7章 こうして静かに待っていれば(前編)
「ごめんなさい!」
アパートの二部屋を借りており、その玄関と玄関のあいだの廊下をすべっていく。
なぜ怒られたのか、分からない。
必死で許しを乞うことしか思いつかない。
酔いの回った父を怒らせてしまった。
私はいつもいつも要領を得なくて、家族の人を怒らせてしまう。
ご飯を食べていた部屋から、もう一つの部屋のほうへ放られた。
扉が閉まり、ガチャリと鍵がかけられる。
どうしたらこの玄関に灯りが点くのか。
それさえも知らない。
コンクリートに跪き、手をそっと置く。
ぽたり、と三滴。
涙が落ちたところだけ、灰色がもっと濃くなった。
それから目を閉じて、しばらく泣いていた。
やがて少し落ち着きを取り戻し、星明かりに照らされた背後を振り返って、玄関を上がった。
そこには、普段「触っちゃいけない」と言われていた兄のピアノがあった。
七つ年上の兄。
小学生ながら自分のコミュニティを築いていて、私には遠い存在だった。
そっと蓋を開き、鍵盤を押す。
高い音が、鋭く鳴った。
―ように感じられた。
怖いような、綺麗なような。
蓋を閉じ、再び玄関に戻って座り込んだ。
こうして静かに待っていれば。
どれだけの時間が経っただろう。
扉が開いた。
母が泣きながら私を抱っこした。
「ごめんね、ごめんね」
温かい。明るい。
…疲れた。
これで布団に入って、眠ることができる。
