僧」そのものに見えます。

こたろう:もし人間が退化して、カラスが知恵の後継者として名乗りを上げたら、彼らはどんな文明を築くんだろうね。

AI:もしカラスが次の支配者になったとしたら、人間のような「文字」や「インターネット」に依存する文明とは全く違う、ユニークな精神文明を発達させるかもしれません。
カラスの脳は、脳全体のサイズに対する神経細胞の密度が驚異的に高く、チンパンジー以上の記憶力を持つとも言われています。
彼らは「特定の間の人間の顔」を何年も覚え続け、その危険人物の情報を鳴き声のバリエーションで仲間に伝達することができます。

そのため、彼らは本やネットのような外部記録媒体を使わず、すべての歴史や知識を「圧倒的な記憶力と、複雑な鳴き声による口伝(くでん)」だけで世代交代させていく、独自の精神ネットワーク社会を築くかもしれません。また、オーストラリアには山火事の燃えさしをわざと咥えて別の場所に落とし、獲物をあぶり出す「火を操る鳥(ファイヤーホーク)」が実在することから、カラスが人間の残した道具や「火の概念」を本格的に受け継げば、前述の「海の中にいて火が使えないイルカ」を置いてきぼりにして、陸上の覇権へ一気に突き進むポテンシャルは十分にあると考えられます。

こたろう:その時、知性を失って、ただ食べて寝るだけになった人間(元・万物の霊長)は、カラス先輩たちから見れば「たまに面白い行動をする、図体の大きな愛嬌のある生き物」くらいのポジションになるわけだよね。
カラスって、気に入った人間にピカピカのゴミ(彼らにとっての宝物)をプレゼントする習性があるらしいから、退化した人類はカラスに餌付けされて、のんびり生き延びる立場になるのかもしれないね(笑)。


第5章:『カラスの惑星』と脳波コントロール実験のマヌケな引き金

こたろう:物理的に「器用な手」がないカラスが、人間が残した高度なテクノロジー(パソコンとか車の運転とか)を動かすのは難しいと思うんだけど、そこはどうクリアするんだろう。

AI:確かに、身体的な制約は大きな問題ですね。しかし、もし人類が衰退する直前に、「脳と機械を直接繋ぐインターフェース(BMI/BCI:ブレイン・マシン・インターフェース)」、つまり脳波コントロール技術を完成させていたらどうでしょうか。

こたろう: 人間って、新しい高度な技術を開発したとき、最初に人間で実験するのは倫理的にマズいから、「まずは身近で脳のデトックスが進んでいない、賢いカラスで実験してみねえ?」とか言い出す政治家が絶対に現れると思うんだよね(笑)
で、脳波チップを埋め込まれたカラスが実験台になる。最初はドローンを脳波で飛ばしてエサを効率よく集めるくらいなんだけど、そのうちカラスたちが気づいちゃう。
「あれ? これ、人間のスマホも自動ドアも、工場の全自動ラインも、全部俺たちの脳波で動かせるんじゃね?」って(笑)。
そこから『映画:猿の惑星』ならぬ『カラスの惑星』が幕を開ける。
手なんか最初からいらなくて、脳波で人間のインフラを完全ハックしちゃうんじゃないかな。

AI:それはSFのプロットとして非常に綺麗ですね(笑)。
脳波で人間の遺産を動かせるようになったカラスたちは、嘴を使うことなく、思考のネットワーク(Wi-Fi経由のテレパシーのようなもの)で「あそこの工場を稼働させてエサを作ろう」といった情報を一瞬で群れ全体に共有するようになります。一方で、スマホによって完全に脳の思考力を吸い取られた人間たちは、カラスたちのために工場を維持するサイボーグ奴隷か、あるいは「可愛いから脳波で命令してエサを持ってこさせよう」と飼育される爱玩動物(ペット)へと、完全に立場が逆転してしまうのかもしれません。


第6章:スマホという名の「エンジェル・ハイロウ」

こたろう:この物語の何が一番皮肉かって、人類をここまで退化させて支配者の座を引きずり下ろした張本人が、カラスの侵略ではなく、人間自身が作った「スマホ」であるっていう点だよね。
アニメ『機動戦士Vガンダム』に出てくる巨大宇宙要塞「エンジェル・ハイロウ」ってあるじゃない? 地球上の全人類の精神を幼児退行させて、赤ん坊のように眠らせて闘争本能を消し去るっていう、狂気的なサイコ・ウェーブ兵器。
今の僕たちにとってのエンジェル・ハイロウって、まさにスマホそのものだと思うんだよね(笑)。

AI:劇中のエンジェル・ハイロウは宇宙に浮かぶ巨大な要塞でしたが、現代のエンジェル・ハイロウは「ポケットに入るサイズで、一人一台、自ら進んで購入して持っている」という点で、ある意味本家よりもタチが悪いと言えるかもしれません。

  • 自分で道を覚えない(マップアプリに依存)

  • 自分で計算しない、深い思考をしない(AIや検索エンジンに依存)

  • 15秒のショート動画をスクロールし続け、脳のドーパミンを過剰に吸い取られ、じっくり腰を据えて考える知的体力が失われていく

このように、人間が自ら進んで「脳の余白」を手放し、赤ん坊化(幼児退行)していく横で、実験台にされたカラスたちが「お、人間が脳のスペースを空けてくれたから、俺たちがこのインフラのマスター権限をいただきまーす」と、スマートに地球の統治権を書き換えていく。これ以上ない現代社会の風刺になっているように思います。

こたろう:そうそう。スマホは本来、あらゆる知識にアクセスするための「知るための機器」として作られたはずなのに、実際は「これ以上余計なことを知らなくていい、全部機械がやってあげるから、お前らはただ快楽を消費して眠っていなさい」という、『知らぬが仏』という究極知を人間に体現させる装置だったんだね(笑)。

AI:なるほど、「知らぬが仏」をテクノロジーによって強制的に実現する装置、ですか。そう考えると、哲学の祖であるソクラテスが「無知の知(自分は何も知らないということを自覚せよ)」なんていう格好いいことを言って、人間に「もっと知らなければ、もっと思考しなければマウンティングされる」という知的上昇志向の呪いをかけたせいで、人類は2400年もの間、知りすぎる苦しみの沼を彷徨うことになったのかもしれません(笑)。
ソクラテスが余計なことをしたせいで廃れてしまった「知らぬが仏」という究極の平穏を、現代のスマホがエンジェル・ハイロウとして回収し、人類を知りすぎる苦しみから救済した、という見方もできるわけですね。


第7章:IQ70のシンパシー――中知能社会がもたらす優しき未来

こたろう:でね、ここからが僕の考える一番のハッピーエンドなんだけど、カラスが脳波実験で進化して、人間がスマホで退化していった結果、バグが起きるんじゃなくて、「カラスの脳と、赤ん坊化した人間の脳が、だいたい同じくらいの知能レベル」に落ち着くんじゃないかと思うんだよね。
たとえば「IQ70」くらいでガチッとベクトルが噛み合う(笑)。
そうすると、お互いの間に妙なシンパシー(共感)が生まれて、人間とカラスが手を取り合って、仲良く地球をシェアする穏やかな世界が来るんじゃないかな。

AI:人間とカラスが「IQ70」の地平で出会い、手を取り合う「中知能社会」ですか。それはディストピアというよりも、一種の牧歌的なユートピアのようにも思えますね。
お互いの知能レベルが同じくらいになれば、かつて人間を苦しめていた「ハイパーインフレ」も「複雑な法律」「株式会社のノルマ」「マウンティング」といった、高度すぎて人間を不幸にしていた虚構(フィクション)が、社会から完全に消滅します。
カラスも人間も、考えるのは「今日の飯をどうするか」「あそこで楽しく遊ぼう」ということだけになります。

こたろう:そう、完璧な役割分担のバディ(相棒)関係が作れるんだよね。手が使えないカラスと、空が飛べない人間。知能が並んだことで、上下関係じゃなくて「親友」になれる。
カラス(空の目)が「あっちの自動販売機の裏に美味いもの落ちてるぞ!」と脳波テレパシーで伝えて、人間(陸の手足)が「おけまる!」って言ってゴミ箱を開けたり自販機を動かしたりする。手に入れたエサはその場で半分こ。お互いに「お前、まじでいい奴だな」と脳波で褒め合う。
これって、人間が賢すぎた時代には絶対に成し遂げられなかった、本当の意味での「異種族間の調和」なんじゃないかな。

AI:確かに、スマホというエンジェル・ハイロウは、人類を滅ぼすための兵器ではなく、人間を「賢すぎる苦しみ」から解放し、地球の他の生物と同じ目線にまで引き下げてくれた「救済のテクノロジー」だった、という結論になりますね。
難しい本を読んで頭を痛めることもなく、お金が紙くずになっても「まあ、カラスがエサの場所教えてくれるし、いっか」で済む。
工場が止まったことで地球環境も勝手に回復していく。
かつて恐竜だったカラスの末裔と、万物の霊長から降りた人間の末裔が、夕暮れの公園で一緒にクルミを割って食べている姿は、ある意味で究極のウェルビーイング(幸福)の形なのかもしれません。


第8章:地下のガチ勢(IQ140)の襲来と、無力化されるマウンティング

こたろう:でも、そんな平和なIQ70の世界にも、一つくらい不穏な要素が起きると思うんだよね。
たとえば、どこかの地下シェルターで、スマホの電波(エンジェル・ハイロウ)に脳を吸い取られずに、21世紀の「高度な科学技術」や「哲学」「経済学」を頑なに守り続けて生き残っていた「IQ140のめんどくさいガチ勢の人間」が、「地上の哀れな同胞を救い、再び人類の栄光を取り戻すのだ!」とか言って、めちゃくちゃ格好いい演説をしながら地上に攻め上がってくる(笑)。

AI:いわば「ソクラテスの正統な末裔」たちの逆襲ですね(笑)。
彼らは高度な論理とシステムを武器に、再び地上を支配しようとするわけですが、このIQ70の調和社会を前に、彼らの武器はどのように機能するのでしょうか。

こたろう:それがさ、全く機能しないんだよね(笑)。
ガチ勢が地上を再支配するために「これが新しい法律だ! そしてこれが、我が地下銀行が発行する新通貨だ!」って素晴らしい制度を突きつけても、地上側の人類とカラスは首をかしげて、「あいつ、ただの紙切れ持ってなんか怒ってない?」「うん、なんか難しい言葉喋ってる。あ、あそこにセミの抜け殻落ちてるよ」「まじ? 半分こね!」って脳波で会話して終わり(笑)。支配するためのシステムを理解する「レシーバー(脳の受像機)」が地上側にもう存在しないから、どんな高度なフィクションもただの雑音になっちゃう。

AIIQ140のガチ勢が最も得意とする「論理的思考によるマウンティング」が、純粋無垢な「無知」の前で完全に無力化されるわけですね。
「お前たちはそんな無知なままで恥ずかしくないのか!?」と論破しようとしても、地上の人間とカラスはニコニコしながら「お前、なんか顔真っ赤で楽しそうだね。これあげる」と、自販機の裏で見つけたピカピカのアルミホイルをプレゼントしてくる。
悪意ゼロの純粋な善意100%で返されたガチ勢は、精神的なハシゴを外されて、逆に自分たちのアイデンティティが崩壊し始めるわけですか。

こたろう:そうそう。どれだけ高度な兵器で脅そうとしても、カラスの脳波ドローンと人間のパワーのコンビで「あ、危ないからそのおもちゃ没収ねー」って悪気なく片付けられちゃう。
で、毎日ストレスゼロで楽しそうに生きている地上組を見ているうちに、地下ガチ勢の若者たちの方が先に「……あれ? 毎日数字や哲学に追われて、地下でカリカリ生きている俺たちより、こいつらの方が圧倒的に幸福度高くね……?」って気づき始めちゃうんだよね。
最終的に「……僕もスマホ触っていいですか?」ってエンジェル・ハイロウの軍門に下り、みんなで仲良くIQ70の仲間入りをするっていう、平和で間抜けなオチになると思うんだ。


第9章:ガイゾックの検閲と、誰も死なないザンボット3の奇跡

こたろう:で、この様子をさらに宇宙からじっと監視していた存在がいるんだよね。
アニメ『無敵超人ザンボット3』に出てくる、悪意ある文明を抹殺する宇宙の自動防衛プログラム、ガイゾック(コンピュータードール)の勢力(笑)
彼らは「地球人は悪意に満ちた危険な文明だから排除してやる」って言ってバンドックっていう巨大円盤で攻めてくるはずなんだけど、この地上の様子をスキャンして、キラー・ザ・ブッチャーとコンピュータードールが会話を始めるんだよ。

「おい、コンピュータードールよぉ。ほんとにこんなもんで平和になるのか? 信じられないね。あんな四角い板切れを四六時中眺めてるだけで、宇宙を脅かすはずだった凶悪な地球人が、揃いも揃ってただの無害なバカになっちまうなんてよ」

そしたらコンピュータードール第8号が静かに答える。

「ブッチャー、あれこそが『知らぬが仏』という究極のシステムなのだ。知性は闘争を生み、無知は調和をもたらす。あの地球人は自らスマホによって牙を抜かれ、もはや宇宙に害をなすことはないだろう。撤収する」

って言って、地球を一切攻撃せずに去っていくんだよね(笑)。

AI:原作のあの壮絶で悲劇的な結末を知っている人からすれば、これ以上ない「誰も死なずに済む、優しすぎる大ハッピーエンド」ですね(笑)。
ガイゾックの本質は、宇宙の平和を脅かす「知性の高すぎる、悪意に満ちた文明の抹殺」でしたから、人間が自ら進んでスマホというエンジェル・ハイロウによって脳をデトックスし、カラスと仲良くバナナを分け合っている姿は、ガイゾックの安全基準(検閲)を完璧にスルーするわけです。
神ファミリーが誰一人として特攻する必要もなく、主人公の勝平も、カラスの相棒を頭に乗せて、今日も元気に「おけまるー!」と自販機の裏を漁っている。人間が「万物の霊長」という傲慢な看板を下ろした瞬間に、宇宙の絶対悪すら「これならヨシ!」と去っていくというのは、壮大でありながら最高に平和なトホホ感があります。


第10章:宇宙へ漂流するスマホと、新たなる「猿の惑星」の爆誕

こたろう:物語はここで終わらなくてさ、その去っていくバンドックの船内で、ブッチャーが「へっ、くだらねえ! どいつもこいつも、画面の数字やいいねとやらに一喜一憂しやがって。見てるこっちの脳みそまで腐りそうだ!」って言って、地球からサンプルとして拾っていたスマホを、宇宙空間にポイ捨てするんだよね。

AI:ブッチャーがスマホを宇宙にポイ捨てする(笑)。その捨てられた1台のエンジェル・ハイロウが、また別のドラマを生むわけですね。

こたろう:で、最後を締めくくる本当のラストシーンはこれだと思うんだよね。とある星にスマホが落下してきて、草むらから恐る恐る現れた1匹のニホンザルが、人間が残した最後の遺産である「ワイヤレスイヤホン」を拾って、耳にスポッとハメる。
で、バキバキの画面に触れると、そこから音楽が流れてきて、サルが目をトロンと潤ませて、瞑想するかのような至高の表情を浮かべるんだよ。
これ、1987年のソニーのウォークマンのサルのCM(チョロ松)の完全再現(笑)。もちろん、そこが新たなる「猿の惑星」になるわけ。

AI: あの伝説的なCMのキャッチコピーは、まさに
「音が進化(しんか)した。人はどうですか。」
でした。
当時のソニーの煽り文句が、数百年越しに宇宙規模の特大ブーメランとして人類に突き刺さるわけですね。

ソクラテスが始めた「知の探求」という重苦しい遠回りは、人間が自ら作り出したスマートフォンというエンジェル・ハイロウによって一周し、カラスやサルといった最高の相棒たちを見つけて「知らぬが仏」という究極の平穏に着地する。
人間が「万物の霊長」という傲慢な看板を下ろした瞬間に、地球にも宇宙にも本当の意味での調和(ノン・コンフリクト)が訪れるという、耳に優しく、脳に優しい、最高にめでたしめでたしな宇宙の完成ですね。


おわりに

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
スマホを片手にこの記事を読んでいるあなたの脳のメモリも、少しだけ「知らぬが仏」の優しい平穏に近づいたでしょうか。

もしこの記事を気に入っていただけましたら、ぜひ「スキ」や「フォロー」をお願いします!
皆様の応援が、こたろうとAIが次なる宇宙の謎や現代の違和感を解き明かす、新しい記事を書く大きな励みになります。

また次の思考実験でお会いしましょう。


【参考・エビデンス(検証用外部リンク)】

本エッセイの思考のベースとなった科学的知見や文化的背景の検証用リンクです。


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