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親切にされる経験をせず生きてた

 本を読んでたんだけど。待合室で初対面の女性が話しかけて来る。

 「咳、出るの?」
 「出ないですよ」
 「じゃあ風邪じゃないのねえ」
 「はっはっは」

 おれ医師免許ないから病院で診断っぽいこと言えないの。あなたもだよ。だから朗らかに笑ってごまかすしかない。そのタイミングで看護師から診察室へと促される。話しかけてきた女性に「頑張って来ます!」と親指を立てて、歩き出す。サービスし過ぎだろうか。一般的な感覚からはそうかもしれない。しかし人間は話しかけて無視されると他者に話しかけなくなる。私が社会に与えたい影響はそれと真逆なのだ。見知らぬおっさん(彼女からすれば小僧なのだろうが)に話しかけるのには努力を要する。その努力に対してリアクションは最大限に温かくしてあげたい。私は常におっさんとして義務を果たそうとしている。そこが病院ならスタッフ全員をメロメロにさせたい。少なくとも半笑いくらいにはさせたい。待合室の患者を巻き込むなど大歓迎なのだ。日々是仕事である。

 あの人だって潤滑油的な役割分担で話しかけていたのかもしれない。

 おれだって、道を譲りドアを開けて待っていても当然と通り過ぎて行くようなクソジジイが社会に溢れているせいで、おっさんの一人としておっさん勢の好漢度を上げたいという気持ちあっての、行動なのだ。そうあなたの旦那、すごい会社の部長だったかもしれないけど、退職後はただの横暴な年寄りだし、社会に悪意を醸成してて、皆から死ねと思われてますよ。マジで。少なくともおれは追いかけてブン殴ってやろうかと思ってるよ。そんなの外に出さないでね。そんな猛獣も、おれの感情も、外に出しちゃいけない。

 唐突な「風邪なの?」という問いかけは何故起きたのか頭の隅でぼんやり考えながら、他人がドアを開けて待っていても当然と通り過ぎていく人々の、あの瞬間の顔を思い出している。それは中高年男性ばかりではない。そうした人々は一様にさほど若くはないのだが、年齢も性別も様々である。理由を色々と考えていて、中でも確からしいように思えるのは、現代人は「親切を受けると予測しなくなったので対応できないのではないか」ということだ。「なぜ親切にされるのか分からない」のだ。脳が困惑でフリーズしている間に、ドアを通り過ぎているのだ。先日は、とうとう30代の女性から睨まれた。昂然と(そんな顔に見える)通り過ぎた後に振り返って睨んで来たのだ。それ(←それ呼ばわり)と目が合ったのは、こちらがつい驚いて後ろ姿を目で追ってしまったせいで、「ワンチャンあるかもと思って狙ってるおっさんがいた。物欲しそうだった。やっぱり下心だった」と解釈されたかもしれない。他に睨む理由が分からない。あったら教えて欲しい。

 なんか、地獄がある。

 「こいつらは地獄を生きてる」、と考えてみる(こいつら呼ばわり)。
 ほんのわずかな親切さえ、見知らぬ他人から示されることはないと思っているのだ。それは他者や社会に寄与しない理由になるだろう。悪循環だ。みんなで地獄を広めてるなんて。

 昨日の朝、乗るべき電車のホームが分からないおっさんがいた。
 目で視線を捉える。こっち見ろ。何に困ってるのか言え。おれに言え。
 「川越に行きたいんだけど、……」
 そうか知らん。でも一緒に考えるよ。ホームどこだ。
 ふたりでオタオタしてると、別のおっさんが割り込んで来る。そうか変なところに乗り場があるんだなあ。そりゃ分かんねーわ。ましてこの人、日本人じゃないみたいだし。でも三人目のおっさんのおかげで、解決した。
 おっさん1を送り出して、おっさん2とおっさん3は頷き合う。
 みんな遅刻すんなよ。でもおかげで昨日は、朝から気分よかった。

 それでも、いつだってできることはちょっとだけなのだ。
 今朝はTOKYO GAS の緊急車両がサイレン鳴らして突っ走って行くの見たし、コンビニでモヒカンのおっさんがセルフレジ使えなくて、自分で自分の顔を殴ったの見たよ。ガッツン殴ってたよ。どうしてだよ。自分を殴るのもダメだよ。おれも何度もそうしたことあるけど、ダメなことだったよ。あとおれはセルフレジ程度じゃやんなかったからな。あんたは自分を簡単に罰し過ぎる。そんなの誰に教わったんだよ。
 ……そうだ。あの腕を、抑えてやりたかった。できなかった。

 おれは優しくない。人生で一番つぶやいた言葉は「ナメやがって」だし。だから、必要な時に必要なことができるようになりたいと願う。ばっちりなタイミングで誰かに何かしてあげられて、それが適温な感じで受け取ってもらえた時には、二者の間で、なんか生まれるものだ。その、今日は分かってるけど明日は見えなくなるようなもの。何度でも確かめなければならないようなもの……

 それは多分、存在と生存がかかってるような場面での、のっぴきならない不測の事態でもきっとおれたち対応できるよな、という安心なんじゃないかと思ってる。明日もできるし、こうやってみんなで生きて行けるし、もっとヤバい時でもちゃんと動けるよなという、そんな日々の訓練である気がする。身体の動かし方を忘れないための運動。

 眠いから文章もひどい。オチ方も分からない。後日、ちょっと手を入れてマシになる可能性は少しだけある。いや、ない。ひとまず今日は寝る。


記事をご紹介いただきました

たよろよろ図書館DATABASE 様、ありがとうございます。


記事をご紹介いただきました

川本 麻央 様、ありがとうございます。


時々おでこに「ゲイ」って書いておきたくなります。成増。

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