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#12 笑いが嗚咽に変わる魔法。鍾路(チョンノ)より愛をこめて、韓国映画へのラブレター

なぜ、彼らはこれほどまでに「映画」に命を燃やすのか
いつもは東大門で100円のワッペンを漁ったり、マッコリを飲みすぎてフラフラになったり、食堂で前菜ともいうべき無料のおかず(バンチャン)を
食べ過ぎて本丸にたどり着く前にすっかり満腹になってしまったり・・と、情けない私の韓国体験だが、背筋を伸ばして熱く語り、時に感動の嗚咽で 目の前が見えなくなってしまうものがある。
それは・・・我が愛しの韓国映画である。韓国映画を見るにつけ、韓国の人々にとって「映画」とは、単なる暇つぶしの娯楽・エンターテインメントではない、もっと重くて、誇り高い「文化そのもの」なのだとつくづく思う。
たとえば、テレビドラマでブレイクしたスター俳優たちも、ひとたび映画に出演するとなれば目の色が変わる。 テレビは「大衆人気」を得る場所かも
しれないが、映画は「俳優としての格」や「演技の魂」を証明する場所…
そんな気概を感じるのだ。 だからこそ、彼らはプロモーション活動に全身全霊を注ぐし、観客や批評家たちのシビアな評価に真正面から向き合う。
韓国には、アジア最大級の「釜山国際映画祭」以外にも、権威ある「青龍(チョンリョン)映画賞」や、歴史ある「大鐘(テジョン)賞」、総合芸術としての「百想(ペクサン)芸術大賞」など、大きな賞がたくさんある。 授賞式で名前を呼ばれた俳優たちが、震える声で、時には涙を流して語る感動的なスピーチ。あれは単なるショーではない。作品を作り上げたチームへの誇りと、映画という芸術に対する深い敬意があふれ出ている瞬間だ。
『パラサイト 半地下の家族』が世界の頂点に立つずっと前から、この国の人々は映画と共に泣き、笑い、怒り、時代を乗り越えてきた。 その歴史の「熱源」を探すために、今日は少し時計の針を戻して、映画の神様が住む街・鍾路(チョンノ)へ思いを馳せよう。

応答せよオマージュ。こんなレトロな感じがよく似合う

映画の神様がいた街、鍾路3街
今でこそシネコンが当たり前だが、かつての鍾路には「単館ロードショー」のロマンがあった。 特に「団成社(ダンソンサ)」「ソウル劇場」「ピカデリー劇場」は、映画ファンにとっての聖地であり、ソウルのランドマーク
映画館だった。
90年代まで、これらの劇場の正面には「巨大な手描きの看板」が掲げられていた。 職人がペンキで描いた俳優の顔は、たまに実物より濃かったり、微妙に似ていなかったりして、それがまた何とも言えない味わいと迫力を出していたらしい。 デジタルのポスターにはない、その「筆のタッチ」こそが、映画への熱量そのものだった気がする。
実は今でも、この街の路地裏にはその残り香がある。 楽器街(楽園商街)の裏手を歩いていると、ふと「手描き映画看板風の壁画」に出くわすことがあるのだ。
ビルの壁面に描かれたフィルムの絵、燃えるような夕日をバックに見つめ合う男女、そして往年のスターたちのキリッとした表情。 ひっそりと残されたその壁画を見ると過去へとタイムスリップしたような錯覚に陥る。
ここ鍾路には確かに、映画の神様が住んでいたのだ。

こちらはタイタニック。今も残る手書き看板オブジェ

「ジュラシック・パーク」が現代自動車を超えた日
韓国映画がこれほど強くなった転換点は、皮肉にも国の危機だった。 1997年のIMF通貨危機。国が破綻しかけ、「重工業だけでは生きていけない」と悟った時、当時の金大中(キム・デジュン)大統領が打ち出したのが「文化大統領」宣言だった。
当時、こんな衝撃的なレポートが出されたという。 「映画『ジュラシック・パーク』1本の収益は、現代自動車150万台分の輸出額に相当する」
この比較が決定打となり、「資源のない韓国が外貨を稼ぐにはコンテンツしかない」という国家戦略が動き出した。 1999年には法が整備され、官民一体の投資ファンドが作られ、映画界に莫大な資金が流れ込むようになったのだ。

「天才」と「パトロン」の出会い
「資金」だけではない。「人」も育てた。 ポン・ジュノ監督(『パラサイト』)は、国が設立した「韓国映画アカデミー(KAFA)」という、いわば映画の士官学校の出身であることは有名だ。このアカデミー、学生の授業料から実習のための機材費まで全て国の資金でまかなわれる。国がエリート教育で才能を発掘したのだ。
そして、その才能達を支えたパトロンの存在も忘れてはいけない。 CJグループのイ・ミギョン(ミキー・リー)副会長だ。彼女はドリームワークス設立に出資してスピルバーグらからノウハウを学び、ポン・ジュノ監督らを長年支援し続けた。
オスカーの授賞式で彼女がマイクを握ったのは、決して地位だけが理由ではない。彼女がいなければ、韓国映画のグローバル化はなかったという功労者だったからだ。

世界一シビアな観客たち

そして何より、韓国映画を鍛え上げたのは「観客」だ。 韓国の観客、特に「ネチズン(ネットユーザー)」の評点は残酷なまでに正直だ。
「つまらない映画は、公開3日で死ぬ」 と言われるほど、口コミ(イプソムン)の拡散スピードは速く、忖度がない。プロの評論家よりも鋭い一般人のレビューが、作り手たちに極限の緊張感を与え、クオリティを底上げしてきたのだ。

ROZÉの「これだけはオススメしたい」名作リスト
そんな厳しい環境で生き残った作品たちが、面白くないわけがない。 数ある名作の中から、特に私の心を掴んで離さない「推し映画」を紹介したい。

  • 『ソウルの春』 ファン・ジョンミンの非情な悪役ぶりとチョン・ウソンの渾身の演技のぶつかり合い。軍事クーデターの緊迫した9時間を描いた、実話の重みとエンタメ性が融合した傑作。

  • 『がんばれチョルス』チャ・スンウォンが、自慢の筋肉をランニングシャツに包み、「マッチョなおじさん(知的障害がある役)」を熱演。 最初は彼と、突然現れた白血病の娘とのドタバタ劇に大笑いさせられるのだが、後半、彼がなぜそうなったのか……その過去が明かされた時、全ての笑いは嗚咽へと変わる。 実はこの映画、韓国・大邱(テグ)で実際に起きた悲しい地下鉄火災事件を題材にしているのだ。クライマックスで人々が見せる「奇跡」も含め、全ての人に見てほしい、韓国映画の「愛と底力」を感じる作品だ。

  • 『ミスワイフ』 オム・ジョンファ演じる敏腕セレブ弁護士が、ある事故をきっかけに「団地の主婦」に転生して1ヶ月生きることに!? オム・ジョンファのコメディエンヌぶりが最高なのはもちろん、夫役のソン・スンホンが無駄にwカッコよく、不器用な愛妻家なのがたまらない。「当たり前の日常の尊さ」や「家族の愛」を再確認できる、とびきり温かいハートフル・コメディ。

    『宝くじの不時着~1等当選くじが飛んでいきました』
    1等の宝くじが風に乗って軍事境界線を越え、北朝鮮兵士に拾われる!? 設定だけでクスッと笑え、南北の兵士たちのやり取りが抱腹絶倒、最後にホロリとさせる秀作。

    『エクストリーム・ジョブ』 「麻薬捜査班が偽装営業でチキン屋を始めたら、味が良すぎて大繁盛」という伝説の興行収入No.1コメディ。何も考えずに笑いたい夜に。

  • 『貴公子』 私の最愛俳優キム・ソノの映画デビュー作にして、新感覚の追撃ノアール。(今後詳しく書く予定)

壁を使った手書きシネマ看板風アート。窓や換気扇と調和しているデザインがナイスw

ソウル市民のDNA
国策として官民一体で推進し目の肥えた観客が厳しく育ててきた韓国映画。
社会と寄り添って育ち、時に社会を変える力さえ持ってきた。
だからといって難しく考える必要はない。自分の好きな俳優、好きなジャンルから心のおもむくままに選べばいいのだ。
そこには必ず心を揺さぶる「熱」があるはずだから。
手書き看板の古びた劇場は残念ながらもうないが、オマージュとしての
オブジェや看板は楽器街の片隅に今も残されている。
それは、この街が映画と共にに育った街であったことを忘れない、という
強い決意であるかのようだ。
そして看板だけでなく、映画への熱い想いは、今も鍾路の風や、
この街を歩く人々のDNAに深く刻まれている気がする。

【DATA BOX】
🎬 鍾路3街(チョンノサンガ)周辺:韓国映画の聖地巡礼

  • 1. 楽園商街(ナグォンサンガ / 낙원상가

    • 住所: ソウル特別市 鍾路区 三一大路 428

    • アクセス: 地下鉄1・3・5号線「鍾路3街」駅 5番出口から徒歩すぐ

    • Memo: 巨大な楽器専門街のビル 。この建物の裏手や周辺の路地裏には、往年の名作をオマージュした「手描き映画看板風の壁画」が点在 。かつて映画の街として栄えた鍾路の残り香を感じさせる、ノスタルジックな散策スポット 。

  • 2. 団成社・ピカデリー劇場跡地周辺(단성사 / 피카디리

    • 住所: ソウル特別市 鍾路区 敦化門路 5キル(鍾路3街駅周辺)

    • アクセス: 地下鉄1・3・5号線「鍾路3街」駅 2番・9番出口付近

    • Memo: かつての「単館ロードショー」時代を支えた伝説的劇場の集積地 。現在はシネコン等に姿を変えているが、楽器街の片隅にはオマージュとしてのオブジェや看板が今も残されている 。


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