ドイツで育つ子供たちと音楽
1)長男小学生の頃【その2】
「長男の発表会」
長男がピアノを始めてから数年が経ったころのことです。
日本では毎年のように行われるピアノ教室の発表会というものが、こちらではなかなかありませんでした。そして、彼がちょうど8歳、小学校3年生のときに、初めて発表会で演奏することになりました。
場所は音楽学校の講堂です。町のギムナジウムでも利用されている古い建物で、音楽学校の隣に併設されており、その中にある大きな歴史ある講堂です。天井はとにかく高く、中央には、まるで映画に出てきそうな大きなシャンデリアが備え付けられています。(毎回この講堂に入るたびに、「シャンデリアの電球はいくつ付いているんだろう?」と、子供たちは数えようとしています。)窓は教会のようなステンドグラスで、後方の上部にはパイプオルガンも常設されています。
初めての発表会にしてはずいぶん豪華な場所だな、と思いましたが、その後、音楽学校の発表会やオーケストラ、コンサート、コンクールなど、ほぼすべての行事がここで開催されるため、子供たちも徐々に慣れていきました。
この日、長男が演奏したのは、先生との連弾が1曲と、ソロで2曲です。2曲目の「エリーゼのために」では途中で少し間違えてしまいましたが、それ以外はとてもよく演奏できていました。初めての発表会としては、上出来だったと思います。
その後、コロナ禍を経て長男は思春期に入り、発表会やコンクールへの案内があっても毎回参加するわけではなくなりました。発表会への参加も、サッカーと同様に本人の意志で決められるというのは、いいことだと思います。
そんな中、次に彼が発表会に参加したのは、この先生が退職されることに合わせて開催された最後の発表会でした。
このときには、次男もすでに同じ先生に習っていたため、兄弟二人で連弾を演奏しました。家ではよく練習していましたが、やはり兄弟となると喧嘩も始まります。それでも本番前には何とかまとまり、当日はしっかりと演奏することができました。
この先生のおかげで、長男はピアノを嫌いになることなく長く続けることができ、本人も心から感謝していました。私自身、子供の頃に習っていたピアノの先生はとても厳しく、正直なところそれが嫌で、ピアノを弾きたいという気持ちよりも「やらなければならない」という思いの方が強く、あまりピアノを好きになれませんでした。
その点、この先生は厳しすぎることもなく、かといって子供扱いをするような態度でもなく、長男の意志を尊重して、発表会やコンクールに参加しないという選択も自然に受け入れてくださいました。また、彼が弾きたいと望む曲を、その都度レベルに合わせて長い目で指導してくださったことに、私も大変感謝しています。
やはり、何事においても最初に出会う教師というのはとても重要なのですね。これは三男のバイオリンでも同じような経験をしているので、本当に大切なことだと感じています。
