玉屋で見た、別の顔

父の記憶

お見合いの夜の印象は、

正直あまりよくなかったと、父は言います。


高そうなコートにブーツ。

寿司折を差し出す態度も、

少し生意気で、気の強そうな女性。


「合わんかもしれん」


そう思っていたそうです。


それでも後日、

父は佐賀玉屋へ行きます。
普段は、

長靴で仕事をしている父。


さすがにデパートに

長靴では行けない。


途中、

靴の卸問屋「月星」に寄り、

靴を買ってから玉屋へ向かいました。


店内で見た母は、

先日の印象とは

まるで別人でした。
制服を着て、

きちんと立ち、

落ち着いた声で接客をしている。


父はあとから、

私にこう話しています。


「可愛くて、清楚やった」


その日を境に、

父の“玉屋通い”が始まります。


仕事帰りに、

母を迎えに行く。

頼まれてもいないのに。
同僚の女性たちも、

「送ってあげるよ」と

無理やり一緒に車に乗せたそうです。


当時、

玉屋で働く女性はモテモテでした。


新聞社、

公務員、

きちんとした職業の男性たち。


いい車で迎えに来る人も多く、

誘いも絶えなかったと聞きます
一方、父は――


野田屋のバン。

乗用車ですらありません。


母は後に、

こんなことを言っています。


「汚い車だった」

「魚の匂いがした」

「正直、恥ずかしかった」


しかも、

頼んでもいないのに迎えに来る。
母は汽車通勤。

当時は汽車通勤が大半
家から汽車で佐賀駅に
佐賀駅から玉屋まで歩く🚶

当時の唐津線はにぎわっていたそう。
兄は公務員。

スーツ姿の男性と接することも多かった母にとって、

ラフな格好の父は、

かなり珍しい存在だったはずです。


それでも――

この頃から、

二人の時間は、

少しずつ増えていきました

兄は公務員。
スーツ姿の男性と接することも多かった母にとって、
ラフな格好の父は、
かなり珍しい存在だったはずです。

まだ、

何も決まっていません。


ただ、

お見合いの夜とは違う父を、

母も、

見ることになった。


それだけの話です。



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