CDスターの悲劇/ THE AGE OF SUBSCRIPTION
マニアでも、いやマニアだからこそ、音楽を聴くためにCDを購入する時代はもう終わったんじゃないかと思った。そう思うに至った理由と、それでもCDを買うべき理由を、書き起こしていきたい。
根拠1. サブスク課金でいくらでも聴ける
これが金銭的に一番わかりやすいだろう。サブスクの配信は定額で聴ける。どれだけ聴いても、聴かなくても、定額だ。
思えば今まではひどい時代だった。数十秒くらいの、電子音だけで構成された携帯電話の「着メロ」一曲ごとに100円とか、何曲ダウンロードするために月300円とか。それが技術の進化と需要の増加により、本人の歌唱による「着うた」、自分ではなく電話をかけた側に聴かせる「待ちうた」……と、範囲は増え、品質はよくなったが、一曲○○円という単位はいつまでも変わらなかった。
黒船来襲と話題になったiTunesも、ふたを開けてみれば一曲250円、アルバム2500円など。確かにCDなどのフィジカルメディアと比べればやや安かったが、今思えばビットレートも低く、可搬性に欠けるデータで、iTunesへのロックインと引き替えの価格だったことは疑いない(それでも、そもそもリッピングさせないCCCDに比べればマシだ)。
サブスクが発生するまで、音楽を低価格で大量に聴き続けるためには以下の方法が存在していた。
1. レンタルCDを借り、リッピングする
特価の日や複数枚レンタルで使えるクーポンもあったなあ。
2. レンタル落ちCDを購入する
今でもAmazonの特価CDはレンタル落ちが多い。レンタル落ちが大量に並ぶお店が神保町にあったなあ。
3. 中古CDを購入する
Amazonで1円購入、ゲオで380円など、メチャクチャお世話になった。大量に売れたCDほど在庫が多く発生するため、さらに安くなる。お値段と品質が非常に高いところで一致するため、今でもオススメ。
4. 友人と貸し借りする
友人のジャンルと目利き具合を確かめるチャンスでもある。茅原実里ライブでよくメタルを貸し借りしていたなあ
5. ラジオを録音する
ラジオは目利きによって作られたコンテンツだ。山下達郎がインペリテリを流すなど、奇跡的な名シーンもしばしば目撃することができる。ただ、手間がかかりすぎるな……。
大事なことだが、どれも合法である(ただし、1以外は著作権者に使用料が還元されない)。著作権法の「私的利用のための複製」に当たる行為の中で、いままではここまで可能だった。
https://www.riaj.or.jp/f/leg/copyright/music/qa_copy.html
これ以上のことをしようとすると、旧NapsterやWinnyの世界に入り込んでくる。要するにファイル共有の違法ゾーンだ。
ちなみに今のNapsterは真っ当な音楽ストリーミング配信をやっている。また、Napsterの問題提起がなくても別のサービスが出ていただろうし、Napsterが音楽業界を荒らしたからこそ、音楽がインターネット経由でビジネスになったんじゃないか? と思っている。
サブスク課金は、お金を払い続けているかぎり、その規約内で合法に視聴できる。Spotifyだと、音声広告が挟み込まれる条件付きで無料視聴できる!
根拠2. サブスクデータのビットレートはCDより高い場合がある
私が使っているApple Musicが、いつのまにかハイレゾ音質の配信をサポートしていた。配信にはiOSのバージョンアップと設定変更が必要で、通常音質を超える制約上から視聴方法やデバイスにも制限があるが、それでも追加料金なしでハイレゾという、恐ろしい時代がやってきてしまった。
https://appllio.com/which-is-best-music-streaming-subscription-service
ハイレゾの何が凄いかというと、CDのビットレートを超えるのである。
CDのビットレートは、44.1kHz / 16bit。「ハイレゾ」と呼ばれる形式は 44.1kHz / 24bit 以上で、よく見るのは48kHz / 24bit、96kHz / 24bitなど。
「kHz」は「1秒間を分割する単位」。44.1kHzは、1秒間を44100個に分割して、瞬間ごとの音を録音しているということだ。別の視点で見ると、これは「再現できる波形の最大」であり、ITエンジニアが基本情報技術者試験で学ぶ標本化定理により、22.05kHzまでの音を十分再現できる仕様を持っている、ということになる。
「bit」は、その単位ごとの音の大きさ。16bitなら、44.1kHzのひとつひとつで録音した結果を16bit=65536レベルで表現する。24bitあるなら、表現できる幅が24bit=16777216レベルに広がるということだ。
https://www.e-earphone.jp/ex/contents/feature/11398/apple-music/
大事なこととして、CDはアナログではなく、デジタルなのだ。CDはデジタルデータの乗り物にすぎない。
デジタルは媒体に左右されず、同じデータを格納し、同じデータを表現できる特性がある。インターネットを経由しても、USBメモリに入れても、CDに入れても、はたまた手書きでデコードしても、同じデータなのだ。
根拠3. CDは寿命があり、壊れる
それでもCDは物理メディアである。物理メディアであるということは、空気や水にさらされ、破壊からも逃れられない。
ケースを落として傷がつくかもしれない。友達にCDを貸して帰ってきた時、盤面まで傷だらけになっていたことが何度もある(その程度の管理なのだろう)。
実際、CDは経年劣化で壊れるものだ。昔のCDにはスポンジの中敷きがあって、それが影響することが多いらしい。確かに手持ちのコレクションにも該当するものがたくさんある(まだ壊れてはいないが)。
https://www.karajan-bpo.com/cd.htm
傷程度であれば、デジタルデータの便利なところであるエラー訂正が働く可能性がある。プレーヤーによっては回転速度を下げて丁寧に読んでくれるものもある。それでもCDは物理メディアで、物理メディアである限り、壊れてしまうことは避けられない。
余談だが、ディスクユニオンは素晴らしいことに、購入時に盤面確認をさせてくれる。高額になる中古CDなので、欲しいものは念入りにチェックするといいだろう。
根拠4. 聴き続けるかぎり、アーティストに還元される可能性が残る
この点は正直微妙なところである。なぜなら、再生単価が低く、現時点で持続可能かどうかは判定できないためだ。
https://www.nhk.or.jp/radio/magazine/article/my-asa/MJxyNvyfF.html
根拠5. ネットワーク事情とディスク事情のトレードオフ
かつてのインターネットは、電話線相乗りの9600bps(bit per second)から始まった。これを見慣れた単位に変換すると、「1秒に1.2KB」だ。信じられないくらいに遅い。
だが、もう時代は変わった。10年前に標準だったフレッツ光で、100Mbps(1秒に12.5MB)。スマホで使用できるLTE(4G)の理論値で下り75-150Mbps(1秒に約10 - 20MB)程度。日本でも商用利用の始まった5Gでは、下り2.0Gbps-3.4Gbps(1秒に約250 - 425MB)。
音楽のサイズについて、Appleの説明によれば
高音質(256kbps)-> 6MB
ロスレス(24bit/48kHz) -> 36MB
ハイレゾロスレス(24bit / 192kHz) -> 145MB
ということで、ロスレスでも4Gであれば余裕でストリーミングできる。通信制限のあるキャリアなら「高音質」にしておけばパケットを浪費しない。
同時に考えたいのは、いつか聴くための多くの音源を大量に低ビットレートで保管するデメリットである。
iTunesはiPodに音楽を大量保管したい人のために、リッピングは高音質、転送は低音質のオプションをサポートしている。その甲斐あって、私は、一ヶ月でも聴ききれない容量の音楽を手元に持っている。

スマホに入っている音楽はそれよりも少ないが、100GBも入っている。写真と音楽だけでスマホの容量を半分使ってしまっている。ということは、スマホを買い換える時はディスク容量を考慮しなければいけないということだ。
しかも、この音楽は、圧縮済み・低音質でしかない。256kbps AACに変換しているのだ。このビットレートは、Apple Musicの「高音質」と同じビットレートだ。

わかるだろうか。11000曲も保管するために、256GBのiPhone 12 proを買わなければいけなかったのだ。
Apple Musicは月980円。それに対し、iPhone 12 proの256GBは129580円。128GBなら117480円で、12000円程度の差がある。そう、ちょうどApple Music1年分だけ高くなったわけだ。
この大容量ネットワーク時代において、ディスク単価をかけてずっと保管するより、必要な時に配信で受け取るのが最適ではないのか?
もちろん、ネットワークに常時接続された環境で生きていることと、そのネットワークが安定していることが前提ではあるが。
反例1. サブスクに流れない楽曲もある
人気アーティストがサブスクに流れない事例はしばしば発生する。アーティスト自体が制限していることもあれば、キングレコードなど丸ごとサブスクを拒否する事例、最近では稀かもしれないが配信サイトを制限している事例もある。
原因はいろいろあるが、個別の事例で興味深いのはARCH ENEMYとKing Crimsonだ。
スウェーデンのメロディックデスメタルバンド、ARCH ENEMYは、明らかに戦略的にサブスクを利用している。なんと、ベストアルバム1枚だけを配信しているのだ。
わかるだろうか、この絶妙なやりかた? 自分たちが提供したいベストアルバムをしっかり聴かせて、それでハマった奴らにCDを買わせるのだ。音源があれば他者作成のプレイリストにガンガン乗ってくるので宣伝になるから、配信をしない理由はない。サブスクに搾取されないよう、意図的にやっているのだ。
アルバム『クリムゾン・キングの宮殿』で激烈なデビューを果たし、もう50年になるプログレッシブ・ロックバンドKing Crimsonは、自前でレーベルを設立し、徹底した管理を施している。かつ世界中に熱狂的なファンがいて、いまでも活動を続けているため、需要は減らない。そしてバンドの価値を自分で把握しているから、最近大手レーベルが出し始めた廉価版boxを作らない。作っても、しっかりプレミア価格にして出してくる。
https://www.king-crimson.jp/?pid=102658065
私が驚いたのはディスクユニオンでのこと。中古の価格がいっこうに落ちないどころか、その状態で、Blu-spec、廉価版など、同一アルバムの無数のバージョンが乱立しているのだ。しかもどれも、ほぼ定価。
これが示しているのは、熱狂的なファンが同じ音源を買い続けていることだろう。まさにKing Crimsonは底なし沼なのだ。底なし沼の世界において、手軽に聴いて手軽に離れられるサブスクなど、無用も同然なのだ……。
同時に、諸処の理由からサブスク配信されなかったり、配信が止まったりした音源も存在する。
たとえばヴァイオリンを入れたメタルカバーで話題になったQadratum from Unlucky Morpheusは、「日本国内でCD販売する」ことに限定して許諾を取っているため、配信されない。これは結果としてフィジカルを購入させる戦略につながっているし、他方ではYoutubeでPVを多量に解禁していることから、ネット宣伝による飢餓感を煽る戦略の一環だと思われる。こういうことができるのがインディーズの強みだろう。同時に、Unlucky Morpheusの過去作品については本人たちの黒歴史ということで配信されないらしい……。
また、デンマークのネオクラシカルメタルバンドRoyal Huntは、知らない間に別会社から音源を配信されていたためにそれを差し止め、リーダーのAndre Andersen名義で再度リリースした。どうも活動を見ていると、過去作品の原盤権を全部取り戻して、n周年記念盤をインターネットでサイン入り販売する方向に向いているらしい。サブスク時代だからこそ、中小規模のメタルバンドのビジネスは変化しているようだ。
反例2. サブスクの楽曲は外部事情で消える
日本で一番有名なのは電気グルーヴだ。ピエール瀧がコカイン使用で逮捕され、所属レーベルのソニーミュージックが音源を引き上げたために、サブスクが一斉停止されてしまったのだ(のちに復活したが)。
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1907/11/news040.html
ソニーミュージックでは沢尻エリカでも同じ対応をしており、大麻・覚醒剤の流通状況を考えると、この手のサブスク追放は繰り返される可能性が高い。ただし小山田圭吾は追放されていないため、閾値は主観的と思われる(主観的であればこそますます疑惑視されるのだが)。
この風潮は、日本だけの過剰反応ではない。メタルのサブジャンルであるブラックメタルには過激派のジャンルがあり、特にNSBM(National Socialist Black Metal)系バンドはナチズム・白人至上主義指向の音楽をやっているために、いつでも消される可能性が高い。
そこまで極端でなくとも、この世界は不適切なコンテンツをあの手この手で追放してきた。自己防衛としてフィジカルメディアに頼らざるを得ない現実がある。特にメタルは、「Parental Advisory」事件をはじめ、敵対視されてきた歴史がある以上、常に警戒を怠れない。
ただ、ヨーロッパでは表現の自由だけは絶対視されている、と考えてもいいだろう。NSBMバンドの音源も購入できるし、ナチズムとともに教会放火で悪名を轟かせたBurzumは刑務所で音源を作成してリリースしている。
日本はサブスクだけでなくCDまで引き上げてしまったのだから、音楽においては、より極悪だ。
反例3. 映像特典・ボーナストラックは手に入らない
サブスクは決まったCDを配信するものであって、それ以外のものは配信しない。フィジカルにはBlu-rayつきの豪華版やサインがついていても、そこまで配信することはできない。
つまり、マニア向けのアイテムはサブスクに流れてこず、その点でフィジカルとサブスクは競合しない。
(個人的には、むしろサブスク業者がファンクラブシステムと独自配信音源を提供したら最強だなと思う。音楽とファンクラブが同時にサブスクされるイメージ)
反例4. CDを聴くシステムはシンプル
CDはデジタルデータの乗り物にすぎない、と書いた。デジタルデータは、システムのどこかで音に変換され、スピーカーやイヤホンに出力されて、はじめて音として表現される。ということは、
1. CDと配信には「データである」という共通点がある。
2. 「データである」ということは、同じ機材で再生すれば、同じ結果が生まれる
ということである。言い換えれば、CDも配信も、同じように劣化し、CDが有利になる点はない。むしろ考えたいのは、CDもまた確かに、再生時点で劣化する可能性があるということだ。
Bluetoothは、デバイスへのデータ伝送中に圧縮が行われる。ファイル圧縮ではなく、ネットワーク経路の圧縮だ。それも、発信側・受信側両方が対応できる形式(コーデック)で圧縮しなければいけない。加えて、経路内で圧縮した時に、そのまま復元できない場合がある。ということはヘッドホンの再生品質とは別に、すでに経路によってボトルネックが発生しているということだ。
また有名な話だとは思うが、iPhoneではサンプルレート48kHz以上の直接再生はできず、DAC経由で外部デバイスで鳴らす必要がある。
https://support.apple.com/ja-jp/HT212183
まとめると、ボトルネックは以下の通りになる。言及していないものもあるが、全部説明すると果てしなくなるので……。
演奏→データ(ミックス、データ作成時のビットレート、配布データ変換時のフォーマット、マスターテープの品質)
データ→デバイス(ハードウェアで再生可能なレート・データの圧縮方式・可逆性、ディスク)
デバイス→スピーカー(Bluetoothのコーデック、可逆性、有線の品質・内部ノイズ)
スピーカー→耳(スピーカー再生周波数)
ユーザーが管理できるのは、データ以降の処理だ。とはいえ、CDプレーヤーでCDを再生するケースを考えると、選択肢が少ない分だけ、よく分からないボトルネックで音質が落ちる可能性は低いとはいえるだろう。(ただ、BOSEをはじめとする高音質スマートスピーカーがあることを考えると、このメリットは薄れていくのは確実。安定したネットワークオーディオができたら、CDのメリットとは何なのか?)
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2106/29/news139_4.html
結論
私は以下の形をオススメしたい。
コレクターズアイテムとして豪華版CDを買い、クレジットや歌詞、ボーナストラックや特典はCDで手に入れつつ、音楽はサブスクで視聴する。
もう本末転倒したようなアホくさい話だが、CDというメディアの限界とアーティストに対する報酬を最適化しつつ、消費者の出費を最適化すると、こうなってしまうのだ。
まるで握手会や総選挙に参加するためにCDを箱買いするようなものだが、しょうがない。この限界は、CDというメディアとビジネスモデルに起因するものなのだから。
それでも音楽業界は暗くないと考えている。マニア向けの商品とライブ体験という、公式だけが供給できるブルーオーシャンが大量に眠っているためだ。それは、アーティストが不祥事を起こしても、アーティストがナチズムに墜ちても奪われることのない宝物である。
真にサブスクが競合しているのは、アーティストの「最初の1枚」を購入するハードルと、中古ショップのみだろうと思っている。なぜなら「最初の1枚」を購入するのはリスクが高い行為だからであり、中古ショップでCDを購入する行為は消費者にとっては確実にリスクを下げる行為だからである。
ライトユーザーはCDを購入後、合わないと思えば離れる。しかしサブスクで体験したユーザーは、CDの中身が分かっているので、二枚目以降は安心して購入できるし、ライブにも安心して参加できる。それでヘビーユーザーになってくれればいいのだ。
もちろん購入する価値がないと思えばサブスクに流れるかもしれないが、中古に流れて著作権使用料が入らないよりはマシである。
CDはデータの乗り物に過ぎない。本当の音楽はデータの向こう、録音スタジオの中で作られていて、ときにライブとして、我々の前に立ち現れてくるものだ。
宣伝担当の人やオフライン商流の人、タワレコの担当者やオリコンの人たちはCDに既得権があるだけだ。彼らのコンバージョン地点はそこにある。
音楽を聴く側まで、それに付き合う必要はない。我々のコンバージョンは、音楽そのものなのだ。やがて、音楽そのものにフィーチャーしつつ無駄が発生しない時代がやってくるだろう。
