太平記 現代語訳 16-9 新田軍、兵庫へ退却
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この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。
太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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新田義貞(にったよしさだ)は、加古川(かこがわ:兵庫県。加古川市)西岸の岡に陣を取り、備前(びぜん)、美作(みまさか)から退却してくる自軍の兵を待ちながら、そこに2日間逗留した。
時はまさしく梅雨の季節、降り続いた雨により、川は増水している。
新田軍リーダーA 敵が今にも、ここまで迫ってくるかもしれませんよ!
新田軍リーダーB そうですよぉ。まずは、殿と主立った方々だけでも、舟に乗って、対岸へ渡って下さい。
新田軍リーダーC 殿、さ、早く早く!
新田義貞 おまえら、ナニ言ってやがんでぇ! 備前や美作まで出張ってくれてるあいつらを後に残して、おれ一人、オメオメと、向う岸に渡れるかってんだぁ! いいんだよぉ、ここに敵がやってきたってぇ。そうなったら、もうどこにも退く所、無くなっちまうからよぉ、「こうなっちゃあ、仕方が無ぇ、いっちょ、自分の命張って戦うべいか」ってぇフンギリも、つくってもんじゃぁねぇか!
新田軍リーダー一同 ・・・。
新田義貞 古代中国に、あの韓信(かんしん)が川を背後にして陣を張ったのを、見習えって事さぁねぇ(注1)。わが全軍が渡り終えた後、最後におれが川を渡るんだよぉ。それで、何の問題もねぇだろ!
新田軍リーダー一同 ・・・。
新田義貞 そうだなぁ・・・よぉし、馬に乗るのが下手なモン(者)と負傷してるモン(者)を優先して、順に川を渡らせろ!
新田軍リーダー一同 分かりましたぁ!
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(訳者注1)「背水の陣」の語源である。韓信は漢の高祖に仕えた名将軍。
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そうこうしているうちに、一夜の中に、川の水位が低くなった。
備前や美作に行っていたメンバーたちも戻ってきたので、馬を繋ぎ合わせ並べて、6万余騎一斉に、川を渡った。
5月13日、義貞たちは、ようやく兵庫(ひょうご:兵庫県・神戸市・兵庫区)に到着したのだが・・・
新田義貞 (内心)なにぃ、現在のわが軍の兵力、わずか2万騎足らずになってしまったってぇ? ついこないだまでは、中国地方の連中が馳せ集まって、優に10万は超えてたのになぁ・・・さては、「足利兄弟、京都へ向けて進軍」と聞いて、いつの間にか、みんな逃げ出しやがったんだなぁ・・・ったくもう!
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