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叱ることは悪くない。だけど、人前では叱らないと決めている

保育士としてシフト勤務をしていた頃。

朝は、とにかく時間との戦いでした。

私は「早くして」と言うより、

「急いで!!」

「急げ!!」

と、よく言っていたと思います。

当時、娘はまだ1〜2歳くらい。

今考えると、そんな小さな子に「急いで」と言って、どこまで分かっていたのかも分かりません。

それでも娘は、毎朝よく頑張ってくれていました。

今になって、それをすごく感じます。

仕事がある朝には、責任があった

仕事をしていると、

「今日はちょっとゆっくり行こう」

とはできません。

シフトがあります。

自分が遅れれば、職場に迷惑をかけます。

保育士の仕事ならなおさらです。

自分の子どもがまだ眠そうでも。

もう少しゆっくりご飯を食べたそうでも。

時間になれば、家を出なければいけない。

だから私は、

子どもの気持ちより時計を見ていた朝が、たくさんありました。

今振り返ると、

「もっと寄り添えたらよかったのかな」

と思うこともあります。

でも、

あの時の私は、あれが精一杯でした。

弟を育てて分かった、お姉ちゃんのすごさ

それを強く感じるようになったのは、下の子どもたちを育ててからです。

特に息子。

……全然起きません(笑)。

幼稚園の時も、

今、小学生になってからも、

まず起こすところから大変です。

何を言っても動かない。

朝から、

「お願いだから動いてくれー!」

となることもあります。

娘とは本当に真逆です。

仕事を辞めてから、娘が幼稚園に通っていた頃は園バスを利用していました。

その頃、弟はまだ0歳。

寒い日や雨の日に、わざわざ小さな弟を外へ連れ出すより、

下の子が安全な寝室で寝てくれている間に、

急いで娘を園バスまで送り出すことができました。

今思うと、あの環境にはかなり助けられていたと思います。

そして今、

息子を起こすところから毎朝苦戦していると、

「お姉ちゃんって、あの頃かなり頑張ってくれてたんだな」

と改めて思います。

女の子だったから、周りを見て合わせてくれていたのかな。

小さいなりに分かってくれていたのかな。

本当のところは分かりません。

でも、

よく頑張ってくれていたなと、今でも思います。

家で働けば、全部ラクになるわけではなかった

その後、私は家で働くようになりました。

だからといって、

朝のバタバタが全部なくなったわけではありません。

去年は、

年長だった息子と2歳の娘を、それぞれ別の園へ送り迎えしていました。

家で仕事もしていましたし、ライバーとして配信していた時期もあります。

だから、

「何時でもいいや」

ではありませんでした。

時間はきっちり守りたい。

なのに息子は動かない(笑)。

昔とは、また違う大変さがありました。

今でも、

急ぐ時は普通に

「急いで!」

と言います。

違うのは「気持ちの余裕」

それでも、

シフト勤務をしていた頃とは明らかに違います。

一番違うのは、

私の気持ちの余裕です。

今の仕事は、自分次第です。

何時から何をするのか。

どこまでやるのか。

ある程度、自分で決められます。

昔のように、

「絶対にこの時間に職場へ行かなければ」

という責任がありません。

もちろん、

自分で仕事をする大変さはあります。

でも、

子どもが少し予定通りに動かなかっただけで、

「仕事に遅れる!」

という焦りにつながらない。

それだけで、

こんなにも気持ちは違うんだなと思います。

夜も、昔ならもっと叱っていたと思う

これは朝だけではありません。

特に私が疲れている夜。

子どもがなかなか寝ないと、

今でも余裕がなくなる時があります。

昔だったら、

もっと叱っていたと思います。

無理やり寝室へ連れて行っていたこともありました。

今は、

次の日の朝が早くなければ、

子どもが「絵本を読みたい」と言ったら、

できるだけ納得できる形に合わせます。

もちろん、

私に余裕があれば、です(笑)。

いつでも穏やかに待てる母親になったわけではありません。

「なぜそうするのか」は、昔から話していた

ただ、

子どもに理由を説明することは、昔から大切にしていました。

「明日は朝が早いから、今日は早く寝た方が体にいいよ」

そんなふうに、

なぜそうするのかを、

年齢に合わせて分かる言葉で伝えます。

「ダメだからダメ」

で終わらせるのではなく、

できるだけ理由を話す。

それは昔も今も変わりません。

絵本もそうでした。

子どもが「読んで」と絵本を持ってきたら、

仕事がある日でも読んでいました。

何も持ってこなかった日は、

そのまま寝ることもありました。

そして我が家には、

ちょっと変わった習慣があります。

枕の下に絵本を置くと、その絵本のお話が夢に出てくる。

そんなふうに子どもに話して、

枕の下に絵本を置いていました。

今でも娘は、

「夢を見たいから早く寝る」

なんて言います。

結構ファンタジーに育っています(笑)。

素直で可愛くて、

私はそんな娘が大好きです。

私は「叱らない育児」ではありません

私は、

子どもを叱ること自体が悪いとは思っていません。

このまま続けたら怪我をするかもしれない時。

何度伝えても聞かない時。

安全ではないことをしている時。

ルールを守らないことで、

自分や誰かが危険になる時。

そんな時は、きちんと叱ります。

子どもを守るために、

親が伝えなければいけないことはあると思っています。

「叱らない育児」という言葉もあります。

でも私は、

親の愛情があるからこその叱り

には意味があると思っています。

叱ったことではなく、「叱り方」を謝っていた

もちろん、

私にも余裕がない時があります。

危ないと思った瞬間、

咄嗟に大きな声が出てしまったこともあります。

少し手が出てしまったこともありました。

そんな時、

私は「叱ったこと」そのものを間違いだとは思っていませんでした。

危険だったから。

止める必要があったから。

伝えなければいけないことだったから。

でも、

「今の言い方はよくなかったな」

「大きな声を出しすぎたな」

「ペチッとしてしまったのはよくなかったな」

と思った時は、

そのことをメモに書いていました。

そして落ち着いてから、

「さっきは大きな声で言ってごめんね」

「ペチッとしてごめんね」

と謝りました。

でも、

叱った理由までなかったことにはしません。

「でもね、さっきはこうしたら怪我をすると思ったから、ママは止めたかったんだよ」

そんなふうに、

なぜ私がそこまでして叱ったのかを、

子どもの年齢に合わせて改めて話していました。

私の中では、

叱る必要があったことと、叱り方がよくなかったことは別です。

間違えたところは謝る。

でも、

伝えなければならないことは、落ち着いてもう一度伝える。

それは昔から大切にしてきました。

人前では叱らない

そして、

もう一つ。

私が子どもを叱る時に、

絶対にしないと決めていることがあります。

それは、

人前で叱ることです。

これは保育士時代に学びました。

子どもにも、人権があります。

大人だって、

何か間違えた時に、

みんなの前で大きな声で注意されるのと、

一人になってから落ち着いて話をされるのとでは、

どちらがいいか分かると思います。

子どもだって同じです。

他の子どもや大人がいる前で叱られたら、

その内容よりも、

「恥ずかしかった」

「怖かった」

という気持ちの方が残ってしまうこともあると思います。

だから私は、

その場で危険を止める必要がある時は止めます。

でも、

しっかり話す時は、

できるだけ二人になってから話します。

何が危なかったのか。

なぜ叱ったのか。

どうしてほしかったのか。

子どもの気持ちも聞きながら、

落ち着いて話します。

他の子どもを見ていても、

皆の前で大きな声で叱られている姿を見ることがあります。

そんな時、

その子の心も守ってあげてほしいな、

と思うことがあります。

子どもだから、

何を言ってもいいわけではない。

親だから、

どこで叱ってもいいわけではない。

子どもの心を守りながら、必要なことはきちんと伝える。

私は、それを大切にしています。

あの頃の私も、精一杯だった

昔の自分を振り返ると、

もっとできたことはあったのかもしれません。

でも、

「あの頃の私、ダメだったな」

とは思いません。

仕事があって。

時間に追われて。

小さな子どもを育てて。

私も必死でした。

それでも、

絵本を持ってきたら読んでいた。

理由を説明していた。

叱り方を間違えたと思ったら謝っていた。

人前では叱らないようにしていた。

あの時の私にも、

大切にしていたものはちゃんとありました。

だから、

あの時の私は、

あの時の精一杯だった。

そして今は、

働き方が変わったことで、

少しだけ余白ができました。

子どもが納得するまで待てる日が増えた。

絵本をもう一冊読める日が増えた。

「急いで!」のあとにも、

子どもの気持ちを考えられる時間が少し増えた。

私は、

「家で働けば子育てがラクになる」

とは思いません。

実際、

別の大変さはたくさんあります。

でも、

働き方が変わることで、親の気持ちに余裕が生まれることはある。

少なくとも、

私にはそうでした。

そして今だからこそ、

小さかった娘に思います。

あの頃、

よく頑張ってくれてたね。

ありがとう。

今も素直で可愛くて、

大好きだよ。

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