太平記 現代語訳 16-19 日本の朝敵について
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この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。
太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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そもそも、わが日本国の開闢(かいびゃく)の始めを尋(たず)ねるに:
混沌の中より、天と地とが二つに分かれ、さらにそこに人類が発生してより2万年経過、イザナキ・イザナミの二柱のミコト、妻神(めかみ)夫神(おかみ)となって、天下(あめのした)にあまくだり、一女三男を産みたもうた。
一女と申すは、天照太神(あまてらすおおみかみ)、三男と申すは、月神(つきのかみ)、蛭子(ひるこ)、スサノオノミコトである。
第一の御子・天照太神は、わが国の主となって、伊勢国(いせこく)五十鈴川(いすずがわ)のほとり、神瀬下津岩根(かみがせしもついわね)に、姿を現じ給うた。
ある時は、衆生救済の為に、仏に姿を変じてこの世に現われ、ある時は本体の神に帰りて、日本国中すみずみの民に利益(りやく)を与え給う。まさに、化身しては至高の極みに昇って真理を示し、本体に帰りては世俗の混濁に身を混じえて衆生を済度す。
さてここに、第六天の天魔らが、集まって会議。
第六天魔王 この「日の本」なる国土に、もし仏法、広く宣布せられば、その結果は如何(いかん)?
天魔A 大いに問題あり。我らの天魔波動力、著しく減衰し、我らは、力を失うでありましょう。
第六天魔王 さらば、いかなる手だてを用いて、仏法宣布を阻止せんか?
天魔B かの女神の、応化利生(おうけりしょう)の活動を阻止すべきかと。
第六天魔王 はてさて、「かの女神」とは?
天魔B アマテラス・オオミカミ。
第六天魔王 ウーン! その策、極めて良きかな!
天魔一同 同感、同感!
天照太神 !!!
その状況を感知した天照太神は、大宇宙空間中の天魔会議フィールド(場)に接近して、いわく、
天照太神 そなたら天魔一同、我に対して、よからぬ事をタクラミおるか・・・我、そなたらを決して恐れるにはあらず、しかれど、今後日夜にわたりて、そなたらの陰湿かつ執拗なる妨害活動を受けるとなりては、それもまた、うっとおし。ゆえに、我、そなたらに対して、若干の譲歩の用意あり。
天魔A その「譲歩」とやら、内容は如何(いかん)?
天照太神 我、そなたらに誓約す、「今後、我は、「仏・法・僧(ぶっ・ぽう・そう)」すなわち、仏教で説くところの「三宝(さんぼう)」に、あえて接近すること無し。」。わが譲歩の内容、かくのごとし・・・さてさて、そなたらの考えは?
第六天魔王 さほどまでの大幅なる譲歩、我らの期待を上回るものなり。その言葉を聞きては、我ら第六天魔衆も、怒りの剣を鞘に納めるべし。女神殿のその誓約、よもや、嘘偽り無かろうな?
天照太神 第六天魔王ともあろう者が、何というたわけ事を申すか! 神には、二枚舌無し!
第六天魔王 よし、しからば、我もまた、誓約書を記すべし、しばし待たれよ、女神殿、
第六天魔王 ウェーーーーーゥィ!
やがて、第六天魔王の全身から、血がにじみ出てきた。
第六天魔王 我、下記のごとく誓言す!
「未来永劫(みらいえいごう)に渡りて、天照太神の子孫をもって、この「日の本」の主となすべし。その主の命に違(たが)う者ありて、国を乱(みだ)り、民を苦しめれば、10万8000のわが眷族(けんぞく)、朝(あした)に駆けり、夕(ゆうべ)に来たりて、その罰を行い、その命を奪うべし!」
第六天魔王の体からにじみ出た血は、自動的に集まって文字の形となり、あっという間にこの誓約書が出来上がり、天魔王から天照太神に提出された。
三種の神器のうちの一つ、「ヤサカノマガタマ」は、このようにして出来た、との一説あり。
まさに、天照太神のその誓言のごとく、伊勢神社の内宮(ないくう)・外宮(げくう)においては、他の神社とは事替わり、錦のとばりに神の本体を象徴する鏡を懸けることもなく、念仏読経の声も聞こえず、僧侶尼僧の参拝も許されない。天照太神が発せられた誓約を違えないようにしながら人々に縁を繋ぐことにより、結局は仏縁もつけてしまう、という方便であるといえよう。
天照太神よりこのかた、子々孫々に天皇位を伝えて96代、この間に、朝敵となって滅びた者も数多い。
神武天皇(じんむてんのう)の御代(みよ:注1)、紀伊国(きいこく:和歌山県)名草郡(なくさごおり)に、身の丈2丈余りの巨大蜘蛛、現わる。手足長大、膂力(りょりょく)絶倫、網を張ること数里におよび、往来の人々を殺害す。しかして、勅命を受けて出動の朝廷軍、鋼鉄の網を張り、熱湯を四方より浴びせ、この蜘蛛ついに殺されて、その身、分々に爛れた。
また、天智天皇(てんじてんのう)の御宇(ぎょう:注1)、藤原千方(ふじわらのちかた)という者あり。彼は、金鬼(きんき)、風鬼(ふうき)、水鬼(すいき)、隠形鬼(おんぎょうき)という4匹の鬼を使っていた。金鬼は、その身体、堅固にして、矢を射るも立たず。風鬼は、大風を吹かせて、敵城を吹き破る。水鬼は、洪水を流して、敵を陸地に溺(でき)す。隠形鬼は、その形を隠して、にわかに敵を取りひしぐ。かくのごとくの神通力、凡夫(ぼんぷ)の智力をもって防ぐこと能(あた)わずして、伊賀(いが:三重県西部)、伊勢(いせ:三重県中部)の両国、これが為に制圧せられて、朝廷の命に服する者なし。
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(訳者注1)「御代」も「御宇」も「XX天皇の治世下に」という意味。
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ここに、紀朝雄(きのともお)と言う者ありて、天皇の命を承ってかの地方に赴き、一首の和歌を詠じて、鬼のもとへ送った。
草も木も 天皇陛下の もんなんや 鬼の棲むとこ どこにもないで
(原文)草も木も 我(わが)大君(おおきみ:注2)の国なれば いずくか鬼の 棲(すみか)なるべき
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(訳者注2)天皇のこと。
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これを見た四匹の鬼は、
金鬼 これは不覚なり!
風鬼 さては我ら、悪逆無道(あくぎゃくぶどう)の臣に従いおりしか・・・。
水鬼 善政有徳(ぜんせいうとく)の君を、背(そむ)き奉りけるかな!
隠形鬼 天罰遁(のが)るる所、無かりけり。
鬼たちは、たちまち四散消失し、力を失った千方は、やがて朝雄に討たれた。
これのみならず、朱雀院(すざくいん)の御宇・承平(しょうへい)5年、平将門(たいらのまさかど)なる者が、関東にて乱を起し、相馬郡(そうまごおり)に都を立て、朝廷百官を任命して、自らを平親王(へいしんのう)と号した。
朝廷軍こぞって、これを討たんとしたが、彼の全身は鉄身にして、矢石にも傷(やぶ)られず、剣戟(けんげき)にも痛まない。そこで、諸卿、会議を催して対策を講じ、鋼鉄の四天王像を鋳造(ちゅうぞう)し、比叡山に安置、四天合行法(してんごうぎょうぼう)を延暦寺に修めさせた。
この行の効果はてきめん、天より白羽の矢一筋が降(ふ)って、平将門の眉間に立った。将門はついに、俵藤太秀郷(たわらとうだひでさと)に、首を取られた。
将門の首は、獄門に懸けて曝(さら)されたが、三か月経過の後も、色は変ぜず、眼も塞(ふさ)がらず、常に牙(きば)を噛みて、夜な夜な、叫ぶ、
将門の首 斬られし我が五体、何れの場所に有るや? 我が五体、ここに来たれ! この首と合体して、もう一戦やらかすべーし!
これを聞いて、諸人、恐怖に身を震わせる。
時に、道を過ぎる人、この将門の叫びを聞いて、一首、
将門(まさかど)は 米(コメ)カミよりぞ 斬られける 俵藤太(たわらとうた)が 謀(はかりごと)にて(原文のまま:注3)
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(訳者注3)「米(こめ)」と「俵」をかけている。
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これを聞いて、首はカラカラと大いに笑い、眼はたちまちに塞がり、その屍(かばね)はついに、枯れた。
この他、大石山丸(おおいしのやままる)、大山皇子(おおやまのおうじ)、大友真鳥(おおとものまとり)、物部守屋(もののべのもりや)、曽我入鹿(そがのいるか)、豊浦大臣(とようらのだいじん)、曽我石川麻呂(そがのいしかわまろ)、長屋王(ながやおう)、藤原豊成(ふじわらのとよなり)、伊予親王(いよしんのう)、氷上川継(ひかみのかわつぎ)、橘逸勢(たちばなのはやなり)、文室宮田麻呂(ぶんやのみやたまろ)、藤原仲麻呂(ふじわらのなかまろ)、井上皇后(いがみこうごう)、早良親王(さわらしんのう)、大友皇子(おおとものおうじ)、藤原仲成(ふじわらのなかなり)、藤原純友(ふじわらのすみとも)、源義親(みなもとのよしちか)、藤原頼長(ふじわらのよりなが)、源為義(みなもとのためよし)、藤原信頼(ふじわらののぶより)、安倍貞任(あべのさだとう)、安倍宗任(あべのむねとう)、清原武衡(きよはらのたけひら)、平清盛(たいらのきよもり)、源義仲(みなもとのよしなか)、浅原為頼(あさはらためより)、北条時政(ほうじょうときまさ)の9代目後胤・高時(たかとき)。
世間の声A いやぁ、こないして数え挙げてみると、朝敵となって天皇陛下を悩まし、仁義を乱しはったお人も、日本の歴史上に、けっこうおいやしたんどすなぁ。
世間の声B ほんになぁ・・・で、そのお人らは、一人残らず、刑戮(けいりく)の下に身を苦しめ、屍を獄門の前にさらす結果となり、と、いうことですやん。
世間の声C とにもかくにも、天皇陛下にたてついちゃぁ、いい事ねぇんだよぉ。
世間の声D だよねぇ。足利様、今年の春に、関東8か国の大軍率いて京都に攻め上ってきたけど、その時は、天皇陛下にたてつく朝敵・足利って、ことだったわよね。だから、戦っても戦っても、ボロ負けしちゃったんだぁ。
世間の声E ほいでもって、はるばる、九州まで逃避行っちゅうことに、なってしまわはりましたわなぁ。
世間の声F 彼はね、その失敗から学んだのだよ、我が国における、権力闘争の成功パタ-ンを。
世間の声D だからぁ、今度は、皇室の一方の系統をお立て申し上げて、「院宣をいただく」という形でもって、軍を起したんだよねぇ。
世間の声A 大いなる威勢の上に、さらに大義名分まで備わって、たちまち大成功っちゅうことどすなぁ。
世間の声々 なぁるほどねぇ。
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このようにして、東寺(とうじ)が、院の御所となった。四方の壁を強化して城砦化し、光厳上皇を警護する形で、足利尊氏も直義も共に、その中にたてこもった。
足利尊氏 なぁ、直義、この寺、防衛戦略上の観点から考えて見ると、けっこう城砦としても使えるじゃないか。
足利直義 そうですね。延暦寺から敵軍が攻め寄せてきても、小路毎に防衛陣を敷いて、縦横に戦線を展開できますよ!
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