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@映画館~最高の非日常 Part-7~E.YAZAWAで英語

 今回はいろいろと人との出会い&別れに思いをはせていたら、生まれたトピックです。



 
今日の映画の話は、僕が二十才(ハタチ)前に映画館で観た、当時の矢沢永吉・野球場コンサートツアーを収めた映画の紹介から始めます。

RUN&RUN

監督・根本順善「RUN&RUN」(矢沢永吉)

 これは「成り上がり」が大ベストセラーになり、「時間よ止まれ」が爆発的に売れたキャロル→ソロ転向後の最初のピーク時期。同時に、当時、永ちゃんはTVに出ない&ビデオのソフト(VHS) が家庭まで普及していたのか定かでない時期で、この映画を見るしか、永ちゃんの映像が見られなかった。
 ソロになってからご無沙汰だったので、映画館に行ってみた。

 このころ、ファンは特攻服着てるお兄ちゃんばっかりで、観客同士のけんかか何かで、矢沢永吉は武道館とかの会場を「出禁」になり、苦肉の策で野球の無い日に、最初は後楽園球場を借りてコンサートをした。
これはロック系ソロアーティストとして球場での大規模ライブを成功させ、ロック分野のスタジアムライブのパイオニアとなった、ということですね。
 この映画はナゴヤ球場でのコンサート映像を中心としてた、と思う。 
 いまやファンも信じられないほどお行儀がよく、先日の東京ドームでも、パナマ帽かぶったり、裸に白いスーツを着たおじさまとかE.YAZAWA 刺繍入り着物のお姉さま方 5万人が、「アンコールの時しか合唱や永ちゃんコールをしてはいけない」ルールを守ってたからねえ。

今日のテーマは映画自体ではなく、これからです。英語を勉強するということ。

 映画の後、日本でやることがなくなってしまった永ちゃんは、ひとりでLAに住んで、現地の音楽業界で人脈を作り、この後の5年くらい、The Doobie Brothersの元のメンバーやTOTOのギタリスト・スティーヴ・ルカサーなどのトップクラスのミュージシャンやエンジニア他のスタッフ達と、現地でのレコードプロデュースや、年に一回くらいの武道館など、一緒に活動し続けることになる(このころのアルバム「P.M.9」「E'」以来、音がまるで違ってしまった衝撃的な変化)。
 全部で10年くらい、いたんじゃないかな。 こうした人脈や経験、何より世界一の音楽市場におけるビジネスの仕組・あり方を直に勉強して実践したことが、ソロになってから50年もTOPにいる、ひとつの大きなベースとなったことは間違いないです。

 さて今日の本題は、1987年日本発売で、米国用の全編英語の歌を練習する場面を収めたVHS(家庭用ビデオテープです、そうした物を知らない方向けに、パッケージ写真を引用しました)。

©1987 Toshiba EMI Co., Ltd. Licensed by キャロル


 Brotherという単語が主要パートを占める曲の練習でひたすらBrother、Brotherと発音する永ちゃんに(Brotherは、僕も発音できないです)、プライベートレッスンの女性の先生が、NO !とか、たまに That's right !とか、数分間、永遠に繰り返すだけのシーン。 これがカッコイイんだ、ホンマ、ファンだったぼくには。笑。
 このシーンを何度も観た20幾つかの僕は、「やっぱり永ちゃんみたいに英語を勉強して、自分はアメリカに行かなくてはいけない」と、マジで思い、後述する衝撃的な本との出会いをきっかけとして、数年前から既に始めていた英語の勉強を改めて継続する決意をする。

そして岡本綾子

 永ちゃんの渡米と同じころに、当時の女子プロゴルフの女王、岡本綾子も米国ツアーに日本人として初めて単身参戦する。今みたいに10何人もが参戦して、チーム●●と称する専門家集団ごと移住するのとはわけが違う時代。
 そう、これは野茂英雄のメジャーリーグ挑戦→全米規模のトップスターになった、と同じようなことだった、と思ってください。
 さて、私の母がゴルフ・フリークだったので良く岡本綾子が出てるスポーツ番組を見ていたのだけど、挑戦して1年後くらいの時に、「オフに英語をもっと勉強すれば、もっと良いゴルフができる」みたいなことを言う彼女を見た。
 そしてこの5年後くらい、そう、永ちゃんがうちのビデオの中で、ひたすら Brother の練習をしていたころ、彼女は全米ツアーの賞金女王(外国籍初)、今でいうプレイヤー・オブ・ザ・イヤーですね、に輝く。

 この時も僕は「言葉って、そういうものだよね。やっぱり自分はアメリカに行かなくてはいけない」と思った。

Special Thanks to Ms. K

 社会人になる直前に、ある方(Ms. K)が自らの米国のトップ大学院留学について書かれた本を偶然に読んだ僕は、その本に大きな衝撃&憧れを感じて自分で英語の勉強を始めた。それがベースにあって、矢沢永吉と岡本綾子に感化されることになったのだと思う。その後にアメリカの大学院を修了し、現地で働くこともできた。そして、英語は今でも、自分の生活を支えててくれています。 
 ちなみにその本の作者、Ms. K、とはインターネット時代のおかげでコンタクトがかない、不思議な偶然もあって今に至るまでの〇十年間、何回もコミュニケーションの機会を得ることになります。

様々な出会いに感謝しつつ、See you at the Next Part .

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