跪く者
──Atsushi Sakuraiへ捧ぐ──
誰も来ない塔の上で、女は今日も跪いている。
白く干からびた手を胸の前に組み、砕けそうな唇で、声にならない祈りを捧げる。
その先に、誰もいない椅子がある。
深紅のビロードが朽ち、月の光だけがその輪郭を照らしていた。
──貴方がここにいたという証を、私は信じている。
昔、塔の主は魔王だったという。人の姿をしながら、夜にしか現れず、黒い外套に身を包んで、沈黙と美を撒き散らした。
彼は名を告げず、命を奪わなかった。ただひとつ、彼が欲したのは──祈りだった。
女はまだ幼かったころ、その影に出会った。塔の奥、花の香も届かない暗闇の中で、彼はただそこに立っていた。
「お前は…誰だ」
低い声に名を問われ、女は咄嗟に跪いた。
それが、この祈りの始まりだった。
それから幾年、女は何度も塔を訪れ、
主に花を、詩を、血を、涙を捧げてきた。
時折、黒い影は現れ、言葉少なに耳を傾けた。
それが愛だとは、決して言えなかった。
けれど心はひとつずつ崩れてゆき、彼の前では何もいらない、そう思うようになった。
だがある日、彼は消えた。
それは突然で、理由もなく、夜が夜でなくなったかのように──静かだった。
女は待った。
最初の一年は涙を流し、
二年目には花を供え、
三年目には干からびた自らの心を捧げた。
それでも、祈りだけはやめなかった。
椅子の前で跪き、見えぬ主に言葉を届けようとする。
けれど主はもういない。
声は風に消え、熱は灰になる。腐りゆくこの身に、主の眼差しはもうない。
それでも、美しくあろうとする。
それだけが、女のすべてだった。
「貴方がくれた絶望は、この世界でいちばん美しいものだった」
そう呟いたとき、塔のどこかで微かな音がした。
それはまるで、遠い過去に交わした祈りが、時を越えて、扉を叩いたような──そんな音だった。
けれど女は顔を上げない。
もう二度と、何も期待しない。
跪いたまま、祈りを続ける。
やがて、月が沈む。
風が止む。
塔はまた、静寂に沈んでいく。
けれどその夜、誰にも知られず、椅子の上には一本の薔薇が置かれていた。
黒く、血のように濡れた──
それは、“ロマンス”と呼ばれる花だった。
私は、BUCK-TICKがのファンです。
私にとって櫻井敦司様(あっちゃん)が人生の全てでした。
そんなあっちゃんに捧げる物語を紡いでみました。
まだ悲しみの途中です。
誰かと分かち合えるといいな…
Runa
