『ゴーン・ガール』:不安にさせる演出
デヴィットフィンチャー監督の『ゴーン・ガール』には、観客の不安をあおる演出が多く見られます。『セブン』や『パニック・ルーム』など、ミステリー作品において高く評価されているフィンチャー監督は20回、30回と撮り直しをするほど映像の細部にこだわっており、この『ゴーン・ガール』も、一秒一秒が洗練された作品となっています。
情報量の多さ
観客に不安を与える要素として、一つは情報量の多さが挙げられます。短時間で多くの情報を提供することでせわしない印象を与え、見る者を「落ち着いて見られない」状態にするのです。
時系列の複雑さもその一つです。失踪から何日目、というテロップが意味ありげに度々現れ、後半ではエミリーの視点でもう一度物語が語られます。また、前半で描かれた結婚生活の回想が実はエミリーの偽装であったことが後半で明かされます。観客が映画に出てくる映像を疑うということはほとんどないので、見事「騙される」仕組みになっています。また、ニックに愛人がいたという事実が途中で出て来ますが、観客はこの事実をニックの妹・マーゴとほとんど同じタイミングで知ることになります。つまりこの時点で、観客の視点がニックにあるわけではなく、観客としても、今見せられている映像が真実なのか、まだ何か隠された事実があるのではないかと考えながら見なければならないと知らされるのです。
時系列が途中で変わる作品としては他に『(500)日のサマー』や『カメラを止めるな!』などが挙げられますが、同じ出来事を違う視点で描くというのは興味深い手法だと思います。
キャラクターの多様性も無視できない要素です。この作品には名前を持つキャラクターが比較的多く登場します。映画でその多くは取り上げられないものの、一人一人に個性があり、それぞれに物語があると感じさせます。これらの登場人物に個性が見えることにも、のちに彼らが物語において重要な役割を持つのではないかと観客に予感させる効果があります。様々な瞬間に伏線があると感じさせるのです。実際に、中盤までは名前しか出てこなかったエミリーの元恋人であるデジーは、終盤で重要な人物となります。
勝者がいない結末
この作品はハッピーエンドとは言い難い結末を迎えます。「この作品に勝者はいない」と、エイミーを演じたロザムンド・パイクはインタビューで語っていますが、この映画は誰が得をして、誰が損をしたのか、また誰が善人で、誰が悪人なのかという明確な答えが出ない作品だと思います。
夫のニックに大掛かりなトリックを仕掛けたエイミーも、共感できる要素を持っています。そもそもの動機がニックの浮気であり、それに深く傷ついたという点でエイミーにのみ非があるとは言えません。ロザムンド・パイクはインタビューで、「エイミーは傷つきやすく育った」と話しています。親が自分をモデルにした本を出版していたことにより、幼いころから理想化された「完璧なエイミー」という自分の分身のような存在があり、孤独を感じてきたと考えられます。また、夫に復讐するというエイミーの計画は、お金を盗まれることにより途中で一度挫折を余儀なくされます。そこで彼女はもう一つの計画、つまりプランBにシフトするわけですが、このシーンでの中心人物はエイミーであり、観客も「ああ、もう少しで計画が成功しそうだったのに」という感覚を抱きます。ニック側からすると敵でしかなかったエイミーにも共感の余地を持たせるところが、この作品に深みを与えているのだと思います。
ロザムンド・パイクはこの作品でアカデミー賞主演女優賞にノミネートされたほか、英国アカデミー賞やゴールデングローブ賞などで主演女優賞にノミネート、サターン賞で主演女優賞を受賞するなど、その演技は高く評価されています。
偽りの自分、残る不安
物語は「表向きのハッピーエンド」という結末を迎えます。協力してくれていた弁護士も手を引き、「妥協」に落ち着くのです。ラストでのニックの心情は明確には描かれていませんが、逆らったら自分もエイミーに殺されるかもしれないという恐怖が多少はあるはずですし、マーゴとの会話から、エイミーとの平凡な暮らしを望む気持ちがある程度強くあったとも考えられます。落ち着いたように見えて不安が残るこの結末は、映画を見終わった後も、観客に「すっきりしない感覚」を残します。

