「自分は弱い」と思っていた私へ。HSPとADHDの私が、人生を取り戻す中で覚えた7つの勇気
おはようございます。良寛(天豆)です。
今でも、繊細な心を抱えながら生きているあなたへ。
誰かの何気ない一言が、
家に帰ってからも頭を離れない。
仕事で一つ失敗すると、
「ああ、またやってしまった」
と、失敗した自分だけではなく、
自分という人間そのものまで嫌いになってしまう。
そして未来を考えれば、
「うまくいかなかったらどうしよう」
と、まだ起きていないことまで怖くなる。
私も、ずっとそうでした。
小さい頃から、とにかく怖がりでした。
大人になってからも、
人の目が怖い。
叱られるのが怖い。
失敗が怖い。
自分だけできないことが怖い。
だから長いあいだ、
「私は弱い人間なんだ」
と思っていました。
でも今は、少し違います。
私は、怖くなくなったからここまで来たのではありません。
怖がりな自分を連れたまま、それでも何度も、自分の人生を選び直してきただけです。
今日は、その中で私が覚えてきた「勇気」について書きます。
勇気とは、
怖いものがなくなることでも、
何が起きても動じない人間になることでもない。
私は今、
怖さがあっても、その怖さに人生の運転席まで渡さないこと。
それが勇気なのだと思っています。
私は、世界そのものが怖い子どもだった
私には、10歳上の姉がいます。
姉の部屋には、当時人気だった雑誌『月刊ムー』がずらりと並んでいました。
「心霊現象」
「超常現象」
「幽体離脱」
そんな文字を見るだけで、部屋の空気まで重く感じました。
私は、カーテンの向こうにある姉の部屋へ入ることさえ怖かった。
そして幼い頃。
私をとても可愛がってくれた3歳年上の従兄が、病気で突然亡くなりました。
母に連れられて行った葬儀。
今でも覚えています。
狂おしいほど泣き叫ぶ叔母。
その肩を、静かにさする母。
そして、ほんの少し前まで笑っていた従兄が、棺の中で真っ白な顔をして眠っていたこと。
私はそのとき、子どもながらに「死」というものを身体で知ったのだと思います。
胸の奥が冷たくなり、よろよろと母の腰へしがみつきました。
その夜。
底のない暗闇を、どこまでも落ち続ける夢を見ました。
目を覚ますと、全身が汗でびっしょりでした。
それから一年ほど、私は電気を消して眠ることができませんでした。
母は気づいていました。
夜になると私の頭を撫でて、
「大丈夫だよ」
と言ってくれました。
あの頃の私にとって、
母の手の温かさだけが、暗い世界に残っている小さな明かりでした。
幼稚園の頃にも、忘れられないことがあります。
先生が子どもたちへ怪談を話していた途中、私は突然机に突っ伏し、身体を震わせてしまったそうです。
記憶は途中で途切れています。
その日の夜、先生は実家まで謝りに来てくださったと、あとで母から聞きました。
音。
光。
空気。
人の表情。
声の変化。
昔から私は、他の人なら通り過ぎていくものまで、心の奥へ直接入ってきてしまう子どもでした。
まるで、
世界と自分とのあいだに、皮膚がないみたいに。
その繊細さを持ったまま、社会へ出た
大人になっても、私は変わりませんでした。
特につらかったのが、コールセンターで働いていた頃です。
電話の向こうから飛んでくる怒声。
相手の話を聞きながら、PCを操作し、メモを取り、次の対応を考える。
ADHDの私にとって、それは本当に苦しい仕事でした。
頭が真っ白になる。
手が震える。
呼吸が浅くなる。
ミスをすると、
「なんでこんな簡単なこともできないんだ」
と言われる。
同僚のため息や視線にも傷つきました。
家に帰って、
「自分なんていないほうがいい」
と思った夜もあります。
それでも私は、心のどこかでは生きたかった。
だから必死に、
どうすれば、この心を壊さずに生きられるのか。
それを探しました。
そこで、少しずつ覚えていったことがあります。
1.自分を壊す頑張りを、諦める
ある日、上司から、
「君はこの部署に向いていない」
と言われました。
その瞬間は、本当に何かが折れたような気がしました。
でも帰り道。
ふっと思ったんです。
もう、諦めよう。
完璧な自分になることを。
みんなと同じようにできる自分を演じることを。
誰からも認めてもらうことを。
他人の評価だけで、自分の価値まで決めることを。
そう思った瞬間、肩から大きな荷物が落ちました。
涙が止まりませんでした。
私は人生を諦めたわけではありません。
自分を壊す生き方を、諦めたのです。
できることと、できないこと。
変えられることと、変えられないこと。
他人の心と、自分の選択。
そこを分ける。
誰かに否定されても、
自分まで自分を見捨てない。
あの頃、暗闇の中で私を安心させてくれたのは、母の手でした。
大人になった私は、その手を少しずつ、
自分自身へ差し出せるようになったのだと思います。
それが、私が最初に覚えた勇気でした。
2.どう思われるかより、どう生きたいかへ戻る
次に覚えたのが、
「開き直る」
ことでした。
また失敗した。
笑われた。
評価されなかった。
そんなことを何度も繰り返して、ある日思ったんです。
もう、いいか。
会社での評価が、私の人生のすべてではない。
笑われてもいい。
失敗してもいい。
私は、私の物語を生きよう。
仕事が終わると家へ帰り、noteを開きました。
K-POPのライブを書いた。
映画を書いた。
自分が感じたことを、そのまま言葉にした。
会社では「できない人」だったかもしれません。
でもnoteでは、
「共感しました」
と言ってくれる人がいました。
たった一言なのに、涙が出るほど嬉しかった。
「ここには、私の言葉を受け取ってくれる人がいる」
そう思いました。
私は少しずつ、
他人につけられた評価の中で生きる人から、
自分の世界を、自分でもう一度つくる人
へ変わっていきました。
3.恐怖に、人生の運転席まで渡さない
怖くなること自体は、悪いことではありません。
恐怖には、危険から自分を守る役割もあります。
私だって今でも、怖くなります。
ただ、怖さばかりを見ていると、私はいつも、
「やらない理由」
を探し始めます。
失敗するかもしれない。
恥をかくかもしれない。
うまくいかないかもしれない。
だから私は、怖くなったときほど、
「怖い。でも、本当は私はどうしたい?」
へ戻るようにしています。
恐怖をなくすのではなく、
恐怖の隣に、自分の願いもちゃんと置いておく。
そして最後は、
どちらへ一票を投じるのかを、自分で決める。
それだけでも、人生は少しずつ変わります。
4.未来ではなく、「今日できること」へ戻る
大人になるほど、まだ起きてもいない未来を先回りして考えるようになります。
もちろん、考えることも準備することも必要です。
でも、いくら考えても答えが増えなくなったら。
最後に人生を動かすのは、
今日できることです。
今日書ける一行。
今日できる一つの連絡。
今日休む30分。
今日始められる小さな一歩。
昔から、
「案ずるより産むが易し」
と言います。
何も考えず飛び込め、ということではないと思っています。
考えるべきことは考える。
準備するべきことはする。
でも、
やってみなければ分からない場所まで来たら、やってみる。
それも勇気です。
5.勇気を思い出せる人と言葉のそばにいる
心は、思っている以上に周りの言葉に影響されます。
「どうせ無理だよ」
「今さら遅いよ」
そう言われ続けていると、いつしか自分までそう思えてくる。
だから私は、
可能性まで最初から捨てない人の言葉を大切にします。
現実は見る。
失敗する可能性も考える。
それでも、
できない理由だけで、自分の人生を終わらせない。
そういう人と話すと、自分の中にあった勇気まで思い出せることがあります。
6.「稼げるか」より先に、「誰に何を渡したいか」を考える
これは、仕事でも同じでした。
「稼がなければ」
「売れなかったらどうしよう」
恐怖は、強い燃料になります。
私自身、不安を燃料に走ってきた時期があります。
でも、それだけでは苦しくなります。
「これなら売れるかな」
ばかりを考えていると、
いつの間にか、
誰のために仕事をしているのか
を見失うからです。
だから私は今、
「何が売れるだろう」
より先に、
「私は、誰に、何を渡したいんだろう」
へ戻るようにしています。
自分ができることで、誰かの役に立つ。
困っている人を少し楽にする。
自分が知っていることを、必要な人へ渡す。
その先に、
「ありがとう」
という言葉と一緒に、対価が返ってくる。
私は、その順番で仕事をしたいと思っています。
7.嫌ってきた自分の中にも、誰かに渡せるものがある
そして最後。
私はこれが、いちばん伝えたいことかもしれません。
昔の私は、自分の繊細さが嫌いでした。
人より傷つく。
人より怖がる。
人より考えすぎる。
どうしてもっと普通にできないんだろう。
ずっとそう思っていました。
でも今、私は文章を書く仕事をしています。
そして、相談者や受講生の言葉を読みながら、
本人自身もまだ気づいていない、
経験。
強み。
痛み。
願い。
その奥にある価値を、一緒に見つける仕事をしています。
考えてみれば、
昔あれほど私を苦しめた、
「感じすぎる」
という性質が、
今では誰かを理解するための、大切な力になっています。
人生って、分からないものです。
だから私は、
あなたが嫌ってきた自分の一部を、そんなに急いで捨てないでほしいのです。
人より遠回りしたこと。
うまくできなかったこと。
傷ついたこと。
何年も悩んできたこと。
今まさに、昔のあなたと同じ場所で困っている人がいたら。
あなたがそこから知ったことは、
その人にとって、
ずっと探していた言葉
になることがあります。
自分の人生に、「人へ渡せるもの」があった
だから私は、noteを単なる文章投稿の場所だとは思っていません。
自分の経験を書く。
好きなことを書く。
苦しかったことを書く。
人より自然にできることを書く。
そして、
「これを、今どんな人へ渡したいだろう」
と考える。
すると、自分では価値だと思っていなかったものに、誰かが反応してくれることがあります。
「私も同じです」
「この記事を読んで、少し気持ちが楽になりました」
「もっと詳しく聞きたいです」
その瞬間、
ずっと何の価値もないと思っていた人生の一部が、
誰かへ渡せるものだったと分かる。
私は、受講生の方がその瞬間に出会うのを見るのが、本当に好きです。
「私の人生にも、人に渡せるものがあった」
その気づきは、発信だけではなく、
その人自身の、自分を見る目まで変えることがあります。
そして、それが有料記事や相談、講座やサービスへ育つこともある。
それは単に、
「noteでお金を稼げた」
という話だけではありません。
自分が生きてきた時間で誰かに喜んでもらい、その価値に対して対価を受け取る。
そこから、自分自身の仕事が生まれ始めます。
これもまた、一つの勇気なのだと思います。
「自分には何もない」
と決めつけるのをやめる勇気。
自分の人生を、もう一度見直してみる勇気。
そしてそこにあるものを、必要な誰かへ差し出してみる勇気です。
あなたの勇気を、「次の一歩」まで下ろしてみる
もし今、
「私にも何かあるのかもしれない」
という小さな気持ちが生まれているなら。
そこで終わらせないでください。
いきなり人生を大きく変える必要はありません。
まずは、
過去の自分が一番困っていたことを、一つ思い出す。
人から何度も感謝されたことを、一つ書いてみる。
時間を忘れて夢中になってきたことを、一つ拾ってみる。
そして、
「これを、今の誰に渡したいだろう」
と考えてみる。
そこから一本、記事を書いてみる。
それだけでも、
「次は何を書けばいいんだろう」
という発信から、
「私は、この人へこれを届けたい」
という発信へ変わり始めます。
そして、
自分の中に何があるのか。
誰へ何を届ければいいのか。
それをどう仕事や収益へ育てていけばいいのか。
一人では、まだそこまで見えないなら。
私は、
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をご案内しています。
ここで一般的なnoteノウハウを、一方的にお伝えするつもりはありません。
あなたが歩いてきた人生。
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発信してみたいこと。
そして、
これから本当は、どう生きていきたいのか。
そこを伺いながら、
あなたがnoteで月5万円を目指すなら、何を、誰に届け、どこから収益へつなげていくのか。
あなたの場合の最初の道筋を、一緒に整理します。
さらに相談後には、
発信の軸。
届けたい相手。
次に書く記事。
収益化への最初の方向。
そこまでを整理した、
あなた専用のロードマップPDF
を原則として翌朝にお届けしています。
私は、
「あなたには価値があります」
と励まして終わりたいわけではありません。
あなた自身もまだ気づいていないものを一緒に見つけ、誰かへ届く形にするところまで考えたい。
そう思っています。
昔、暗闇の中で震えていた私に、母は何度も、
「大丈夫だよ」
と手を差し出してくれました。
今の私は、あの頃の私とは違います。
怖さは、今でもあります。
でも、自分まで自分を見捨てなくなりました。
そして今度は、
誰かが自分の人生をもう一度信じるための言葉を、私も渡したいと思っています。
勇気は、怖さが消えた人だけのものではありません。
怖さがあっても、自分が本当に行きたい方へ、一票を投じること。
その小さな一票から、人生は何度でも動き始めます。
もし今日、
「私も、自分の中にあるものを見つけてみたい」
と思ったなら。
その気持ちまで、また「いつか」の中へ戻さないでください。
あなたが生きてきた時間の中には、
まだあなた自身も知らない、
誰かへ渡せるものがあるかもしれません。
その価値を、一緒に見つけるところから始めましょう。
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