手放す勇気の話
私は、続けるのが好きだ。
筋トレを続けている。
ランニングも続けている。
ジャーナル、瞑想、読書、トイレ掃除、一日参り、ゴミ拾い。
こうやって並べてみると……
なんか、すごい人みたいだ。
いや、待て。
すごい人なら、もうとっくに成功してるはずだ。
現実の私は、まだ成功していない。
ここ重要。
もう一度言います。
まだ成功していません。
なのに、やっていることだけは多い。
もはや「成功者の朝ルーティン」だけ見たら、かなり良い線まで行っている。
でも現実は、
筋トレする。
走る。
本を読む。
瞑想する。
トイレを掃除する。
そして寝る。
翌朝またやる。
……あれ?
人生、何か変わった?

「続ければ成長できる」を信じてきた
これまで私は、
「継続すれば成長できる」
「努力すれば結果につながる」
「行動すれば人生は変わる」
そんな言葉に心を動かされてきた。
だから始めた。
そして続けた。
かなり続けた。
筋トレなんて何年やっているんだという話だ。
ランニングも、最初はただ走っていただけなのに、いつの間にかマラソン大会に申し込んでいる。
そして今度は、
「サブ3.5を目指します!」
とか言っている。
昔の自分が聞いたら、
「何の話?」
となるだろう。
でも、続けてきたからこそ、今の自分がある。
これは間違いない。
ただ……
最近、少しだけ思う。
「続けることが、本当に正解なのかな?」

続けることが目的になってない?
怖い話である。
長く続けているものほど、やめにくい。
「ここまでやったんだから」
「せっかく続けてきたんだから」
「今やめたら、今までの努力が無駄になる」
そう思ってしまう。
でも、よく考えてみる。
今までやってきたことは、やめた瞬間に全部消えるのだろうか。
筋トレをやめたら、筋トレをしてきた年月が消えるのか。
読書をやめたら、読んだ本の内容が頭から全部、
「はい、退場です」
と消えていくのか。
そんなわけはない。
だったら、続けてきたことはすでに自分の中に残っている。
それなのに私は、
「ここまで続けたんだから、これからも続けなきゃ」
と、自分で自分を縛っていたのかもしれない。

やめるのも、けっこう怖い
「やめる」という言葉には、妙な怖さがある。
何かをやめると、
「自分じゃなくなるんじゃないか」
と思ってしまう。
毎朝走らなくなったら、ランマッスルじゃなくなるんじゃないか。
筋トレをしなくなったら、今までの自分を裏切るんじゃないか。
自己啓発の本を読まなくなったら、成長を諦めた人間になるんじゃないか。
そんなことを考える。
でも……
もしかすると逆なのかもしれない。
自分に必要のないものを手放せる人のほうが、自分の人生をちゃんと選んでいるのかもしれない。
「何かしている自分」に安心していたのかもしれない
ここが一番怖い。
私は、何かをしていることで安心していたのかもしれない。
筋トレしている。
走っている。
本を読んでいる。
瞑想している。
掃除している。
毎日頑張っている。
だから、
「俺は何もしていないわけじゃない」
と思える。
でも、現実が変わっていないのなら。
目指している場所に近づいていないのなら。
ただ「やっている自分」に安心しているだけなのかもしれない。
それなら、一度立ち止まって、
「これは本当に必要なのか?」
と考えてみてもいい。

マラソン大会が教えてくれたこと
今回、防府読売マラソンに出場することが決まった。
12月6日に向けて、これから練習していく。
目標はサブ3.5。
そうなると、今まで全部やっていたことを、そのまま続けるのは難しい。
時間には限りがある。
仕事もある。
家族との時間もある。
走る時間も必要。
休む時間も必要。
だったら、
本当に必要なものを残して、それ以外は少し手放してもいいんじゃないか。
そう思い始めた。
全部やる。
全部頑張る。
全部続ける。
そんな「全部盛り人生」は、ラーメンなら美味しいかもしれない。
でも人生でやったら、胃もたれする。

手放すことは、諦めることじゃない
何かを手放すと聞くと、
「諦める」
「逃げる」
「負ける」
そんなイメージがある。
でも、本当は違うのかもしれない。
今の自分に必要なものを選ぶために、必要のないものを手放す。
これは諦めではなく、選択だ。
「やらないことを決める」
というのも、前に進むための行動なのだと思う。
だからこれからは、
「何を始めるか」
だけではなく、
「何をやめるか」
も考えてみようと思う。
怖いけど。
かなり怖いけど。
せっかく続けてきたものを手放すのだから、そりゃ怖い。
でも、
「数年後も今と同じ自分だったら?」
と考えるほうが、もっと怖い。

1ミリでも前へ
全部を変える必要はない。
いきなり別人になる必要もない。
一つ手放して、一つ前へ。
一つ減らして、一つ進む。
そんなくらいでいいのかもしれない。
今までの自分を否定するために手放すのではない。
今までの自分に、
「ここまでありがとう」
と言って、新しい自分に必要なスペースを作る。
そんな感覚なのかもしれない。
筋トレもする。
走る。
本も読む。
でも、全部を抱え込まない。
必要なら手放す。
そしてまた、本当に必要になったら拾えばいい。
人生は、荷物を増やす競技ではない。
最後まで持っていたいものを、自分で選ぶ競技なのかもしれない。
少しずつでいい。
1ミリでもいい。
今日の自分より、明日の自分が前に進んでいればいい。
そのために私は、これから少しずつ「手放す練習」をしてみようと思う。
さて……
まず何を手放そう。
とりあえず、筋トレ後のプロテインをやめる……
いや。
これは無理だ。
ここは手放せない。
今日はそんな話。

今日も皆さんが笑顔で幸せに過ごせますように♪
いってらっしゃい♪

