【症例検討】「多裂筋が硬いで止まっていませんか?」 多裂筋が働かない理由を"環境"から紐解く臨床推論
こんにちは、理学療法士の大塚です。
臨床でこんな経験はありませんか? 腰が痛いという患者さんに対して、硬くなっている筋肉をほぐすとその場では楽になる。でも、次に来た時には**「また元に戻っちゃったよ」**と言われる——。
僕たち療法士が一番悩みやすいこの「局所の問題(痛み・硬さ)」と「戻り」の問題。 これを解決する鍵は、局所をどうにかすることではなく、「その人の生活(HOPE)」と「局所」を論理的に結びつける臨床推論にあります。
今回は、先日セミナーで行った実際の「症例検討」をシェアします。 腰背部のダルさを訴えるトラックドライバーの事例をもとに、HOPE → 環境 → 神経 → 局所 と矢印を繋げる思考プロセスを解説します。
明日からの臨床で「何を見るべきか」が変わる内容になっていますので、ぜひ最後までご覧ください。
1. スタート地点:HOPEと「休めない」背景
リハビリのスタートは、痛みそのものではなく「患者さんがどうなりたいか(HOPE)」と「背景」の理解からです。 ここがズレていると、どれだけ手技がうまくてもゴールに辿り着けません。
【対象】 トラックドライバー Aさん(腰背部のダルさを主訴)
【HOPEと背景情報の整理】
HOPE / 主訴: 「運転時のダルさをなんとかしたい」
社会的背景(Role):
職場で「すごい働く人」として頼られており、睡眠時間は2〜3時間。
「仕事は減らせない」「その場にいてくれるだけで助かる」と言われている状態。
ここから読み取れる重要な事実は、「仕事を休んで安静にする」という選択肢は現実的ではないということです。 「役割(Role)」による身体的・精神的な拘束が非常に強い中で、どう介入するかが問われています。
💡【明日使える臨床のヒント】 問診で「痛いですか?」だけでなく、「その痛みのせいで、今の生活やお仕事にどんな支障が出ていますか? どうしても外せない役割はありますか?」と聞いてみてください。そこに、リハビリの本当の制約条件(休めるのか、休めないのか)が隠れています。
2. なぜダルくなる? 工程分析と目的動作
次に、Aさんのダルさの原因となっている「トラックの運転」という動作を分解(工程分析)します。
工程: トラックの運転
目的動作(ADL)の特性:
長時間の同一姿勢(動きが制限される・拘束性)
常に注意を向ける(精神的緊張・交感神経優位)
振動刺激(持続的な筋緊張の誘発)
ただ座っているだけでなく、これだけのストレス要因が重なっている環境です。
3. その時、体はどうなっている?(基本動作・複合運動)
そのストレスフルな環境下で、Aさんはどんな姿勢で身を守っているのでしょうか。
基本動作・姿勢(坐位):
猫背(円背)、頭部前方突出、肩甲骨外転
複合運動の特徴:
「肘を開いて」ハンドルを持っている(脇が開いている)。
体幹が潰れないように、あるいは背中を丸めてシートに預けるために、末梢(腕)で支えて固めている状態です。
4. 局所の評価で見える「機能不全」
ここで初めて、体に触れて「局所(Bio-Local)」を評価します。
所見: 僧帽筋上部の緊張が著しく強い。
機能評価: 本来、坐位で背骨を支えるべきインナーマッスルである「多裂筋」が働いていない(機能不全)。
多くの療法士はここでこう考えがちです。
「僧帽筋がパンパンだからほぐそう」
「多裂筋が入らないから、筋トレで収縮させよう」
しかし、ここで立ち止まってください。 なぜAさんの多裂筋は働かなくなってしまったのでしょうか?
💡【明日使える臨床のヒント】 筋肉の緊張(Hyper)や弱化(Hypo)を見つけたら、すぐに治療するのではなく「なぜ脳はその筋肉を使わない選択をしたのか?」と自問してみてください。そこには必ず理由があります。
5. 根本原因への深掘り(局所 → 神経 → 環境)
ここが今回の最大のポイントです。臨床推論の矢印を**「局所」から「環境」へ**と逆走させていきます。
① 局所の問題:多裂筋・僧帽筋
多裂筋がサボり、安定性を欠いたため、代わりに僧帽筋が過剰に頑張って体を支えている状態です。つまり、僧帽筋の硬さは「結果」であって「原因」ではありません。
② 神経系の問題:体の使い方のエラー(運動学習)
なぜ多裂筋が働かないのか? それは筋力がないからではなく、脳が「多裂筋を使って体を支える」という運動プログラムを忘れてしまっている(エラーを起こしている)からです。 Aさんの脳内では、「肘を開いて背中を丸め、僧帽筋で固める姿勢 = 運転中の正解」として誤った運動学習が定着しています。
③ 環境要因:シートと役割
では、なぜそんな誤った学習をしてしまったのか? 犯人は「環境」と「役割」です。
環境(シート): シートがへたっており、座るだけで骨盤が後傾し、物理的に多裂筋が入りにくい環境だった。
役割(仕事): 「休めない」「精神的緊張」という過酷な状況でダルさを凌ぐには、この「楽な(しかし負担のかかる)姿勢」をとり続けるしかなかった。
6. 本当の介入アプローチ
この流れが見えると、介入内容は単なるマッサージから大きく変わります。
環境への介入(Environment): まず、多裂筋が働きやすい環境を作ります。へたったシートにクッションやランバーサポートを入れる提案をし、物理的に骨盤を起こせるようにします。
神経系への介入(Nerve / Motor Learning): 環境を整えた上で、「肘を開いて固める」のではなく「多裂筋(インナー)で支える」感覚を入力し、体の使い方を再学習(書き換え)させます。
局所への介入(Local): その結果として、過剰に頑張る必要のなくなった僧帽筋の緊張は、自然と落ちていきます。
まとめ:推論の矢印を逆にたどろう
今回の症例検討で伝えたかったことは、「局所の評価(多裂筋・僧帽筋)」はゴールではなく、原因探しの入り口に過ぎないということです。
【臨床推論のフロー】
局所(筋肉の張り・弱さ)に気づく
神経(体の使い方・運動パターン)のエラーを疑う
環境(物理的環境・社会的役割)の影響を探る
この矢印を逆にたどることで初めて、「仕事は減らせないけれど、ダルさを取って働き続けたい」というAさんの切実なHOPEを叶えるための、本当のリハビリテーションが見えてきます。
明日からの臨床で、もし「何度ほぐしても戻る硬さ」に出会ったら、その奥にある神経系や環境要因に目を向けてみてください。きっと新しい解決策が見つかるはずです。
▼臨床推論をさらに深く学びたい方はこちら
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