<産経抄>カーク氏暗殺で嘲笑者解雇相次ぐ 米国の明快さがうらやましい2025/9/20
「朝日は銃弾を撃ち込まれ、その後暫くは大人しくしていたようだが、昨今の朝日の傍若無人とも思える偏向紙面を見ると、まだお灸が足りないやうだ」 中村粲
米国の保守系政治活動家、チャーリー・カーク氏が演説中に暗殺された事件を巡り、SNSでカーク氏を嘲笑したり暗殺を称賛したりする投稿を行った人物が、相次いで解雇されている。公務員らだけでなく、航空会社など民間企業でも解雇や停職などの処分を下したところがあるという。
カーク氏殺害事件めぐる「不適切」な発言で停職や解雇相次ぐ ヴァンス米副大統領も報告を奨励
ヴァンス氏はその中で、左派のアメリカ人は「政治的暴力を擁護し、称賛する傾向がはるかに強い」、「政治的暗殺を称賛する行為には礼節が存在しない」と主張。次のように述べた。
「私は、この国全体が一致団結し、私の友人を殺した行為と思想を非難することを切望している」
「チャーリー・カークの暗殺を称賛する者たち、そしてそのようなテロリストの共感者に給料を支払っている者たちとは、団結などあり得ない」
こういう露骨な忖度を要求するんだw
安倍晋三は「勘ぐれ」なのにアメリカ人は風情が無いよな
カーク氏殺害事件のあと、ソーシャルメディアで不適切な投稿を行ったとして、パイロット、医療従事者、教員、シークレットサービス(大統領警護隊)の職員といった人々が停職または解雇されている。
「大統領警備隊」と書かずに「公務員ら」とぼかすのはなんでだろうw
不適切な投稿とはいうけれどチャーリー・カークは
「私は、支払うべき代償、つまり、残念ながら毎年銃による死亡者がいることは、私たちの他の神から与えられた権利を守るために、修正第2条を持つ価値があると思う。それは賢明な取引だ。それは理にかなっている。誰もこんなことは言わない。彼らは完全に別の宇宙に住んでいる。」
おいらとは別の宇宙に住んでいるカークはただ単に「支払うべき代償」の中の1名という統計の数字になった
この事について彼は満足しているのか無念に思うのかは
別の宇宙の人間の考えることなので推しはかることができません
▼解雇には言論の自由や労働者の保護を脅かすとの批判もあり、政治的対立をいたずらにあおるべきではない。とはいえ、3年前の7月8日に安倍晋三元首相が暗殺された後の日本の言論空間を思うと、テロリストもその賛美者も断じて容認しないという米国の明快さがうらやましい。
一応は「解雇には」反対して見せるんだな
「には」とわざわざ限定して書くところが姑息です
右翼のほか保守派の一部には犯人の主張に共感を覚える者がいた。例えば中村粲が産業経済新聞社の『正論』2001年5月号で、朝日の歴史教科書問題報道を「朝日は銃弾を撃ち込まれ、その後暫くは大人しくしていたようだが、昨今の朝日の傍若無人とも思える偏向紙面を見ると、まだお灸が足りないやうだ」と評した。朝日の“テロを容認するのか”との抗議申し入れを受け、編集部は「誤解を招く表現だった」として、6月号で謝罪文を掲載した。中村は10月号で「朝日新聞の売国的偏向報道の累積が銃撃事件の引き鉄になつたと、因果関係を示唆したに止まる」と反論した。また、「…お灸が足りないやうだ」の意図について、「赤報隊がお灸をすえるつもりだったかもしれないと客観的に叙述しただけだ」と、朝日新聞社116号事件取材班に答えている[186]。
謝罪文を出したのにその後に反論記事を載せるってどうなっているのよw
「誤解を招く表現だった」という定型文の謝罪だったけれど
中村本人が「誤解ではありません」という記事を書いています
中村粲はその後も「正論メンバー」として逝去するまで正論で執筆していました
▼「そういう人を見つけたら、その雇用主に告発してほしい」。バンス米副大統領はこう語り、国全体で非難すべきだとの考えを表明した。一方、わが国の政治家やマスコミには、そうした嘲笑者に何と甘かったことか。テロリズムによって社会が変容し、民主主義が壊されていくことに不感症だった。
「嘲笑者」って言葉いいですねえw
グーグルで検索してみたら今日の産経抄がトップになっていました
ついつい「w」をつけてしまうおいらのような人間が嘲笑者と呼ばれるんでしょうね
冷笑系と呼ばれるよりもしっくりくるかもねw ←ほら癖が出た
バンスのやっていることは法によらない「私刑」で
権力側による白色テロの一種ともいえるでしょう
「まだ」治安維持法という正式な法律の拡大解釈をした特高警察の方が法治に則っている
テロリズムによって社会が変容し、民主主義が壊されていくことに不感症だった。
のは抄子の方ですなw
▼「(安倍氏)暗殺が成功してよかったな」。インターネット番組でこう堂々と語っていた大学教授は職を失うこともなく、誰はばかることなく文学賞の選考委員を務めている。安倍氏の暗殺について大笑いしていた東京都議は、後に立憲民主党から出馬し、衆院議員となった。
逆説的な意味で、安倍氏の死は政治の暗部を明るみに出し、結果的に国政に貢献することとなった。
もし安倍氏が死ななかったら、神格化はもっと進んでいたに違いない。生きていれば、オリンピックや統一教会をめぐる疑惑には蓋がされたままで、テロからの生還を英雄視され、世論に支持されて清和会の独裁体制が強化され、一気に改憲と軍備増強に突き進んでいただろう。
安倍の神格化を推し進めている産経にとっては目の上のたん瘤ですね
死後3年経っても正論のタイトルから「安倍晋三」という名前は必ず入っています
▼それどころか、面識もない安倍氏を殺した被告人をヒーロー扱いする者まで現れ、被告人には大量の差し入れが届いた。民主的な手続きに基づいて当選した政治家を、銃撃という暴力で死に至らしめたテロリストに同情したり、同感したりすることの異常性と危険性がなぜ分からないのか。
私が昨年7月以降行ってきた第二の山上徹也被告を生まないための取り組みは、窪田順生氏のこの記事における"主張"とは真逆の視点にある。
— 鈴木エイト ジャーナリスト/作家 (@cult_and_fraud) April 20, 2023
山上被告を「同情できるテロ犯」扱いしたマスコミの罪、岸田首相襲撃事件で言い逃れ不能 ダイヤモンド・オンライン https://t.co/hO7p9MBuBP
私が昨年7月以降行ってきた第二の山上徹也被告を生まないための取り組みは、窪田順生氏のこの記事における"主張"とは真逆の視点にある。 山上被告を「同情できるテロ犯」扱いしたマスコミの罪、岸田首相襲撃事件で言い逃れ不能 ダイヤモンド・オンライン
法治国家での暴力の独占は「暴力装置」が一般市民に代わって
暴力に対して対処してくれることが前提になっている
ヴェーバーによれば、国家とは、いかなる形態・方法であれ暴力を使用することについての正統性の根拠である。警察や軍隊は、その主な道具・装置であるが、だからといって必ずしも公的な有形力のみが使用を許されることを意味しない。なぜなら、国家から派生した正統性を有する(正当防衛や緊急避難などの正当行為など)限り、私的な有形力の行使も許される(例えば民間のボディーガードや警備員などについて定めた警備業法など)からである。重要なのは、このような独占が正統(legitimation、正統性(legitimacy)を提供すること)のプロセスを介して生じなければならないことである。
公権力が犯罪を黙認したり隠ぺいすることにより
その被害者は「自力救済」に到ってしまうのでしょう
それが行き過ぎたのが「自警団」と称した関東大震災の朝鮮人虐殺だ
▼言論にも当然、礼節が必要である。徹底的に批判されるべきはテロリストにほかならない。
ココアのひと匙
一九一一・六・一五・TOKYO
われは知る、テロリストの
かなしき心を――
言葉とおこなひとを分ちがたき
ただひとつの心を、
奪はれたる言葉のかはりに
おこなひをもて語らむとする心を、
われとわがからだを敵に擲なげつくる心を――
しかして、そは真面目まじめにして熱心なる人の常に有もつかなしみなり。
はてしなき議論の後の
冷さめたるココアのひと匙さじを啜すすりて、
そのうすにがき舌触したざはりに、
われは知る、テロリストの
かなしき、かなしき心を。
奪はれたる言葉のかはりに
おこなひをもて語らむとする心を
生き残るすべはただひとつ 肉体言語
(こういうことしちゃうから嘲笑者なんですね)
テロリストを生まないために言論の自由が必要なんです
