魚鱗癬と歩んだ家族の物語⑨〜長男誕生、そして突然の電話〜
浄化槽管理士になって3年ほど経った頃、私たち夫婦に子供ができました。
子供ができる前から、自分の肌のことについては奥さんとよく話していました。
奥さんは言語聴覚士として、発達に特性のある子供たちとも関わってきた人です。
だから魚鱗癬で私が悩んできたことも理解してくれていました。
「もし子供に遺伝しても、自分たちなら大丈夫だよね」
そんな話もしていました。
でも、正直に言うと不安はありました。
私の家系を振り返ると、
祖父が魚鱗癬。
母が魚鱗癬。
母の姉も魚鱗癬。 母の姉の娘2人は普通
兄も魚鱗癬。
そして私も魚鱗癬。
こういった事を見てみると魚鱗癬の親の反対の性別に魚鱗癬がでてる
後に遺伝の先生からは、
「半々の確率ですね」
と言われました。
そして子供は男の子だと分かりました。
「男の子なら大丈夫かもしれない」
と思っていました。
もちろん生まれてみないと分かりません。
それでも少し安心したのを覚えています。
妊婦健診では、
「少し小さめですね」
と言われていました。
予定では2600gくらいとのことでした。

初めての子供。
分からないことだらけです。
そして予定日の約1週間前。
夜中に奥さんが、
「なんか陣痛っぽい」
と言い出しました。
でも私たちは初めての出産です。
本当に陣痛なのかも分かりません。
ネットで調べました。
陣痛の間隔を測る。
時間を記録する。
確かにそれっぽい。
でもよく分からない。
さらに調べると、
「前駆陣痛」
という言葉が出てきました。
余計に分からん(笑)
結局、産婦人科へ電話しました。
すると、
「来てくださーい」
とのこと。
急いで病院へ向かいました。
診察の結果、
子宮口が開いているのでそのまま入院となりました。
だんだん奥さんの陣痛も強くなってきます。
私はネットで、
「がんばれとは言わない方がいい」
という記事を読んでいたので、それだけは守ろうと思っていました。
でも正直、かなりテンパっていました。
奥さんに、
「ペットボトル開けて」
と言われて開けようとしたら、
力を入れすぎてペットボトルを潰してしまい、中身をこぼす始末(笑)

そんなことをしているうちに、
「分娩室へ行きましょう!」
となりました。
すると看護師さんが、
「お父さん、今のうちにご飯食べてきてください!」
と言うのです。
私は心の中で、
「今!?」
と思いました。
今から分娩室でしょうもん。
でも食べた方がいいなら食べるかと思い、急いでご飯を食べようとしたその時。
看護師さんが走ってきて、
「お父さん!生まれますよ!!」
と言いました。
私は心の中で、
「そりゃそうよね!!」
と盛大にツッコミました(笑)

そして無事に長男が誕生しました。
体重は2300g。
思っていたよりも小さく、
「大丈夫かな」
という気持ちもありました。
さらに黄疸が出ていたため、保育器へ入ることになりました。

初めての子供です。
しかも魚鱗癬のことも心配していました。
不安でいっぱいでした。
それでも退院の翌日には保育器から出ることができ、私たちはひと安心しました。
ところが、その後一本の電話がかかってきます。
新生児スクリーニング検査の結果でした。
「病院を受診してください」
甲状腺の数値に異常があります。
そう言われました。
病院を受診した結果、
長男は甲状腺機能低下症。
いわゆるクレチン症と診断されました。
正直、
「甲状……何?」
という状態でした。
魚鱗癬のことばかり心配していた私たちにとって、まったく予想していなかった病名でした。
悩みました。
たくさん調べました。
そして不安にもなりました。
次回は、
長男がクレチン症と診断されてから、私たちが何を調べ、何を考え、どう向き合ったのかを書きたいと思います。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました🙇
