岡本太郎と「なんだこれは!」を巡る旅
皆さん、岡本太郎の作品は好きですか?
「太陽の塔」に行ったことはありますか?
私はまだ「太陽の塔」を訪れたことがありません。ずっと行ってみたい、まるで恋い焦がれるような場所です。
一方で、川崎・生田緑地にある「岡本太郎美術館」には、年に数回足を運んでいます。理由はシンプル。子どもたちが“タローマン”の大ファンで、その源流にある岡本太郎の作品に自然と惹かれていったからです。
きっかけは、私自身が30代後半になった頃でした。急に岡本太郎の言葉や生き方、作品そのものに強く惹かれるようになったのです。そして「これは子どもにも見せたい」と思い、タローマンを一緒に観たのが、家族で美術館に通うようになった始まりでした。
美術館に行くたびに思います。
「もっと自由でいいんだ。人と違ってもいいんだ。」と。
岡本太郎の代表作のひとつ、「坐ることを拒否する椅子」があります。
その椅子に美術館で座らせてもらうたび、必ず心に浮かぶ言葉があります。
「なんだ、これは!」
このシンプルな驚きを分解してみると、そこには“問い”と“好奇心”が詰まっています。つまり岡本太郎の作品には、私たちがnoteで大切にしているテーマ「問い」と「好奇心」がそのまま宿っているのです。
そんな折、福岡に住む良太が大阪旅行で「太陽の塔」を訪れました。
そこで良太は、目の前に広がる実物を前にして、
人はなぜ「なんだ、これは!」という得体の知れないものに惹かれるのか?
という問いに、彼自身の独自の視点で答えを持ち帰ってくれました。

太陽の塔は「友達が行きたかった」から
ーーここから良太の視点
先日、太陽の塔に行ってきた。
きっかけは単純で、一緒に旅行した友達が行きたがっていたからだ。
正直、行く前は太陽の塔のことをほとんど知らなかった。
「広い敷地の真ん中にドーンと立っている大きな塔なんだろうな」くらいのイメージ。
まさか“中に入れる”なんて思いもしなかった。
けれど実物を目の前にした瞬間、思わず声が出た。
「でかっ。」
写真で見ていたものとはまったく違う迫力。「これを作る発想って何なんだ…?」という驚きと、純粋な感動が同時に込み上げてきた。もっと予習してから来ればよかったと思う一方、何も知らない状態で対峙する体験も悪くなかった。

内部に広がる「生命の進化」
内部に入ると、“生命の進化”をテーマにした巨大な空間が広がっていた。独特の色づかい、異様に大きな構造、光や音の演出。そのどれもが圧倒的なのに、なぜか温かい。
久しぶりに「スケールの大きい何か」に触れた気がした。
ただの展示ではなく、まるで“何かが宿っている”空気だった。

岡本太郎という“時代の異端”
やはり最も印象的だったのは、外から見たときの異形のフォルム。
上にも横にも顔があり、角度によってまったく違う表情を見せる。
その発想力と実行力に「数十年前にこれを作ったのか…」と心底驚いた。
岡本太郎という存在を、それまで深く意識したことはなかった。ただの「伝説的な芸術家」という認識。それが、太陽の塔を見たあとでは少し変わった。
学生時代に買った彼の言葉集の一節「芸術は爆発だ」
その意味が、この日ようやく腑に落ちた気がした。

「芸術は爆発だ」の本当の意味
自分なりの解釈だけれど、「芸術は爆発だ」とは、
“あらゆるものが自然と組み合わさり、新しい表現がドカンと生まれる瞬間”
のことなのかもしれないと思った。
それは芸術だけでなく、仕事や日常にも通じる。
何かが噛み合った瞬間に起きる“爆発”。
太郎はそれを言葉にしていたのだろう。
太陽の塔が、自分の人生を劇的に変えたわけではない。
でも、“本物は時代を超える”という確信をもらった。
当時の万博の展示デザインも含めて、今見ても全然古くない。
むしろ“時代を超えて存在している”感じがした。
日本の過去を振り返ると、戦争、高度経済成長後の失われた30年と「改善すべき点」ばかり語られがちだけれど、同時に「いいこと」もたくさんあったんだなと気づけた。
そして今、改めて岡本太郎をもっと知りたくなっている自分にも気づいた。

「得体の知れないもの」に惹かれる理由
太陽の塔は“得体の知れないもの”の象徴だ。
戦後の混沌、高度経済成長の熱気、未来への期待…。
それらを全部飲み込んで形になった「時代の生命体」。
異質で、不気味で、だけど強烈に惹かれる。

異質さが、想像力を呼び覚ます
人は、こういう“異質なもの”に惹かれるのだと思う。
今の社会は、何もかもが最適化され、整いすぎている。
だからこそ「想像力を掻き立てる存在」に心が動く。
太陽の塔も、富士山も、東京タワーも。
どれも説明のつかない魅力を放っていて、人を立ち止まらせる。
自分はアートにそれほど詳しくないし、興味がある方でもない。
でも、背景を知ると一気に面白くなることも学んだ。
背景を知ることで、単なる“形”が“意味”に変わる。
そう思うと、太陽の塔はただの建造物ではなく、
「時代と人間の想像力が作った、生きた象徴」だったのかもしれない。

「なんだ、これは?」を大事に生きたい。
ーーここから神谷の視点
岡本太郎の作品には、心の奥をぐっと掴んで離さない“何か”がある。
どの作品にも必ず、「なんだこれは?」と簡単には飲み込めない力が宿っている。
気づけば私たちは、周りと同じように生きようとし、失敗しない選択を重ね、安全ばかりを優先してしまう。そんな日々はどこか味気なく、自分の存在意義さえ揺らぐことがある。
そこで太郎の言葉は鋭く切り込んでくる。
「うまくあってはいけない。」
「きれいであってはならない。」
「ここちよくあってはならない。」
この言葉だけで、「もっと自由でいいんだ」と背中を押される。
もしかすると私たちはもっと、想像力を揺さぶる存在に出会い、心が震える瞬間を大切にすべきなのかもしれない。
何が起こるかわからない世界を“面白い”と受け止め、もっと自由に、もっと素直に、もっと好奇心に従って生きていい。
その先に、デタラメな世界すら愛おしく思える“自分の人生”がようやく立ち上がってくるのだと思う。
皆さんは最近、「なんだ、これは?」と思う瞬間に出会っていますか?


