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補助金のトリセツ

島根県の移住・定住の支援策は手厚い。
全国的に見ても、間違いなく、手厚い方に入る。
それどころか、この分野でのトップランナーと言って相違ないだろう。

なにしろ「過疎」という言葉が生まれたのは島根県であり、急速な高齢化や人口減少を肌で感じてきた地域だからこそ、時代を先取りするように、新しい人に来てもらうことの重要性にいち早く気付いた地域でもあった。

1992年に「ふるさと島根定住財団」を設立したのも、全国に先駆けた動きだった。UターンやIターン、関係人口などの取り組みが、各県や国をあげて本格化したのは2010年代頃からだと言われている。

定住財団を代表する看板施策に「UIターンしまね産業体験」というプログラムがある。
これは「島根にUターン・Iターンし、農業・林業・漁業・介護分野・伝統工芸の産業を体験する場合に、滞在に要する経費の一部を助成する制度」(定住財団HPより)とあり、移住・定住の前後に、地域における生業を実践することを通じて、安定的な移住・定住につなげてもらおうという趣旨の支援制度だ。

このプログラムでは、UIターン者(体験者)が、受け入れ先の現場で、仕事や作業の体験を行うとともに、最長1年間にわたって、月額12万円の資金的な支援を受け取ることができる。また、受け入れ先にも月額3万円の謝礼が支払われる。現場での実務と資金的支援を組み合わせた支援施策として、後に全国的に広がった「地域おこし協力隊」のモデルにもなったと言われている。

定住財団の支援策は、移住者が体験する職種や分野を幅広く設定しているが、さらに、農業分野になると、今度は島根県が、さまざまな就農支援のための支援策を提供している。
なかでも、「半農半X支援事業」というUIターン者の柔軟な働き方・暮らし方を想定した支援制度があり、他の仕事とを組み合わせたような就農形態を応援する制度がある。こちらも、最長1年間にわたって月額12万円の補助を受けられるといった仕組みになっている。

こうしたUIターン者に対する手厚い制度ゆえに、地元の人たちからは「移住者は150万円もらえるんだろ」という、恨み節とも取れるような声が漏れ聞こえることもある。

移住者を優遇しすぎているのではないかという気持ちは、地元にずっと住んできた人からすれば、自然な感情として芽生えるのも無理はないことかもしれない。

だが、実際に移住を経験した立場からの実感を言わせていただくとすれば、こうした資金的なサポートが何よりも「沁みる」ものであり、あって助かった、と思う場面が多々あるのは、間違いようのない事実である。

初期投資が終わると金銭感覚が変化する

以下は私個人の生活実感からの話で、どこまで一般化できるかわからないが、中山間地域と言われる農山村に移住した人であれば、一定程度共通した経験を持っているのではないかと思う。

私自身、移住にある程度お金がかかるだろうとは思っていた。空き家を手に入れ、家を修復し、車を買い、といった初期投資までは大体の予算を組んで自分なりに投資した。

不思議なもので、初期投資のときには、わりと大きなお財布を抱えている気持ちがあって、必要な支出に対して覚悟が決まっていた気がするのに、一旦、初期投資のフェーズが終わって、日常生活にモードが切り替わると、あとから追加で発生するコストには、なぜだかものすごく敏感になってしまうところがある。

だから、住み始めて3ヵ月で給湯器が壊れて新しいものに買い替えたり、インターネットの設置工事に意外と費用がかかったり、薪ストーブだけではやはり寒いのでストーブを買い足したり、と、あとからかかる出費に対しては、初期投資ですでにこれだけ使ったのに、また、そして、また、そして、また・・・と、次々と支出がかさんでいくような感覚に見舞われてしまい、もうこれ以上つかわないようにしよう、という心理的ブレーキが強力に働くようになる。

農山村への移住を考えている人には、初期投資に加えて、住み始めてからしばらくの期間にわたって、日々の生活の中で発生するさまざまな追加費用までを、予算のバッファとして気持ちの中で確保しておいたほうがよいことを、実際に経験してみてよくわかった。

農作業の必需品ニーズが短期間に発生する

農作業には機械や道具が必要だ。
草刈りをするための刈払機や、薪を切るためのチェーンソーは、1台5万円前後するし、小さなものでは、ホースやじょうろ、鍬や鎌、作業着や手袋、長靴も何足か必要になるなど、いろいろと物入りが続く。薪割り用の斧は、最初に安価なものを買ったがどうにも使い物にならず、結局かなり奮発することになった。
秋にはトラクターも購入した。地域の農機具店にお願いし、中古で小回りが利く、しかも、軟弱な土壌でも立ち往生することがないクローラー式のトラクターを見繕ってもらった。見るからに年季の入った機械だが、その働きぶりには満足している。
このように、農山村での生活においては、都会暮らしでほぼ所有することがないこうした物品の購入が、短い期間に立て続けに発生するのである。

もちろん、地元で暮らしている人たちだって、それらの品を購入しながら、生活をしている。だが、移住者との決定的な違いは、時間軸、なのだと思う。
移住者は、地元の人が持っていて当然と思うようなものがほぼ手元になく、初期投資が落ち着いたかと思った後のタイミングにおいても、必需品の購入機会が立て続けに発生する。この点が、移住者の暮らしの大きな特徴だと思う。

だからこそ、一定期間にわたって定期的に支給されるような補助金の存在は、日々の暮らしや農作業を通じて発生する必要な支出を下支えしてくれるもので、地元で暮らす上での当たり前の水準へと押し上げてくれる力を持っているのではないかと思う。

底の空いたバケツを塞ぐ作業が必要になる

農山村の暮らしを輪をかけて難しいものにさせるのが、サルをはじめとする野生動物の存在である。他の記事にも時折書いているのだが、ふつうの野菜をふつうに育てていたら、それにありつくことはできない。1年目、その難しさを知らない無邪気な時代に、家の裏の畑に遊びのように植えた野菜は、じゃがいもも玉ねぎも長ねぎもすべてサルに荒らされて消失した。柿の木になった実はすべてサルが取っていってしまった。

語弊を恐れずに言えば、住んでみて実感したことだが、農山村で農的暮らしを始めるというのは、底の空いたバケツで水を汲むような感覚に見舞われることがたびたびある、ということなのだ。

畑をサルに荒らされたのを機に、鉄柵と高圧電流が通る設備を購入したが、設置のしかたが初心者のそれで、電線の間隔が均等でないところを狙われて子ザルの侵入を許したりなど、折角の設備投資をしたつもりでも、バケツの底は塞ぎきれていなかった。

今年になって、場所を変えて2回目に設置した電柵は、私自身の組み立て技術がどうやら上がったらしく、見るからに仕上がり具合もきちんとしているようだったし、実際、1シーズンを通じて、サルの侵入を防ぐことができた。これは実にめでたい話で、ようやくスタートラインに立てた、という気分である。

どうやら、農山村で農的暮らしを営むための最低限のレベルに到達するまでには、意外と時間がかかる、ということらしい。別の言い方をすれば、時間をかければ、そうした技術が身につく、ということでもあるのかもしれない。

経験すると分かるが、農作物を野生動物にやられたときに訪れる喪失感というのは、なんとも言えないものがある。それまでの労力が無となり、実に虚しい気持ちになるだけでなく、次やっても同じようなことになるのではないかと、先行きに対して懐疑的になる。
補助金の存在は、起こってしまった残念な状態から気持ちを切り替え、補助金で応援してもらえているうちにインフラを整えて、次こそはやられないようになんとかしてみよう、という方向に向かわせてくれる。

補助金は暮らしと生業の基盤づくりの原資と考える

振り返ってみれば、仕事で補助金を申請し、組織として補助金事業に取り組んだことはあったが、個人として補助金を直接的に受け取った経験は初めてのことだった。
個人の銀行口座に補助金が振り込まれてくると、そのお金は、生活費の支払いや公共料金の引き落としなどといった日々の取引の中の単なる1行として埋もれていってしまいそうになる。もっと言えば、実際には稼いでいないのに、常にお金があるかのような感覚になる危うさもあるかもしれない。

だが、補助金は「いつまでも、あると思うな」の典型であって、必ず終わりが来る。そのため、補助金を消費に充ててしまうのは、それがなくなったときのことを考えると危険かもしれない。そうではなく、補助金は「基盤づくりに必要な投資を可能にする原資」と捉えるのがよさそうだ。

前述の通り、いざ農山村での暮らしや農作業を始めてみると、初期投資に含まれていなかったような支出が短時間のうちにいろいろと発生する。
食費や日用品の購入、水道光熱費といった日常的な生活費(こちらについては『移住一年目の生活費』などで詳述)以外の支出、つまり、暮らしと農作業の基盤に必要な支出については生活費とは別に記録をつけ、それと補助金とを対称させていくようにしてみるとよいのでは、と、後付けではあるが考えてみた。そうすると、事あるごとに、また、また、そして、また、と発生してきたように感じていた支出が、着実に、バケツの底の穴をふさぐことにつながり、暮らしの基盤がじわじわと整ってきており、ちょうどそこに補助金が充当されている、という感覚を持つことができるようになる。

刈払機、チェーンソー、トラクター、鉄柵や電柵などへの支出を積み上げていくと、金額としては結構な額になる。その原資として、補助金が充てられていると考える。一方、月12万円の補助金が毎月積み上がればこちらも相当な額になり、もし支出額の累計よりも補助金の総額がまだ上回っている状態であれば、先々に向けた投資余力が残されていると考えることもできる。このようなちょっとした考え方の切り替えによって、支出に追いかけられてきたような感覚から、むしろ、補助金収入という枠のなかで有意義な支出ができているという主体的な感覚へと転換することができる。

農山村での暮らしにおいて、日常的な生活コストを極小化することが基本的な戦略であるとすれば、それに続く戦略として、補助金を有効に活用して暮らしと生業の基盤を整える、ということの重要性が、実感として分かってきた。

全国各地で、充実した支援策が提供される環境が広がってきている。そして、支援策が充実すると、その反動として、支援策が終了したときに地域での暮らしが続けられなくなるという声もちらほら聞いたりもする。

かくいう私も、まだ補助金が終わった状況に身を置いたことはないので、先のことはそうなってみるまで本当の意味ではわからないのかもしれない。とはいえ、補助金の終わりが必ずやって来ることについては自覚的でありたいと思うし、お金には色がないというが、補助金だけはしっかり色がついていると思って受け止めるのがよさそうだ。

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