建築設計におけるAI活用は、“プロンプト”より“問い”が重要だった。
建築コンセプト設計で感じた、AIの本当の使い方
最近、建築やデザインの分野でも、
AI生成という言葉をよく見かけるようになった。
一瞬でパースが出る。
イメージ画像が大量に作れる。
コンセプトもそれっぽく整理される。
確かに便利だと思う。
でも実際に設計実務の中でAIを使ってみて、
強く感じたことがある。
それは、
「AIは、デザインを代替するものではない」
ということだった。
むしろ、
本当に強かったのは、
“対話”だった。
コンセプトは、最初から明確じゃない
建築のコンセプトは、
意外と曖昧なところから始まる。
和モダン
静かな空間
開放感
心地よさ
上質感
でも、
そのままだと危うい。
破綻はない。
綺麗にもまとまっている。
でも、
どこか“検索結果の平均値”のような空間になる。
実際、
自分も最初はそんな状態だった。
「静けさのある空間を作りたい」
と思っていた。
でも、
AIとの壁打ちを続ける中で、
少しずつ違和感が見えてきた。
「静けさ」だけでは浅い
AIに対して、
なぜ静かにしたいのか
誰のための空間なのか
その体験は、何を感じてもらいたいのか
なぜ今、その場所が必要なのか
そんな問いを繰り返していくと、
少しずつ考えが整理され始めた。
そこで気づいた。
自分が作りたかったのは、
単なる“静かな空間”ではなく、
“感覚を切り替える体験”
だった。
建築として作りたかったのは、
空間そのものというより、
その場所で人の感覚や気持ちがどう変化するか、
だったのかもしれない。
AIは、違和感を増幅してくれる
AIを使っていて面白かったのは、
答えをくれるというより、
「なんか違う」
を掘れることだった。
例えば、
和の素材は使っている。でも、“和の感覚”には触れていない。
洗練されている。でも、感覚が動かない。
写真映えはするのに、記憶の温度が残らない。
情報量は減っている。でも、感覚は休まっていない。
どれも、
空間としては成立している。
木、左官、間接照明。
要素も整っているし、
破綻もない。
でも、
どこか身体感覚に届いていない。
静かではある。
でも、
“静けさ”そのものが必要だったわけではなかった。
AIとの対話を通して見えてきたのは、
自分が求めていたのが、
「和風らしさ」
ではなく、
“感覚が少しずつ切り替わっていく体験”
だったということだった。
普段なら、
「なんとなく違う」で流してしまいそうな感覚。
その違和感を、
言葉として掘り返せたことは、
かなり大きかった。
良い対話は、“完成された指示”から始まらない
AI活用というと、
「上手いプロンプト」が話題になりやすい。
でも、
建築コンセプト設計で本当に重要だったのは、
むしろ逆だった。
必要だったのは、
整理された指示ではなく、
“まだ言葉になっていない感覚”
だった。
例えば最初は、
「和モダンな空間を考えて」
みたいに投げていた。
でもそれだと、
綺麗だけど浅い答えになりやすい。
途中から、
こんな断片を投げるようになった。
情報量を減らしたい
少し緊張感は残したい
癒しに寄せすぎたくない
閉じすぎない
高級旅館っぽくしたくない
SNS映えだけの空間にしたくない
“和風演出”にはしたくない
かなり曖昧だと思う。
でも、
建築コンセプトの初期段階は、
本来こういう断片の集合なんだと思う。
条件だけではなく、“背景”を一緒に考える
さらに途中からは、
空間の条件だけではなく、
その事業をなぜやりたいのか
クライアントが大切にしている感覚は何か
どんな人に、どんな時間を過ごしてほしいのか
その場所が、なぜ今必要なのか
みたいな、
背景側の話もAIに投げるようになった。
例えば、
「ただ高級にしたいわけではない」
「回転率だけの店にはしたくない」
「緊張しすぎず、でも特別感は欲しい」
「便利さだけじゃなく、滞在体験を大切にしたい」
そんな、
まだ整理されていない思いや違和感。
すると、
単なる“デザインテイスト”
ではなく、
「この場所は、どんな感覚を提供するべきか」
という方向へ、
対話の軸が変わり始めた。
条件より、“違和感”の方が重要だった
もちろん、
面積
客単価
ターゲット
動線
天井高
みたいな条件整理も必要だった。
でも、
コンセプトを深くしたのは、
条件ではなく、
「何が違うのか」
を掘ることだった。
安っぽくしたくない
演出過多にしたくない
“映え”に寄せたくない
偽物っぽくしたくない
そういう、
感覚的な違和感。
AIとの対話は、
そこを増幅してくれた。
AIは、“発想”より“解像度”を上げる
使っていて感じたのは、
AIが突然オリジナルのコンセプトを
生み出してくれるわけではない、
ということだった。
最初からこちら側に、
興味
違和感
問題意識
好き嫌い
は存在している。
AIはそれを、
比較し
言語化し
整理し
輪郭を濃くし
不要なものを削る
ことで、
解像度を上げてくれる。
つまり、
発想源というより、
“思考の解像度向上装置”
に近かった。
“空間”ではなく、“状態変化”を考えるようになった
対話を続けるうちに、
考え方も変わっていった。
最初は、
素材
照明
和の要素
ディテール
など、
空間そのものを中心に考えていた。
でも途中から、
外から内へ入る感覚
光が落ち着いていく変化
音が静まる感覚
座ることで意識が切り替わること
滞在する中で感覚が変わっていくこと
など、
“人の状態変化”
を考えるようになった。
建築というより、
感覚設計に近い。
AIとの対話は、
その変化を加速してくれた。
AIは、“思考の整理鏡”に近い
AIは、
勝手に素晴らしいアイデアを
出してくれるわけではない。
でも、
曖昧な感覚や違和感を投げ返してもらうことで、
本当に作りたいもの
なぜ違和感があるのか
何を避けたいのか
が見えやすくなる。
AIというより、
思考の整理鏡に近い。
“生成”より、“対話”
AIというと、
どうしても「生成」のイメージが強い。
でも、
建築設計の中で本当に価値を感じたのは、
「何を生成したか」
より、
「何を掘り当てたか」
だった。
AIは、
代わりに考える存在ではない。
でも、
自分の中にある違和感や感覚を掘り下げる、
かなり優秀な壁打ち相手にはなる。
建築設計におけるAI活用は、
“生成”より“対話”の方が、
まだずっと面白いのかもしれない。
