①移住のリアル:失敗例から見えたこと
― 移住相談の現場で聞いてきた失敗例と困りごとから見えたこと ―
移住相談の仕事に関わっていると、「この方は少し心配かもしれないな」と感じる瞬間があります。正直に言うと、相談に来られる方の半分ほどは、田舎移住にはあまり向いていないのでは…というのが実感です。
家の条件が悪いわけでも、仕事の話が難しいわけでもありません。もっと手前のところで、小さなズレが始まっているように見えるときがあります。
例えば、東京と千葉だけ、関西だけ、というように、ひとつの都市圏の中で生活が完結していた人。全員ではありませんが、都市部での暮らしが長く、マンションや集合住宅での生活が当たり前で、気候や生活環境が大きく変わる引っ越しをほとんど経験してこなかった人たちです。
そういう方ほど、田舎の暮らしに惹かれます。田舎の人が東京に憧れるのと似た心理なのかもしれません。だからこそ自然の近くで暮らしたい、静かな場所で生活したい。その気持ちはとてもよくわかりますし、相談を受けながら私も共感することが多いです。
ただ、田舎の暮らしは、風景の印象だけで成り立っているわけではありません。
以前、こんなご相談を受けたことがあります。
【移住後相談ケース1】
そのご夫婦は、海の景色に惹かれて移住を決めました。夏に訪れたとき、眼下に広がる青い海の景色がとても印象的だったそうです。地元では「〇〇ブルー」と呼ばれるほど美しい色で、二度訪れただけで、この場所で暮らしたいと感じたと話していました。
築五十年ほどの家を購入し、定年後に移住。最初のうちは、新しい暮らしを楽しんでいたそうです。
けれど、何度目かの冬を迎えてから状況が変わりました。
その地域は、冬になると海からの風が強く、天気が崩れやすい場所でした。夏とは大きく異なり、冬場は日照時間も短く、曇りがちな日が続きます。家は昔ながらのつくりで、断熱も十分ではありません。
寒さだけでなく、暗さも重なり、奥様が次第に体調を崩すようになりました。外出する機会も減り、気分も沈みがちになっていったそうです。潮風で車の傷みが気になることもおっしゃっていました。
このご夫婦のご相談は「もう一度移住先を探したい。もう少し冬が暖かいエリアへ」というものでした。体力や健康への不安も出てきて、このまま住み続けるのは難しいと感じ始めていたからです。
移住を決めたとき、何か大きな間違いをしたわけではありません。ただ、季節のいい時期、夏の景色だけで地域を判断してしまったことが、後になって暮らしに影響してきたのだと思います。
こうしたケースは、決して珍しいものではありません。むしろ移住相談の現場では、よく見かけるパターンのひとつです。
移住がうまくいかなくなる理由は、人間関係や仕事、家の条件など、さまざまに語られます。けれど実際の相談を重ねていると、その前段階にある「地域の理解不足」が影響していることが少なくありません。
訪れたときの印象で地域を判断してしまう。これは誰にでも起こり得ることです。海がきれい、空気が気持ちいい、静かで落ち着く。どれも本当の魅力ですし、その感覚は間違っていません。
ただ、暮らしは季節を通して続いていきます。
夏に感じた心地よさと、冬の生活のしやすさは必ずしも一致しません。日照時間、気温、湿度、風の強さ、雪の量。そうした条件は、家の断熱性や暖房費、外出のしやすさ、体調にも影響してきます。
さらに、同じ場所でもライフステージによって感じ方は大きく変わります。30代の移住と、定年後の60代の移住では、体力や健康、生活リズムも違います。若い頃には楽しめた環境でも、年齢を重ねると負担に感じることもあります。
都市部での暮らしでは、こうした違いをあまり意識せずに生活できます。けれど地方では、自然条件がそのまま生活の前提になります。
多くの人が同じ判断をしてしまいます。
移住を検討する段階で、この違いをどれだけ具体的に想像できるか。そこが、その後の暮らしの満足度を大きく左右するように感じています。
【移住後相談ケース2】
もうひとつ、印象に残っているご夫婦の例があります。農山村の地域で、母屋と離れの二棟がある古民家を購入された方でした。広い敷地にゆとりのある家で、春や夏に訪れたときはとても心地よく感じられたそうです。
ところが、住み始めて最初の冬を迎えたとき、思いがけないことに気づきました。十一月から二月頃までの間、家にも庭にもほとんど日が当たらないのです。冬は太陽の位置が低くなるため、山の影に入ってしまう場所だったのです。
このご夫婦は家庭菜園を楽しみに移住されたそうですが、冬場は庭に日が当たらず、秋冬野菜がほとんど育たないことがわかりました。そのことも、思っていた暮らしとの違いを感じる大きな要因になったと話されていました。
暖房についても同じでした。薪ストーブを設置していましたが、小さなストーブでは広い古民家全体を暖めることはできません。結局、ストーブのある部屋だけで生活するようになり、家は広いのに使う空間は限られていったそうです。
都市部で暮らしていると、家の日当たりは建物の向きや周囲の建物の高さで決まるもの、という感覚があります。けれど農村では、歴史的に日当たりの良い土地は畑として使われてきました。そのため住宅は山の斜面に近い場所に建てられていることも多く、特に北側の斜面にある家は冬場の日照時間が極端に短くなる場合があります。
このご夫婦も、春と夏の印象だけで決断してしまったことに、後から気づかれました。七年ほど住まれたあと売却を決め、価格を下げて売りに出されていますが、四年経ったても買い手は見つかっていませんでした。
家の状態が悪かったわけでも、地域に問題があったわけでもありません。ただ、暮らしてみて初めてわかる条件が、想像以上に生活に影響していたのだと思います。
相談の現場で見てきたケースには、このようにいくつか共通点があります。どれも特別な失敗ではなく、ほんの少しの見落としや、事前に知っていれば防げたかもしれないことばかりです。
では、移住を検討する段階で、どんな点を見ておくとよいのでしょうか。
続きの記事では、相談の現場で私が特に大切だと感じている視点を、具体的なチェックポイントとして整理していきます。
【プロフィール】
◆民家サミット2026登壇予定(2026年4月・京都)◆
地方自治体での移住相談担当を経て、現在はフリーランスとして移住相談や講座、講演に関わっています。これまで200件を超える移住相談と、移住後の困りごと相談にも対応してきました。
私が移住というテーマに向き合い続けている背景には、家族の移住経験があります。1990年代、両親は商売を兼ねて長野の小さな村へ移住しました。私自身も都会の仕事を辞め、人口2000人ほどの地域で暮らした時期があります。その後、両親は13年を経て都会へ戻りました。
当時は「失敗だったのだろうか」と思ったこともあります。けれど時間が経ち、あの時間は人生にとってかけがえのない経験だったと感じています。
移住・・30年前と今 そこに大きな変化はあるのだろうか。
自分らしい生き方をデザインする中で移住に向き合う方がたくさんいる。
そこは時代が変わっても変わらない。
知識や情報に基づいて事前の準備や確認行動を変えるだけで、その後の暮らしのギャップと、予算計画の見直しを最小限にできる。
そのために少しでもお手伝いできて、私の経験値がお役に立てたらこんなに嬉しいことはありません。
相談では、家の条件だけでなく、ライフステージや家族構成、これまでの生活環境まで含めて一緒に整理していきます。場合によっては、無理に田舎へ移るよりも、都市と地方の中間にある「トカイナカ」という選択肢を提案することもあります。
実務で得た情報として、古民家の構造的なメリット・デメリット、電気・水道・ガスといったインフラの修繕費の盲点や補助金の活用ポイント、農業移住における難しさや希望、田舎独特の時間感覚なども、これから少しずつお伝えしていきます。
私がみなさんにお届けしたいのは、移住の夢を壊すことではありません。移住は人生の中でも、とても豊かな一ページになる可能性を持っています。
このnoteでは、あえて移住後の困りごとや小さな失敗例も取り上げます。それは不安を煽りたいからではなく、できるだけ多くお届けすることで、よりよい判断力の軸としてご自身らしいライフスタイルの再発見と移住デザインをご自身で描けるようお手伝いしたいからです。すこし長くなる時もあるかもしれません。できるだけ丁寧にお伝えしていければと思っています。
私自身は地方で育ち、都会で暮らし、海外も含めた生活経験を経て、いまは都市と地方の中間にある「トカイナカ」で暮らしています。
この記事のような見落としを防ぐための判断整理ワークを現在制作しています。
★民家サミット2026 in Kyoto ★
https://www.instagram.com/p/DUMweZxk3gp/
移住を考える際には、地域や家だけでなく、いくつかの視点を重ねて見ていくことが大切です。
次の記事では、相談の現場で私が特に重要だと感じている「地域を知るための5つの視点」を整理しています。よろしければこちらもあわせて読んでみてください。
https://note.com/rural_japan/n/n2d4dd5984b03?app_launch=false
