結果を責めない。でも、準備不足は見逃さない #1908
お元気ですかー?
心理的安全性って、「何をしても責められないこと」ではないと思っています。
むしろ、結果だけで責められる組織のほうが、よっぽど怖い。
どれだけ準備しても、営業は決まらないことがある。採用も、商談も、マネジメントも、最後の最後は自分では決めきれない。極端な話、結果だけで責められるなら、お医者さんなんてやってられないと思うんですよ。あれだけ準備して、知識も技術もあって、それでも治療がうまくいかないことはある。それを全部本人のせいにされたら、たまらない。
でも、だからといって、準備しなかったことまで「結果は仕方ないよね」で流すのも、それはそれで違うよな、と。最近、そんなことを考えています。今日は、その両側の話です。
結果で責めると、人は挑戦しなくなる
まず、こっち側から。
結果だけで評価される、と分かると、人は安全な仕事しかしなくなります。
失敗しない案件。確実に取れる顧客。簡単な仕事。無難な判断。だって、難しいことに手を出して結果が悪かったら、責められるので。それなら、手堅くいったほうがいい。合理的な判断です。
念のため言っておくと、「結果責任なんていらない」という話じゃないです。成果は、当然見ます。見ないと、それはそれで組織が回らない。
ただ、結果だけを取り上げて、その人の姿勢や人格まで否定するのは違う、ということです。結果が不確実な仕事で、結果だけを責めると、挑戦する人から順に減っていくんですよね。残るのは、無難に立ち回る人ばかりになる。
でも、準備不足まで曖昧にすると、別の人が冷める
……とはいえ、です。
たとえば、商談に行くのに、企業のことを何も調べていない。過去のやり取りも確認していない。仮説もない。事前に取れたはずの確認を、取っていない。その結果、うまくいかなかった。
これを「まあ、結果はコントロールできないから、仕方ないよね」で終わらせるのは、違うと思うんです。
なぜかというと、その横で、真剣に準備して臨んだ人がいるからです。その人からすると、「あれ、そこまでやらなくても、同じ扱いなんだ」になる。これ、けっこう効きます。じわじわ冷める。
結果を責めると、挑戦する人が萎縮する。でも、準備不足を曖昧にすると、真面目に向き合う人が冷める。どっちに転んでも、大事な人からいなくなっていくんですよね。
心理的安全性を下げるのは、厳しさより理不尽さかもしれない
で、ここが最近いちばん考えているところなんですが。
厳しい指摘そのものが、心理的安全性を壊すわけじゃない気がしています。
それより怖いのは、何を見られているのか分からない。結果だけで判断される。人によって扱いが違う。準備してもしなくても、評価が変わらない。何を改善すればいいのか、教えてもらえない。……こういう状態のほうが、よっぽど不安じゃないでしょうか。
つまり、改善できる行動に対して、予測できて、一貫したフィードバックがあること。そのほうが、実は安全なんじゃないか、と。
心理的安全性って、何も言われないことじゃなくて、何を求められているかが分かること、でもあると思うんです。求められる基準が見えていれば、人はそこに向かって準備できる。基準が見えないまま、結果が出たときだけ雷が落ちる。あれがいちばん、人を縮こまらせます。
結果ではなく、準備と向き合い方を見る
じゃあ、具体的にどこを見るのか。
営業でいえば、「決まった/決まらなかった」だけじゃなくて、その手前を見たいです。顧客をどれだけ理解していたか。仮説を持っていたか。想定される質問に備えていたか。相手の課題をつかもうとしていたか。次の一手を考えていたか。取れる確認を取っていたか。
そのうえで、結果が悪くても、準備をやり切っていたなら、「じゃあ次は何を変えようか」に進める。それは、責める話じゃなくて、一緒に考える話です。
逆に、結果がたまたま良くても、準備がスカスカだったなら、そこは見逃さない。「決まったからOK」で流さない。ここ、自分でも気をつけているところで。
良い結果が、良いプロセスを証明するとは限らない。悪い結果が、悪い仕事を証明するとも限らない。結果と中身は、いったん分けて見る。そうしないと、運が良かっただけの人が評価されて、丁寧にやった人が報われない、という一番まずいことが起きます。
……と、えらそうに書いていますが。正直、数字が足りない月は、僕も普通に結果を見たくなりますw 「プロセスがどうこう言ってる場合か」って気持ちにもなる。「準備を見よう」と言いながら、忙しいと、そこを飛ばしそうになる自分もいる。たまたま決まった案件を見て、「やったー!」で終わらせたこと、正直あります。
最後に
結果は、どうしても読めません。どれだけ準備しても、決まらないことはあるし、うまくいかないこともある。だから、結果だけで人を責めるのは違う。
でも、準備できたこと、確認できたこと、考えられたこと。そこまで曖昧にするのも、違う。
結果は責めない。でも、改善できる準備には、ちゃんと向き合う。そのほうが、失敗しても挑戦できるし、真剣に準備している人も、馬鹿らしくならずに済みます。
心理的安全性って、優しいことだけじゃないんだと思います。「ここまでやったなら、結果が悪くても一緒に考える」と分かっていること。同時に、「やるべき準備をしなかったら、そこはちゃんと向き合う」と分かっていること。その両方があるほうが、僕は安心して働ける気がします。
自分は今、メンバーの結果を責めているのか。それとも、改善できる準備や行動を見ているのか。そして、真剣に準備している人が、ちゃんと報われるチームになっているか。
……まあ、そう言いながら、数字が悪いと結果を見たくなる自分もいるんですけどね。そこも含めて、マネジメントの奥深さなんだと思います。
では、また!
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
人材業界で20年、現場で考え続けてきたことを書いています。
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