紅子さんと過ごした夏|森博嗣Vシリーズ感想
ミステリー好きなのに、森博嗣のミステリーをほとんど読んだことがなかった。
※この記事は、森博嗣のVシリーズの感想です。Vシリーズのネタバレを一部含みます。はっきりとは書いてませんが、ネタバレを踏みたくない人は、ここで戻ることをおすすめします。
森博嗣を苦手だと思っていた
森博嗣のミステリーを、私はこれまで苦手だと思っていた。
たぶん最初の本を読んだのは大学生か就職してすぐか。読んだのは「すべてがFになる」「冷たい密室と博士たち」「女王の百年密室」「四季シリーズ」だ。
「すべてがFになる」は傑作だと思った。これの右に出るものはほとんどないかも。まさにパーフェクトミステリー。自分の好きなミステリーを10冊選ぶとしたら、間違いなくこの本は入ると思った。
しかし「すべてがFになる」の期待をもって次に読んだ「冷たい密室と博士たち」になぜか入り込めず途中でやめてしまった。その前後に読んだ「女王の百年密室」「四季シリーズ」も多分途中でやめた。何かの続きのようで前提条件があり、意味が通らなかったのだ。
これは全部を1から読む必要がありそうだ。しかし冊数が多すぎる……。(森博嗣はとにかく多作なのだ)ということで時間も取れないし面倒になって、読むのを辞めてしまっていた。
しかしそれが2025年の今。
昨年くらいから、森博嗣の新書を読むようになり、エッセイ?の「100人の森博嗣」という本を人に勧めてもらったので読んでみた。
この本の前半にVシリーズのあとがき(別書き?)がまとまっていた。このあとがきを読んで、「Vシリーズってなんか面白そう、読んでみようか」と思って2025年6月末に買ったのが、「黒猫の三角」だった。
これが、面白い…!
え、物語を解決するのはこの方で、犯人はこの方?!何よりこのスマートさはなんだ。
ということで、続きが気になり、気づけば、読んでは本をAmazonで買い、本が届いては1日で読み、また続きを買い、という夏を過ごすことになった。
天才科学者紅子さんと過ごす夏だ。
本の感想を簡単に。(明確なネタバレはなしで)
1.黒猫の三角:なんてオシャレな解決編
2.人形式モナリザ:こーわーー
3.月は幽咽のデバイス:密室なんてないってことね、理解理解。
4.夢・出逢い・魔性:自然にミスリードに乗ってしまい、ただただ無の気持ち。というかタイトルおしゃれすぎん?
5.魔剣天翔:最後のメッセージがウケる
6. 恋恋蓮歩の演習:保呂草・ロマンチスト・潤平
7. 六人の超音波科学者:これはどこかで見た構図
8. 捩れ屋敷の利鈍:この話がなぜこの10冊に位置づけられるのか?
9. 朽ちる散る落ちる:間取り図…?
10. 赤緑黒白:そっちがそうはそうとして、最後にそっちがそうなんて!最初からずっとヒントはあったのに全然気づかず。天才の前に完敗。凡人は頭を垂れるのみ。
天才のミステリーが好きだ
私が好きなミステリー作家は麻耶雄嵩で、その中でも探偵メルカトル鮎と香月実朝が好きなんだけれど、今回読んだ森博嗣のVシリーズの紅子さんも好きだと思った。そうしてもう一人好きなのが、探偵役ではないけど、同じく森博嗣のS&Mシリーズ「すべてがFになる」の真賀田四季博士。
この4人を並べて、そうか私は天才系(ただしここに倫理はありません、あるのは合理的な解決、そして場合によってはカタストロフだけです)が好きなんだなとわかった。
自分の好きなミステリーの傾向がようやくわかってよかった。こういう系のミステリーでおすすめあったら教えてください。
なぜ保呂草はかく語ったのか?
ところで、個人的にVシリーズで気になる最大の謎のひとつは、保呂草潤平は執筆者としてなぜこのVシリーズを書いたのか?だ。
このVシリーズは登場人物の保呂草潤平が、事件に遭遇し、事件で聞いた話をまとめたり想像で補完したりして、1つにまとめたという形式になっている。
作者側(森博嗣側)から俯瞰の解釈として、三人称視点ではなく語り手が登場人物であるということで使える手法があるから、この形にした、というのはわかる。(「信頼できない語り手」ができるので)
でもそれにしても、物語内の保呂草さんの目線で見たときに、自分にとって不利な情報を赤裸々に書いてるわけで、なぜこんな記録を?と思ってしまう。この手記、警察に見つかったら貴方捕まるよね?
保呂草さんの個人的な日記として残してるという雰囲気でもなく、不思議だった。
私のシリーズを途中まで読んだ予想は、本の中にあえて書かれてないことがあって(例えば実はもう一人その場に登場人物がいるのに、意図的にずっと書かれていないなど)読者を含めて誤認させることで、何か大きな目的を達成するためかな、と予想していた。
でもシリーズ後半へ進んで、保呂草さんが私の想像より紅子さんを大事に思ってるということがわかってきた。(確かに本の中でそのような記述もいくつもあるんだけど、本心なのか便宜上の建前や嘘なのかよくわからなくて)
つまり、この話を書き残したのは、保呂草さんの感傷なのかも、と。紅子さん(とその仲間たち)と過ごした楽しかった1年ほど(多分)の思い出を残そう、ということ。もしもそうであるなら、さすが、保呂草・ロマンチスト・潤平。
もしこの予想が合ってるなら、シリーズの中で一つだけ宙に浮いてる「捩れ屋敷の利鈍」も、「久しぶりに、貴方のことを思い出したので、この話も。」という位置づけとして、私としては納得がいく。むしろ「捩れ屋敷」がこのシリーズの起点かもしれない。
実際のところ、森博嗣がどう考えているのかは分からない。保呂草がこの話を残した形になってることに、物語内としての説明は特にないのかもしれない。(あるいは1巻で回収されてるのかも)
もしもこうだったらいいなあーーと、一読者の私は考察?妄想?するのみだ。
良い解釈や森博嗣ご本人からの説明を知ってたら、是非教えてください。
2025年、天才科学者紅子さんと過ごす夏
1冊ずつ謎が提示され、解かれ、犯人が明かされた後も、シリーズを通して最後まで謎は続き、綺麗に伏線は回収される。特に最初から提示されている真っ向勝負の謎は、私は普通に最後まで気づかなかった。これは鳥肌立つわ。
森博嗣という一人の天才の作品を前にして、一読者の私には負けという概念すらないのでしょう。そんな非合理的なことを考えるのさえ無駄。たたただ頭を垂れるのみ。
このミステリーを、森博嗣的にはアルバイトでも何でも、書いてくれてありがとう。
最初から最後までずっと面白く、他者からの賞賛も承認欲求も物質的や金銭的な豊かさとも全く無関係に、純粋に謎解きと物語のきらきらした高揚で脳内が満たされていた夏だった。この夏この本たちを読んでよかった。
そうしてこうなると、森博嗣の有名なもうひとつのシリーズ、S&Mが気になってくる。
自分の本棚を探すと、かつて読んだ、S&Mシリーズの1巻目「すべてがFになる」、2巻目「冷たい密室と博士たち」が待っていた。
またここから10冊。次はS&Mシリーズを読む秋になりそうだ。
