学校数学は、方程式の「対称性」を教えてこなかった #3──数学と物理に共通する「対称性の破れ」
皆さん、こんにちは。
HSP×アンチ東大主義の、@おはようございますです。
方程式の対称性が壊れるとき
今日は少し視点を広げて、
方程式の対称性が壊れるとはどういうことか
それが物理で言う「対称性の破れ」とどう対応しているのか
について書いてみたい。
解は、最初は区別されていない
まず数学の話から。
たとえば 2 次方程式の解を
$${\alpha, \beta}$$ と置いたとする。
この時点では、
$${\alpha}$$ がどっち
$${\beta}$$ がどっち
という区別は、本質的には存在しない。
$${\alpha}$$ と $${\beta}$$ を入れ替えても、
方程式そのものはまったく同じだ。
つまりここには、
解の区別不能性
→ 対称性
がある。
対称な世界では「情報が足りない」
この段階では、
$${\alpha - \beta}$$
$${\alpha}$$ が正か負か
といった情報は、まだ決められない。
なぜなら、それらは
入れ替えによって変わってしまう量だからだ。
対称性が高い、ということは、
情報がまだ抽象的で、
個別性が現れていない状態
だとも言える。
根号を取る、という操作
ここで平方根を取ることを考える。
$${\sqrt{D} = \pm (\alpha - \beta)}$$
この「±」は何を意味しているのか。
それは、
どちらを選んでもよい
→ まだ対称性が残っている
ということだ。
しかし、どちらか一方を選んだ瞬間、
正か
負か
という区別が生まれる。
この瞬間に、
対称性が破れる
数学的に言えば何が起きているか
体としては
→ 根号を加えて拡大している対称性としては
→ 解を入れ替える自由が減っている
つまり、
構造は大きくなり、
対称性は小さくなる
これが「方程式を解く」という行為の正体だ。
物理における「対称性の破れ」
ここから物理の話に移る。
物理でも、よくこんな例が出てくる。
ペンが倒れる例
机の上に立てたペンを想像してほしい。
どの方向にも倒れうる
方向に優劣はない
この状態は、回転対称だ。
しかし、実際にはペンは
ある一方向に倒れる。
倒れた瞬間、
「この方向」が選ばれ
他の方向は排除される
これが物理で言う
自発的対称性の破れ
何が数学と同じなのか
対応関係を書くと、こうなる。
数学 物理
解は区別されていない 状態は方向を持たない
対称群が大きい 対称性が高い
根号を取る 状態が1つ選ばれる
対称性が壊れる 対称性が破れる
情報が得られる 観測可能な状態が生じる
本質は同じ。
対称性がある限り、
個別の情報は現れない
情報とは「対称性の破れ」
ここで一つ重要な視点がある。
情報を得る、という行為は
対称性を破る、という行為でもある
どちらでもよかったものを
「こちらだ」と選ぶ
それによって初めて、
数値
向き
状態
が確定する。
ガロア理論との接点
ガロア理論が見ていたのも、ここだ。
解の入れ替え全体を考える
その対称性が
根号を加えるごとにどう壊れるかを見る
可解群とは、
対称性を
段階的に、秩序立てて壊せる
ということに他ならない
方程式を解くとは何か
こう考えると、
方程式を解く
=
対称性を少しずつ破りながら、
世界に具体性を与えること
と言える。
これは計算技術の話ではない。
学校で、もう一度
学校数学では、
対称式
係数と解の関係
は教わった。
でも、
なぜそれが不変なのか
なぜ破れると情報が出るのか
という話は、ほとんどされなかった。
数学と物理は、
この「対称性とその破れ」という一点で
深くつながっている。
学校では、
こういうところから世界を見直してもいいと思っている。
