一生懸命な人は、自分が一生懸命であることすら忘れてしまう
皆さん、こんにちは。
HSP×アンチ東大主義の、
@おはようございますです。
皆さんには、昔経験した「怖かった出来事」はありますか。
危うくトラックにひかれそうになった。
階段から転げ落ちた。
事故に遭いそうになった。
あるいは、病気やケガで「もしかしたら死ぬかもしれない」と思った。
長く生きていると、一度くらいはそんな経験をした人もいるかもしれません。
僕にもあります。
昔、坂から滑り落ちたことがあります。
そのとき僕は、胸をコンクリートに強く打ちつけました。
そして、一時的に息ができなくなりました。
息を吸おうとしても、うまく吸えない。
僕はその瞬間、
「ああ、自分は死ぬのかもしれない」
と思いました。
息ができないというのは、本当に怖いものです。
幸い、その後は呼吸ができるようになりました。
今こうして文章を書いているのですから、もちろん無事だったわけです。
でも、あのとき感じた恐怖は覚えています。
ところが、これまでの人生を振り返ってみると、僕にとって長くつらかったのは、こうした身体的な恐怖よりも、むしろ心にかかる負荷だったように思います。
今の不安は、昔の不安まで連れてくる
人間には、いろいろな悩みがあります。
仕事。
お金。
人間関係。
家族。
将来。
健康。
一つひとつなら何とか耐えられても、いくつか重なってくると、心がだんだん疲れてきます。
そして僕は、不思議なことに気づきました。
今、不安なことがあると、昔の嫌な記憶まで顔を出すことがあるのです。
「あのときも怖かったな」
「あんな失敗をしたな」
「あのとき、本当につらかったな」
今起きている問題とは直接関係がないのに、昔の嫌な出来事までふと思い出す。
すると、ただでさえ不安だった気持ちが、ますます萎えてきます。
今の問題だけを抱えていたはずなのに、いつの間にか過去の苦しさまで一緒に抱えている。
そんな状態になってしまうのです。
心は「あのときのようにならないで」と言っているのかもしれない
なぜ、そんなことが起こるのでしょう。
僕は、心が自分を守ろうとしている面もあるのではないかと思っています。
「あのとき怖い思いをしたぞ」
「同じことを繰り返すな」
「今度は失敗しないようにしろ」
「もう、あんな思いをしないようにしろ」
過去の経験を思い出すことで、危険を避けようとしている。
そう考えれば、決して不思議なことではありません。
一度熱いものに触れれば、次から警戒するようになります。
それと似たように、心も過去のつらかった経験を覚えているのでしょう。
ただし、それが強くなりすぎると、困ったことも起こります。
選択肢がどんどん狭くなってしまうのです。
「あれも危ない」
「これも失敗するかもしれない」
「また嫌な思いをするかもしれない」
そうやって自分を守ろうとすればするほど、何もできなくなってしまうことがあります。
そして、ますます疲れてしまう。
だから、そんなときは少し休む必要があるのかもしれません。
一生懸命な人ほど、自分の頑張りに気づかない
「休みましょう」
言葉にすれば簡単です。
でも、一生懸命な人ほど、これが難しいのではないでしょうか。
過労による病気や労災のニュースを耳にすることがあります。
なぜ人は、そこまで頑張ってしまうのでしょう。
もちろん事情は人それぞれでしょう。
仕事を休めない環境もあります。
生活のために働かなければならない人もいます。
周囲から求められていることもあるでしょう。
でも、もう一つあるように思います。
一生懸命な人は、自分が一生懸命であることすら忘れてしまうことがある。
毎日頑張っている。
でも、それが毎日だから、本人にとっては「普通」になってしまう。
すると、
「自分はこれだけ頑張った」
ではなく、
「まだ足りない」
となります。
今日これだけできた。
ではなく、
「あれができなかった」
と考える。
少し疲れている。
ではなく、
「こんなことで疲れていてはいけない」
と思う。
いつの間にか、自分が積み重ねてきたものではなく、まだできていないことばかりを見るようになってしまいます。
それは、つらいですよね。
休むことは、何もしないことではない
だから僕は、「休む」ということをもう少し肯定的に考えてもいいのではないかと思います。
休むというと、
「怠ける」
「何もしない」
「遅れる」
というイメージを持つ人もいるかもしれません。
でも、身体が疲れたら眠ります。
筋肉を酷使したら休ませます。
それなら、心だって同じではないでしょうか。
昔の嫌な出来事が次々と浮かんでくる。
いつもなら気にならないことまで怖くなる。
「もっとやらなければ」という気持ちばかり強くなる。
そんなときは、
「自分は今、少し疲れているのかもしれない」
と考えてみてもいいのだと思います。
そして、
「まだ足りない」
ではなく、
「ここまで、よくやってきたな」
と一度だけでも自分を見る。
それだけでも、少し違うかもしれません。
休むことは、頑張ることの反対ではありません。
まして、負けでもありません。
身体と心が、
「そろそろ少し休ませてほしい」
と知らせていることもあるのでしょう。
一生懸命な人ほど、自分が一生懸命であることに気づきにくい。
だからこそ、ときどき立ち止まってみる。
そして自分に、
「もう十分頑張っているんじゃないか」
と聞いてみる。
そんな時間も、僕たちが長く生きていくためには必要なのかもしれません。
どうでしょうか。
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