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小さな近代 旧朝倉郵便局(比良松郵便局)

※はじめに
・こちらの物件は写真の掲載許可を得ています。
・書かれている会話の内容は記憶を頼りに書き起こした物なので本来の会話とは多少の差異があるかもしれません。ご了承ください。



・偶然の発見

 廃墟探索録の記事をお休み(サボってただけ)して、どうしても纏めたい出来事があったので記事にした。
2020年に入ってから、私は廃墟探索よりも昭和レトロなスポットや近代建築を巡るようになっていた。
ネットで情報収集してはGoogle Mapにピンを打ち、休日に出向いて写真を撮る。
今回の物件も、そのような場所の1つだった。

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 福岡県朝倉市比良松にある旧朝倉郵便局である。家からそれほど遠くないこの土地にこのような物件があるというのを知り、とても驚いた。
現地へ行ってみると車を停められそうな場所が無く、その辺に路上駐車をして1分程度でこの写真を撮ってその場を後にした。
去り際に窓から内部を覗いてみると、当時の物と思わしき内装がそのまま残されていた。
幼い頃に学校の図書館で、自分の琴線に触れる本を偶然見つけたような、そんな気持ちになった。


・物件の所有者を調べる

 後日、どうしてもこの物件の内部を見学したくなったため所有者を探し出す事にした。
ざっと見た限り、所有者が不明で管理もされておらず荒れ放題という感じでは無かったためだ。
手始めに市役所へ問い合わせる。分かり次第ご連絡しますと言われ、しばらくすると折返し電話があり、市で保有している物件では無いという。
こうなると次は法務局へ出向いて謄本を確認しなければならない。そのための有給をいつ取ろうかと考えつつ電話を切りかけた矢先、市の担当者より「知り合いを3人ばかり当たってみる」という言葉を頂いた。
あまり期待はしていなかったが数日後に担当者から電話があり、物件の所有者ではなく、その親戚の方が仲介を受け持つとの事で、その方(以下、A氏)の連絡先を入手する事が出来た。

 あとは電話を掛けるだけなのだが、仕事が忙しかったのと、ここにきて勇気が出なかったのとで数日ほど何も出来ずに居た。
昔からある古い物件の所有者のご親族という事はおそらく年配の方である。
私は年配の人達に対する印象があまり良くない。全員がそうではないと思うが、ひとたびニュースを見ればコンビニ店員に暴行を加えたとか、マナーが悪いとか、そういった話ばかりを目にする。
電話を掛けても話を聞いてもらえないんじゃないかとか、いきなり怒鳴られるんじゃないかとか、そう考えるとなかなかスマホの通話ボタンを押せなかった。
しかしあまり日数を開けていては市の担当者の方がA氏にアポを取ってくれた意味が無くなってしまう。
意を決して、ある日の仕事終わりに電話を掛けた。

 幸いな事に高齢者の方という点以外、こちらの予想は全て外れた。いきなり電話を掛けてきた私の事を信用して下さり、私の話もしっかり聞いてくれて、更には色々な事も教えていただいた。
聞けば、A氏は町の歴史を後世に伝えていくような活動をされていて、郵便局のある比良松地区についてのWebサイトを運営しているという。

 こちらがそのサイトである。いくらネットを探しても見つからなかったのは、「旧朝倉郵便局」という名称を使っていなかったからである。
上部メニューより「比良松よもや話」→「旧郵便局」と進むと、この物件に関する歴史が纏められていた。

 見た目から明治期ぐらいの建物かと思っていたが、建物自体は江戸時代からあるようで、現在の洋風な見た目になったのは昭和初期に行われた改築のためだという。

 サイトを見ながら電話越しに解説をしてもらいつつ、見学許可の件は後日連絡するという事でその日の通話を終了した。
数日後、無事に許可を得られたとの連絡をA氏より受けた。
見学を希望する日時をこちらから伝え、その日に現地近くで落ち合う事になった。

・いざ見学

 当日、駐車場が無い事は事前に分かっていたのでバイクで向かう事にした。
物件からそれほど遠くないA氏の自宅へ出向いて対面を果たす。更には物件所有者の方とも挨拶を交わす事が出来た。
バイクをA氏の自宅前に停めさせてもらい郵便局まで2人で向かう。到着して正面扉を開けてもらい、いざ中へ。

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 文化財として指定された物件を除いて、ここまで保存状態の良い郵便局は初めてだったのでとても興味を惹かれた。
特にガラスで出来た受付部分、「郵便」「保険」といった要件別に文字が書かれている物は現物を初めて見た。どれも当時のままだ。

 A氏より解説をしてもらいながら見学する。
「昔の郵便局は郵便以外にも様々な機能を持っていた。為替や保険といった業務を始め、各家庭に電話の無い時代、つまり明治頃には電報を打つために地域の人々が郵便局へ並んだそうだ」

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 奥へ進むと、現在は倉庫として使用しているそうで物が積まれていた。
2017年、九州北部は豪雨に見舞われ各地で水害や河川の氾濫が起きた。
隣の大分県日田市を始め、この朝倉市も被害に遭ったそうなのだが、被災した近隣住民の家財道具をこの場所に一時的に保管するなどして復興の役に立ったという。
現在それらは片付けられており物件所有者の物だけが置かれている。

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 右手にあった小部屋。「この場所は電報を打つための宿直要員が使う部屋だった。電報は夜間も対応しなければならなかった」とA氏。

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振り返って入り口を見た光景。窓が美しい。

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 入り口まで戻ったところから右手にある小部屋。この壁に電話が掛けられていたという。

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 料金表も現存していた。「通話」となっていたため先述の電報より後の時代の物だと思われる。
ちなみに東京までの電話は3分で270円だそうだ。

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 A氏としては、この貴重な建物を何か活かせないかと考えあぐねているそうだ。
しかし本来の所有者の方はそういった事にあまり関心がなく、建物の補修のみをし続けているだけなのだそう。


 「レンタルスペースやカフェとして使ってもらったり、そういった活用法はあるが場所が場所なので難しい。逆にこんな場所だったからこそ戦時中の空襲から逃れる事が出来て、再開発による解体からも逃れて今もこうして現存している」

私が「コスプレ撮影なんかで古い様式の建物を借りたいという人達もいるので、そういった需要があるかもしれません」と話すと、私には分からん世界だ、と苦笑いされていた。

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 見学を終え、外へ出る。ところでこの建物、地面が右下がりに傾いているのに気が付いただろうか。少し高台になった場所に位置しているのである。
その事をA氏に聞いてみると、
「少し高台に位置していたからこそ先の水害から逃れられた。この建物を始め、神社や史跡といった古い建物は水害の時にはみんな無事だった。昔からこの地に住む人々は安全な土地がどこなのか分かっていたのだろう。一方で開けた低地にある商業地域は被災のリスクは少なくなかったそうだ」

 今回の郵便局の他にも江戸時代に使われていた消火活動のための道具や、明治に建てられた日本最古の公民館と言われている舒翠館(じょすいかん)の内部を見せていただいたりした。
一通りの見学が終わり、お礼を述べてこの場を後にした。

・おわりに

 所有者を探し出して撮影許可を得るというのを初めてやってみたが、結果的には大成功に終わった。
相手方が歴史を後世に伝えるような活動をされていたのも、今回の見学が叶った理由の1つだろう。
しかもただ見学するだけではなく、様々な解説や隣接する他物件まで案内をしてくださった。
貴重な建物だが文化財として認定されておらず惜しくも解体されてしまう物件は数多くある。勝手な思いだが、この郵便局は末永く残っていて欲しい。

最後に、見学許可を頂いた物件所有者の方、案内をしてくださったA氏、市役所の担当者の方、本当にありがとうございました。


・2012/8/3追記
A氏より追加情報を頂きました。
「旧朝倉郵便局」という名称ですが、明治7年から昭和30年までの間は「比良松郵便局」という名称だったようです。
この地域の方々にはこちらの呼び名で通っているそうです。

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