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私の大切な友人に、茶道家がいます。
彼女は10代の頃から裏千家の茶道を学び、裏千家の専門学校を卒業しました。その後、京都の財団で働き、現在は地元で、もう何年も茶道教室を開いています。

彼女から聞いた話の中で、今も強く心に残っていることがあります。
それは、専門学校での一日の始まりが「掃除」だった、という話でした。

何十畳もある広い部屋を、掃除機は使わず、すべて箒で掃く。
そして畳の上も、一枚一枚、雑巾で丁寧に拭き上げる。
毎朝、そうした作業から一日が始まるのだと聞かされ、私は驚きました。

効率だけを考えれば、決して合理的とは言えないかもしれません。
けれど、その時間は場を清めるだけでなく、自分自身の心を整えるための大切な時間なのだと、話を聞きながら感じました。

彼女のお手前は、見とれてしまうほど美しく、たおやかです。
それは一朝一夕で身につくものではありません。
長年、静かに研鑽を積み重ねてきた彼女だからこそ、その所作の一つ一つに深みがあるのだと思います。

彼女が深く尊敬しているのが、昨年亡くなられた、裏千家十五代家元の
千玄室さんです。

千玄室さんは、若い頃、特攻隊員として「お国のために命を捧げる」覚悟をしていた方でした。
幸か不幸か――私は「幸いだった」と思いますが――出擊することはなく、その後、100歳まで生き、裏千家のお茶の道を通して、人としての在り方や平和の尊さを人々に説き続けてこられました。

千玄室さんが、いつも大切にされていた言葉があります。

「お先にどうぞ」

相手に先を譲る、たったそれだけの言葉。
けれど、殺伐とした世の中で、お互いが「お先にどうぞ」という気持ちを持てたなら、争いごとは減り、もっと平和な世の中になるのではないか――そんな教えでした。

難しいことではありません。
誰もが理解できる、とてもシンプルな言葉です。

それでも、それを常に実行することは、実はとても難しい。
理不尽なことに直面したとき。
ほんの少し、心がイラッとしたとき。

私はそんな瞬間に、この「お先にどうぞ」という言葉を思い出すようにしています。

一人ひとりの行動は、小さなものかもしれません。
けれど、その小さな行動が、周りの景色を変え、自分の気持ちを変え、そして周りの人の気持ちも、少しずつ変えていく。

茶室での静かな所作と同じように、
日常の何気ない振る舞いの中にも、人の心は表れるのだと、今は感じています。

【仕事観】

研修や現場で多くの方と向き合う中で感じるのは、
成果を出している人ほど、「自分が先に」ではなく、「相手を立てる」視点を持っているということです。

「お先にどうぞ」という姿勢は、信頼を生み、対話を深め、
結果として仕事を前に進めていく力になる。
茶道の世界で大切にされてきたこの教えは、
今の時代の働き方や人との関わり方にも、静かに、しかし確かに通じているのだと思います。


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