医療現場の描かれ方について思うこと|あるノンフィクション作品を読んで
皆さん、こんにちは。
HSP×アンチ東大主義の、@おはようございますです。
本屋で医療機関の腐敗を扱うノンフィクション作品を立ち読みしました。内容を深く読み込んだわけではありませんが、気になった点がありました。ここでは、あくまで一般論として感じたことをまとめてみます。
■ 電子カルテばかり見ている医師は「よくある光景」
作品の中では「医師が患者の顔をほとんど見ず、電子カルテばかり見ている」という趣旨の描写がありました。
しかし、これは決して特殊な行動ではありません。
現在の医療現場では、医師が一人で多数の患者を診察し、同時に記録を正確につける必要があります。そのため、
症状の整理
処方内容の確認
過去のカルテとの照合
などでパソコンを見る時間が長くなるのは自然な流れです。
私が通院してきた医療機関でも、医師が電子カルテと患者を行き来しながら診察する姿は普通に見られます。
必ずしも患者軽視ではなく、安全な医療を行うための業務上の必要性と考える方が自然でしょう。
■ では、なぜ「他の医師の診察態度」を知っているのか?
ノンフィクション作品では、まるで他の医師の診察態度まで見てきたかのように描かれていることがあります。しかし、著者が全ての診察に立ち会っているとは限りません。
考えられるのは、
患者から聞いた話
同僚や医療スタッフからの伝聞
過去の複数の体験の積み重ね
医療全体の傾向への問題提起
こうした間接的な情報が、作品の中で一般現象として扱われることがあります。
患者はときに、
「あの先生は全然顔を見てくれない」
「パソコンばかり見てる」
と感じるものですし、それが著者の耳に入れば、医療界の「構造的な問題」として書かれることもあり得ます。
■ 本当に危険な組織は「表に出にくい」
個人的には、こうした批判的な書籍が世に出るということ自体、
医療現場にある程度の健全性が残っている証でもあると感じます。
本当に閉ざされた、外に情報がまったく出ないような組織では、
内部批判が出版物として世に出ることすら難しいはずです。
つまり、こうしたノンフィクションは、
医療の課題を可視化する
外部からの改善圧力を生む
現場への問題提起として機能する
という 建設的な役割も持っているのではないでしょうか。
■ 最後に
ノンフィクションは、告発や問題提起のために強い言葉が使われることがあります。描写は生々しくても、それが医療全体をそのまま反映しているわけではありません。
医療現場には課題もあれば、日々まじめに診療している医師・スタッフもたくさんいます。
大事なのは「作品を通じた印象」と「実際の医療現場」を混同しないことだと感じました。
今回、取り上げたのは、私の記事を振り返る意味でも、重要でした。教育・医療の場面では、何よりも関心を集めやすい問題です。
そこで、一方向からの訴えでは、初めてその本に接した読者にとっては不安・恐怖を抱きかねない。双方向性と、筆者が使っている言葉の「強さ」に注意を払うべきだと思います。
それは、同時に自分も「アンチ東大主義」を掲げ、若い学生を扇動してはいないだろうか、不安を抱かせてはいないだろうかと考えるきっかけになりました。
私の記事とともに、コメント欄に寄せていただいている読者のご意見も重ねて読むことでバランスを保ったものとしたいです。
どうでしょうか。よろしければ、コメント・スキ・フォローで応援下されば、有難く思います。 🍀
@おはようございますでした。
