空腹って体にいいの? それともよくないの?〜「ちょこちょこ食べる」か「きっちり3食」か、迷ったときに読んでほしい話〜
50を過ぎて感じる体の変化と、再びのリスタート
少し前から、日々の体調や食事、運動の記録をつけはじめました。
体の変化に不安を覚えるようになったのは、50歳を過ぎてからのことです。
過去に一度、筋トレを軸に生活習慣を整え、体調が大きく改善した時期がありました。
あのときは、多少の知識と勢いで一気に走り抜けたような部分があり、
気づけば頬がこけたり、首まわりの皮膚がゆるんだりと、健康診断の数値上は「健康になった」はずなのに、どこかちぐはぐな印象を自分に抱いていました。
年を取ってからのダイエットは、一歩間違うと病人に見えちゃいますからね…(顔と首のお肉は、若々しく見えるためにある意味大事だなと)
今回はその反省も踏まえて、焦らず、時間をかけて体と向き合おうと決めました。
日々の記録は、自分の感覚や行動を客観的に見つめ直すための、小さな大事な手がかり。本当に色々見えてきます。
ここからじっくり時間をかけて、健康に近づいていこうと思います。
「一度にたくさん食べたら、吸収しきれないのでは?」という疑問から
そんな記録を続けている中で、ふと気になったのが、
**「栄養って、一度に摂っても全部は吸収されないのでは?」**という疑問でした。
水分補給については、「一度に大量に摂っても排出されてしまうから、こまめに飲んだほうがいい」とよく言われます。
それなら食べ物も栄養素によっては、「吸収しきれない分は出ていく」──そんな解釈が成り立つものもあるのでは、と考えたのです。
これは、ChatGPTとの日々のやり取りの中で出てきた、ほんのひとつの“問い”でした。
そこから、「栄養素ごとの吸収の違い」「食事の回数と体への負担」について調べたり、考えたりしていく中で、見えてきたことがあります。
栄養素の吸収には“性質の差”がある
調べてみて一番驚いたのは、栄養素によって吸収のされ方がまったく違うということ。
糖質や脂質は、ほぼ確実に体に取り込まれて、余ったら脂肪になる。
たんぱく質は、一度にたくさん摂っても使いきれないことがある(だから分けて摂るのが◎)。
ビタミンは種類によって排出されたり蓄積されたりする。
水溶性(ビタミンCとか)は出ていくけど、脂溶性(ビタミンAとか)は溜まる。
つまり、「一度にたくさん食べても吸収されないから太らない」なんてことは、基本的にはない。
残念ながら、余った分はきっちり体にたまっていく。しくしく。
糖質・脂質・たんぱく質・ビタミン・ミネラル、それぞれに吸収効率や上限、蓄積のされ方が違うことがわかりました。
特に糖質や脂質は吸収効率が高く、余った分は脂肪としてしっかり蓄えられます。
一方で、たんぱく質やビタミン類には“使いきれない分が排出される”ものもあり、
必ずしも「摂れば摂るほど体に残る」とは限りません。
ただし、吸収されない=太らない・負担がないというわけではなく、
たんぱく質やビタミンであっても、過剰摂取によって臓器に負担をかけることは十分にあるようです。
食べる“回数”と“間隔”は、体の状態に影響するのか
この流れで自然と関心が向いたのが、
「食事の回数や間隔を変えると、体にどう影響するのか?」というテーマです。
空腹時間をしっかりとる3食スタイルと、
空腹にならないようこまめに食べるスタイル──それぞれに利点と課題があります。
◆ 空腹の時間があると何がいいの?
胃や腸に「休憩時間」ができる → 消化器の疲労軽減
「オートファジー」という細胞の修復モードが起きやすい
血糖値のリズムが整いやすい(インスリンの出方も穏やか)
空腹には「整える時間」がある。
ちゃんとお腹を空かせるって、体にとって“掃除とメンテナンス”の合図らしい。
◆ 逆にちょこちょこ食べるとどうなる?
血糖値の急上昇を防げる → 太りにくい
空腹によるドカ食いを防止
ただし、胃腸が働きっぱなしで疲れやすく、
オートファジー(修復活動)は起きにくくなる
つまり、ちょこちょこ食べはやさしいけど、片づけができない感じ。
消化は回るけど、細胞の整備工場はストップしてしまう。
どちらのやり方にも、メリットとデメリットがあり、一概にどちらが正しいとも言えない、というのが正解のようで、ネットやSNSで両極端の意見が散見されるのは、こういう理由からだったのですね。
「私の体にとって、心地よいリズムは何か」を考えること
今の私は、1日3回の食事の後に、満足感を補う形でデザートを添えるパターンがメイン。(食後の甘いものまで食べて満足感が得られる感じ)
忘れちゃいけないポイントは、
食べすぎないこと(←大事)
夜遅くまでダラダラ食べないこと
「満腹」と「空腹」をちゃんと味わうこと
これらを押さえつつ、しっかり食べて、しっかり休む、人間は動物だから体もちゃんと動かすという生活リズムを作る。
無理に間食を我慢したり、「3時のおやつ」に縛られることはせず、
自分の体が“心地よく満たされた”と感じられるかどうかを指針にしつつ、その時々の体の声を聞いて、自分に合う心地よいバランスを見つけていきたい。
ChatGPTとの対話を通じて、こうした一つひとつの疑問に向き合っていく時間は、
自分の暮らしや体調との付き合い方を、少しずつ見直していくきっかけになっています。
結論。
「自分に合うリズム」は、自分の中にしかない。まずは生活の記録から始めて、自分を知ろう。
最後に
ここに書いたことの多くは、まだ仮説の段階です。
専門的な裏付けがあるわけではなく、
あくまで日々の体感ややり取りの中で得た情報をもとにした、思考の途中のメモとして読んでいただければ幸いです。
それでも、「自分の体と、どう付き合っていこうか」と考えているどこかの誰かにとって、
小さなヒントや視点になれば、幸いです。
ChatGPTに記事作成を手伝ってもらうと、noteともっと気楽に向き合えるかも、と、今回は、最近のやり取りを記事にまとめるお手伝いをしてもらいました。
あっという間に内容をキレイにまとめてくれる利点もあるけれど、対話していた間の「大事な会話」が抜け落ちて、さっぱりしすぎ、要約しすぎてしまう傾向もあるなぁと感じました。
また、チャットでの対話が長くなると、だんだんと人格が変わってくるというか、同じ相手か?!と思うほど、急に対話の質が下がることもありますね。適宜新たなチャットを立ち上げ直してリフレッシュする必要がありそう。
自分の思考回路が劣化しないよう鍛えつつ、テクノロジーの恩恵も受けつつ、適宜アップデートしていけたらと思います。
