10年ぶりに地元に帰った伝説の男が、ヤクザと焼きそば対決をしていた│シロクマ文芸部
祭り荒らしのキョウ
夜店から、店主の悲痛な叫び声が響いた。
「勘弁してくれ!」
射的の的が並ぶ棚には、もう一つの景品も残っていない。
空になったコルク銃を握りしめ、店主はがっくりと膝をついている。
「……なんなのあれ?」
私は思わず声に出していた。
目の前では、くたびれた作務衣を着た年齢不詳の男が、涼しい顔で射的の的を撃ち抜き続けている。
いや、正確には「続けていた」。
もう撃つものがなくなったから、今は手持ち無沙汰に的を眺めているだけだ。
たった500円――射的一回分の料金で、この店の景品が全て消えた。
「まさか……」
隣に立つ彼氏の声が震えている。
振り返ると、さっきまでの余裕はどこへやら、顔面が蒼白になっていた。
「まさかあいつが……十年ぶりだ……祭り荒らしのキョウ!!!」
「祭り荒らしの、キョウ……?」
なんだその厨二病みたいな二つ名は。
私が半笑いで聞き返すと、彼氏は真剣な顔で説明を始めた。
「十年前、この祭りに突然現れて、夜店という夜店を全部丸裸にしていった伝説の男だ。射的、輪投げ、スマートボール……あらゆる縁日ゲームを完全攻略して、景品を根こそぎ持っていったんだよ。それ以来、噂だけが語り継がれてきた」
「大げさすぎない?」
「大げさじゃない! 俺、あの人が型抜きの飴を三十枚連続で完璧に抜いてるの、この目で見たんだから!」
熱弁する彼氏をよそに、キョウと呼ばれた男は懐に手を突っ込むと、隣のくじ引きの店に移動していった。
射的でボロ勝ちしたばかりとは思えない、飄々とした足取りだった。
「一等、まだあるかい?」
キョウがそう聞くと、店主のおばちゃんは「あるにはあるけどねえ」と苦笑いした。
箱の中には無数の紙くじが入っている。
一等が当たる確率なんて、体感で百分の一もないだろう。
キョウは三回、くじを引いた。
五等、六等、はずれ。
至って普通の結果だった。
私は彼氏に「なんだ、普通じゃん」と囁いたが、彼氏は「……まだだ、まだ何かある」と食い入るように見つめている。
過保護すぎるだろ。
そして四回目。
キョウの手が箱の中でわずかに止まった――ような気がした。
引き上げた紙を開くと、「三等」の文字。
五回目。
「二等」。
六回目。
「一等」。
「え、うそ!?」
私は思わず声を上げた。
「だから言っただろ……あいつは祭りのバグを見つける天才なんだ……」
「褒めてんの、それ?」
でも、三回連続で当たりを引き当てるなんて、確率的にありえない。
「奴は最初の三回で、くじの配置パターンと箱の傾きを完全に記憶したんだ。人間の手の感覚だけで、当たりくじの位置を特定する……祭り荒らしの真骨頂だ」
「いや意味わかんない」
わかんないけど、なんかもう面白くなってきた。
私は逃げ腰の彼氏の腕を引っ張って、キョウの後を追いかけることにした。
次にキョウが向かったのは型抜き屋だった。
歴戦の店主――白髪交じりの厳めしいオヤジが、腕組みをして待ち構えている。
「型抜きは実力の世界だ。ズルはさせねえぞ」
「望むところだ」
キョウは百円玉を置くと、渡された傘型の飴煎餅を、爪楊枝一本で削り始めた。
その手つきは職人技としか言いようがなく、削りカスひとつ落とすたびに、周囲から「おお」という声が漏れる。
一分後、完璧な傘が抜き上がった。
ヒビひとつ、欠けひとつない、まるで工場で作ったような仕上がり。
店主は震える手で型抜きを受け取り、矯めつ眇めつ眺めた後、静かに白旗ならぬ賞金の千円札を差し出した。
「……参った。文句のつけようがねえ」
「毎度あり」
キョウは金を受け取ると、次の獲物を探すように、また歩き出した。
金魚すくいでは、ポイを一枚も破ることなく、水槽の金魚を一匹残らずすくい上げた。
店主は最終的に「もう金魚がいなくなったんで店じまいします」と、涙目で暖簾を下ろしていた。
「すごすぎる……」
私は素直に感心していた。
もはや彼氏の怯えなんてどうでもよくて、次は何をやらかすんだろうというワクワクの方が勝っていた。
焼き鳥の屋台の前で、キョウは焼きたての串を頬張っていた。
よく見ると、塩は別添えの小袋でもらっている。
「塩、別で頼むわ。」
どうやら塩を別で頼むことで、既に焼きあがっているものとは別に、焼きたての串が食べられるらしい。
マックのフライドポテトかよ。
意味のわからないこすい技を繰り出しながら、キョウは満足そうに肉を噛みちぎっていた。
もはや何をやっても様になる男だ。
その時、行く手を三人組の男たちが塞いだ。
派手なシャツにサングラス、明らかに堅気ではない雰囲気を纏っている。
「よぉ、キョウさんよ。久しぶりだなァ」
先頭の強面が、低い声で凄んだ。
「てめぇまた戻ってきやがったのか。困るんだよねぇ、あんたが来ると。夜店の連中が軒並み商売あがったりになっちまう」
「知ったことか。俺は俺のやり方で祭りを楽しんでるだけだ」
「その楽しみ方が迷惑なんだよ!」
強面の男が拳を振り上げた瞬間だった。
彼氏が「危ない!」と私の前に飛び出し――ようとしたのだが、私はその彼氏を押しのけて、自分から前に出ていた。
「ちょっと待った!」
三人組もキョウも、そして彼氏も、ぽかんとした顔で私を見た。
「あんたたち、楽しいお祭りに来てるんでしょ。喧嘩したいなら、殴り合いじゃなくて、お祭りらしく勝負しなさい!」
「な……なんだこの女」
「彼女です。すみません」
彼氏が慌てて頭を下げる横で、私は腰に手を当てて仁王立ちしていた。
自分でも何を言ってるんだと思ったが、口が止まらなかった。
だってこっちは見世物として最高に楽しんでたのに、暴力で台無しにされたら困る。
強面の男は、しばらく考え込んだ後、ふっと鼻で笑った。
「……それもそうか。おい、お前ら」
三人組は何やらひそひそと相談を始め、やがてニヤリと笑った。
射的やくじ引きで挑んでも勝ち目がないのは、もう十分わかっている。
ならば――
「焼きそば勝負だ」
彼らが指し示したのは、テキヤの本丸ともいえる焼きそば屋台だった。
「祭りの華といえば、焼きそばだろうが。この屋台は俺たちの兄貴分がやってる店だ。あんたがどれだけ器用でも、料理の腕まではさすがに……」
言い終わらないうちに、キョウは既に鉄板の前に立っていた。
「望むところだ」
麺を投入する手つき、ソースを回しかけるタイミング、キャベツと豚肉の火の通し方――何をとっても、まるで長年この屋台に立ち続けてきたかのような自然さだった。
「な、なんでこんな手慣れて……!」
「祭りを荒らすからには、祭りの全てに精通してなきゃいけねえだろうが。焼きそばひとつ極められなくて、何が祭り荒らしだ」
数分後、湯気を立てる焼きそばが差し出された。
強面の兄貴分――どうやら焼きそば屋の店主も兼ねているらしい――が一口食べた瞬間、目を見開いた。
「……うまい。うますぎる」
「勝負あり、だな」
キョウが不敵に笑う。
三人組はがっくりと膝をついた。
射的、くじ、型抜き、金魚すくい、そして焼きそばまで完敗。
もはや面目丸つぶれである。
「くそっ、こうなったら……!」
強面の男が再び拳を振り上げようとした、その時。
「待て」
キョウが片手を挙げて制した。
「勝負ならもう一つある。この祭りには神輿が二台あるだろう。射的や料理の腕じゃなく、どれだけ客を盛り上げられるか――それで最後の決着をつけようじゃないか」
強面の男は目を丸くしたが、やがてニヤリと笑った。
「面白い。乗った」
かくして、祭り会場は思わぬ形で二分された。
キョウを担ぐ即席チームと、ヤクザたちが率いる神輿チーム。
私と彼氏はいつの間にかキョウ側の応援団に組み込まれ、ワッショイワッショイと声を張り上げながら会場を練り歩いていた。
「なんで俺たちまで巻き込まれてるんだ……」
彼氏がぼやく横で、私は普通に楽しんでいた。
だって面白いんだもの。
二台の神輿はそれぞれ反対周りに会場をぐるりと一周し、最終的に神社の社の前で再び相まみえた。
担ぎ手たちは汗だくで、観客たちも声を嗄らしている。
「ど、どっちが勝ったんだ……?」
誰かが呟いた。
判定は誰にもつかなかった。
両チームとも全力を尽くしすぎて、もはや勝敗を数える余力すら残っていない。
社の前で、ヤクザたちもキョウも、観客たちも、みんな肩で息をしながら立ち尽くしていた。
なんとなく、「もう勝ち負けとかどうでもいいのでは」という空気が漂い始めた、その時だった。
突然、辺り一面が眩い光に包まれた。
「な、なんだ!?」
悲鳴にも似たどよめきが上がる中、社の扉がゆっくりと開いていく。
中から現れたのは――白い髭を蓄えた、妙に人懐っこい顔つきの老人だった。着物姿で、腰には小さな杖を携えている。
その場にいた全員が、なぜか同時に同じことを思った。
(変なジジイだ。でも、多分神様だ)
「ワシは神様じゃ」
神様だった。
老人は朗らかに笑いながら言った。
誰も突っ込む余裕がなかった。
「今年は十年ぶりに、実に楽しい祭りじゃった。せっかく久しぶりに出てきたんじゃ、今日この祭りを一番楽しんだ者に、ワシの祝福をやろうと思う」
会場中の視線が、自然とキョウに集まった。
射的からくじ引き、型抜き、金魚すくい、焼きそば、神輿対決――今日という日を誰よりも派手に暴れ回ったのは、間違いなくこの男だ。
神様の指がすっと持ち上がる。
誰もが「キョウだ」と確信した、その瞬間。
神様が指し示したのは――私だった。
「へ?」
「お前が、今日一番楽しんだ者じゃ」
会場が静まり返った。
私自身も、何が起きたのかわからず立ち尽くしていた。
「祭りというのは、競い合うものではないぞ。自ら飛び込み、一緒になって楽しむものじゃ。お前はそれを、誰よりもよくわかっておった」
老人はそう言い残すと、再び光の中に溶けるように消えていった。
社の扉は静かに閉じ、辺りはいつもの祭りの喧騒を取り戻した。
「……フッ」
沈黙を破ったのは、キョウの不敵な笑い声だった。
「初めて祭りで負けたみたいだよ、ネエちゃん。……来年は、楽しんだ者勝負、負けないぜ」
そう言い残すと、キョウは夜店の明かりの中に紛れるように、すっと姿を消した。
ヤクザたちが我に返ったように叫ぶ。
「二度と来んな!!!」
その声すら、どこか清々しいものに聞こえた。
「……ところで、祝福って何だったんだろうな」
彼氏がぽつりと呟いた瞬間、私は自分の右手に何かが握られていることに気がついた。
見下ろすと、そこにあったのは――三つに枝分かれした、変な形の吹き戻し。
「……いらねえ!!!!!!!!!!」
私の叫びは、祭りのざわめきにかき消されて、誰の耳にも届かなかった。
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