旅は「逃避」ではなく「実態との接続」
私は今、都会で働きながら暮らしています。
電車は定刻通りに来て、Wi-Fiも快適。味もコスパも安定したチェーン店が身近にあり、日常に不自由はありません。
それでも、旅に出ない日が続くと、ふと心が“置いてけぼり”になることがあります。頭では「満たされている」と理解していても、気づけば自然と旅に引き寄せられている。旅がないと、日常の「楽しいこと」すら少し色あせて見えてしまうのです。
私にとって、旅はいつも“必然”として訪れます。だからこそ、年に2回以上は旅に出ると決めています。
今回は、私が人生で大切にしている「旅の真意」について、「私たちはなぜ旅に出るのか?」というテーマを少し深掘りしてみたいと思います。
「憧れ」から始まった、私の旅の原点
私にとって、旅はずっと「憧れ」の存在でした。
幼少期を振り返っても、家族旅行の記憶はほとんどありません。唯一思い出せるのは、父が仕事で韓国に単身赴任していたとき、母と姉と3人で父に会いに行ったことくらいです。
だからこそ、旅行によく出かける家族や、アウトドアを楽しむ家庭を見るたびに、どこか羨ましさを感じていました。
そんな私が本格的に旅と出会ったのは、大学時代に友人と訪れたタイでした。
初めて感じたアジアの熱気。人々の雰囲気、言葉、食べ物、街の匂い。
そのすべてが日本とはまったく違い、強烈な衝撃を受けました。
「これは何だろう?」
そう思いながら何度も立ち止まった、あのときの感覚は今でも忘れられません。
実際に現地を訪れてみなければわからない「想像とのギャップ」や「異質な世界」との出会い。それこそが、私にとって旅の魅力の原点になっています。
情報が少ない場所へ惹かれる理由
旅先を選ぶとき、私が無意識に優先しているのは海と島です。
しかも、ネットにもほとんど情報が載っていないような離島や、名前すら聞いたことのない場所に惹かれます。
理由は、島特有の空気感や時間の流れ、そこで暮らす人々の雰囲気に触れたいから。そして、予定調和ではない出来事が起こることを、どこかで期待している自分がいるからです。
たとえば最近訪れた沖永良部島。そこはケイビング(洞窟探検)の聖地とも呼ばれ、地下には200〜300もの鍾乳洞が眠っています。
「日本にも、こんな場所があるのか」
そんな驚きがありました。
また、都会ではなかなか味わえない「人による誤差」や「アナログなやり取り」も、私にとって旅の魅力です。
私はよくタイ周辺に点在する島々を訪れます。アクセスの悪い場所を、あえて選ぶことも少なくありません。
乗り継ぐ予定だったバスを逃し、現地で出会った見知らぬおじさんの車に乗せてもらい、結果的に目的地へたどり着いたこともありました。
そんな予想外の展開も、旅の醍醐味のひとつです。
旅先でのお金の使い方と価値観
私は「お金とは価値との交換」だと考えています。
旅において、私が最もお金をかけるのは「食」と「体験」です。
その土地でしか食べられないもの、その場所でしかできない体験には惜しみなくお金を使います。
特に魚が好きなので、美味しい地魚が食べられる居酒屋や、地元で評判のお寿司屋さんには、多少値段が高くても迷わず入ります。
一方で、宿泊にはあまりお金をかけません。
泊まるのは、3,500〜4,000円ほどのゲストハウスが中心です。
手作り感のあるゲストハウスは若い人たちが運営していることも多く、そこには若者ならではの工夫や発想があります。
「自分だったらどう運営するだろう?」
そんなことを妄想する時間も、私にとっては楽しみのひとつです。また、ゲストハウスでは人との出会いもあります。
隣に住む地元の子どもたちと半日遊んだり、地元の方にBBQへ誘っていただいたり。こうした「非日常の中にある日常」が、実は旅の中で最も記憶に残っているのかもしれません。
教科書に載っていない「実態」を知る
旅先では、できるだけ現地の人とじっくり話すようにしています。
理由は、教科書には載っていない島の成り立ちや風土、そして今その場所で起きている課題や現実が見えてくるからです。
どの島でも共通して感じるのは、「仕事が少ない」という課題です。
多くの地域では産業が一次産業に偏っており、そのことが背景にあるように感じました。
だからこそ、「どうすれば一次産業以外の形で、島を豊かにできるのだろうか?」そんな問いが、私の中に芽生えます。
私は、今の手つかずの島の雰囲気が大好きです。
しかし、もし仕事がなくなれば人口は減り、やがて大規模な開発が進み、島の個性が失われてしまうかもしれません。
ローカルなお店が減り、代わりにどこにでもあるようなお土産屋が増え、画一的な建物が並ぶ。
そんな未来には、少し寂しさを感じます。
現地の人たちが今の暮らしを大切にしながら、経済的にも豊かになれる仕組み。
そんな可能性を、一緒に考えてみたい。
旅をするたびに、そう思います。
島に憧れる私と、東京に憧れる島の人
ある島で、レンタカーを返却する途中、老夫婦が営むガソリンスタンドに立ち寄りました。
少しの時間でしたが、ご夫婦とさまざまなお話をしました。
その中で、奥様が「東京に住んでみたい」と強く語っていたことが印象に残っています。
私からすれば、こんなに自然豊かで穏やかな場所を離れる理由なんてないように思えてしまいます。
しかし、私は都会で暮らし、島に憧れている。
そのとき改めて、「自分の非日常は、誰かの日常なのだ」という当たり前の事実に気づかされました。
私はなぜ旅に出るのか
「旅はリフレッシュ」「日常からの解放」
そんな言葉をよく耳にします。
けれど、私にとって旅は「日常からの逃避」ではありません。
むしろ、「実態との接続」なのだと思っています。
旅は日常から切り離された特別なものではなく、日常の延長線上にあるもの。だからこそ、新しい発想や思考の幅を広げてくれるのだと思います。
普段見ないものを見て、普段しない体験をする。
その積み重ねが、新しい視点を生み出してくれます。
私が好きな高城剛さんの「アイデアと移動距離は比例する」という言葉がありますが、まさにその通りだと感じています。
旅に出ない時間が長くなると、ふと心が“置いてけぼり”になるのは、きっと私の好奇心が、「新しい刺激や視点が必要だ」と教えてくれているサインなのかもしれません。
その土地を訪れた人にしかわからない、人々の雰囲気、文化、食べ物、そして街の匂い。
私はこれからも、小さな旅を続けながら、その土地の「実態」に触れ続けていくのだと思います。
