太平記 現代語訳 16-16 小山田高家、青麦を刈る

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この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。

太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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新田(にった)軍の中には、義の道を知り、命を軽んずる者多しといえども、大将・義貞の危急に及んで、自分の命を投げ出そうとする者はいなかった、そんな中に、小山田高家(おやまだたかいえ)だけが、遥かに隔たった地点から単身、馬に乗って引き返し、新田義貞(にったよしさだ)をその馬に乗せ、義貞の退路を守って討死にしたのである。

高家のその志、よって来る所を鑑(かんが)みるに、まさに、「わずかの情けによって、百年の身を捨てた」というべきであろうか。

中国地方征圧の勅命を受けて、新田義貞が播磨に軍を進めた時、兵力は多かったが、食料は不足していた。

このような状態の下、厳しい軍法を定めなければ、みな掠奪行為に走るであろうから、ということで、道の辻ごとに、以下のような高札が立てられた。

朝廷軍令:「村々の田からの穀物の収奪行為、あるいは、在家の家に押し入っての掠奪行為、たった一粒の収奪であろうとも、たった一軒の掠奪であろうとも、それを行った者は、ソク死刑に処する!」

これを見て、在地の農民は安堵して耕作を続け、商人は快く売買を続行していた。ところが、この小山田高家、敵陣の近隣に行き、部下たちに青麦を全て刈り取らせ、鞍に積んで持ち帰ってしまったのである。

新田軍の軍規取締担当・長浜六郎左衛門(ながはまろくろうざえもん)は、この報告を聞き、直ちに高家を召喚、軍法にもとづいて、泣く泣く彼を処刑せんとした。ところがこれを聞いた義貞はいわく、

新田義貞 な、な、ちょっと待てよぉ。

長浜六郎左衛門 ・・・。

新田義貞 ほんの軽ぅーいノリでもって、青麦と自分の命を引き換えようなんてするヤツ、いるかなぁ? うーん・・・どうも察するに、彼には彼なりの、何かよっぽど深いワケがあったんじゃぁねぇのぉ? 「あそこは敵陣エリアなんだから、麦刈ったっていいじゃねぇか!」てなフウに、考え違いしたのかも・・・あるいは、食料確保に万策尽きて、軍法の重さを忘れたか・・・おそらく、このどっちかだろうな。

長浜六郎左衛門 ・・・。

新田義貞 とにかく、処刑するのはちょっと待ってさぁ、小山田の陣中を、ちょっくら調査してみてよ。

長浜六郎左衛門 はい!

さっそく使者が、高家の陣中に赴き、調べてみたところ、馬や武具はきちんとそろっているのだが、食物の類は一粒も無い。

帰ってきた使者の報告に、義貞は大いに恥じ入った風で、

新田義貞 いやいやぁ・・・アイツは、戦の為に軍法を忘れちまって、それで、あんな事しでかしちまったんだよなぁ。

長浜六郎左衛門 どうやら、そのようですねぇ。

新田義貞 とにかく、士卒の方から先にまいっちまってるなんてぇ事じゃぁ、大将の側に重大な落ち度があるってことだわさ、大将の恥だわさ。こんな事の為に、あたら勇士を死なせる事なんか、とてもできやしねぇ・・・かといって、軍法を乱すのもいかんしなぁ・・・。

そこで、義貞は、青麦を刈り取られた地主には小袖2着を与え、小山田高家には食料10石を与え、ねぎらいの言葉を与えて、自陣に帰らせた。この義貞の情けに、高家は深く感じ入り、忠義の心をますます強くしたのであった。

このような事があったからこそ、高家は、自らの命を義貞の命に替えて、我が身をなげうって討死にしたのである。

昔より今に至るまで、武士たるべきは、利に流されず、威をも恐れず、ただひたすら大将に忠義を尽し、彼の為には身命を捨てていくべし。昨今の武将たちもいま少し、この小山田高家の行為を深く思惟し、自らの生きザマを振り返ってみるが良かろう。

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