映画感想文「これからの私たち」家族って何?自立って何?を問いかける香港映画、街の風景や慣習を語るエピソードが美しい
家族ってなんだ?
共依存と共存の境目はどこだ?
ひたすら自問自答した映画だった。
自立していたい。子供の頃から異常なくらい、熱望している。
たぶん、専業主婦が当たり前だった幼少の頃、母親を見て、ああなりたくないと反面教師にしたからだろう。でも実はどちらが、正解もないし、自分が逆に偏ってるという自覚はある。
香港映画である。
パートナーの急死により取り残されたアンジー。これがまた、法律で守られてないレズビアンカップルだったため、大変なことになった。
急死したパットはやり手の女性。アンジーは彼女にだいぶ支えられていたし、なんなら稼ぎも向こうが上だった。
やり手のパットは自分の兄やその家族までにも金銭的援助をしたり精神的な支えになっていた。更にパートナーのアンジーの両親にも尽くしていた。
そんな誰からも物心共に頼りにされていたパット。彼女の死後、彼女の家族とアンジーの関係は変わっていく。親の遺産をめぐって争う兄弟の如く、争いが起きる。しかし、婚姻関係にないアンジーには遺産の権利はない。
監督の意図は同性愛についての投げかけだと思う。そして不当な扱いをされる可哀想なアンジー。という物語なのだろう。
そしてこれがまた、家族という単位を大切にする香港だからこそ、そのスキームから外れる悲哀が、より切実なのだろう。
しかし、私自身は家族って何?自立って何?の物語だと捉えた。
一緒に暮らしてもいない血の繋がりがあるだけの家族が当たり前に遺産を受け継ぐこと自体がなんだか気持ち悪い。だから婚姻関係の有無に関わらず、カップルだからと言って、パートナーの遺産を受け継ぐのが当たり前というのも抵抗がある。もちろん、現在の法律では家族が受け継ぐのは当たり前なのでそれをおかしいといっていることになることは理解している。
でも、全ての人が自分の意志で遺言を書き、残したい人に残すべきだと思う。
エンドロールが流れる頃、心に誓ったことは、遺言を書こう。それである。
