コンパクトな歴史都市・四條畷で発見した政治のスリム化に野洲が学ぶ事
先日、人口およそ50,000人の大阪府四條畷市(しじょうなわでし)を訪れました。 四條畷市は、私がいま住んでいる滋賀県野洲市とほぼ同じ人口規模。 「同じくらいの人口の市って、どんな感じなんだろう?」という興味から足を運んでみたのですが、歩いてみると同じ人口でも、街の個性や政治のあり方が全く違うことに気づかされました。

特に印象的だったのが、四條畷市の街全体に根付いている歴史です。 ここは、南北朝時代の武将、楠木正成(まさしげ)の子どもである楠木正行(まさつら)が最期を迎えた地として知られています。 市内には、正行のお墓や、彼を祀る四條畷神社があり、お墓にお参りをされている方もいて、街のあちこちで歴史の足跡を感じることができました。


議員の数から見る、まちづくりの違い
そして、街の運営を支える仕組みにも、大きな違いがありました。 四條畷市は市議会議員の定数が12名であるのに対し、野洲市は18名。 同じ人口規模でありながら、議員の数がこれだけ違うのは、市民の意見をどう集約し、街を動かしていくかという考え方の違いの表れかもしれません。
四條畷市では議員の数が少ない分、一人ひとりが受け持つ範囲や責任が広くなり、少人数で街の課題に取り組む姿勢がうかがえます。迅速で効率的な運営を志向しているように感じられました。 一方、野洲市では、より多くの議員で多様な意見を拾い上げることを目指しているのかもしれませんが、それが必ずしも街の効率的な運営に繋がるとは限りません。

今回、四條畷市を歩いて、野洲市との違いを比較することで、改めて「まちづくり」の奥深さを感じました。 皆さんは、自分の住むまちの議会について考えたことはありますか?
