尺を125%にしたら、報酬が黙って80%になった話
編集の報酬体系には、いくつかパターンがある。その一つが「完成尺(納品する動画の長さ)に応じて支払う」という方式だ。1分あたりいくら、という単価が決まっていて、出来上がった尺の長さで金額が計算される。
ある時、演出上の理由で「動画の速度を125%にしてほしい」という依頼を受けた。テンポを良くしたい、間延びを無くしたい、理由としては真っ当だ。作業として、特に難しいことでもない。
でも、ふと計算してみて気づいた。100 ÷ 1.25 = 80。速度を125%にするだけで、完成尺は自動的に80%まで縮む。そして、完成尺で払われる報酬も、何もしなくても80%まで縮む。
悪意は無い。ただ、誰も計算していないだけ
これは、意地悪な値引き交渉ではない。指示を出した側に、報酬を減らす意図なんて欠片もないはずだ。テンポを良くしたい、それだけの、演出上の判断だったと思う。
でも、悪意が無いことと、実害が無いことは別の話だ。指示を出す側が、その指示が報酬の計算式にどう波及するかを、そもそも計算していない。 完成尺払いという契約の仕組みと、速度変更という演出上の指示が組み合わさった瞬間、誰も意図しないまま、静かに20%の値引きが発生する。
これまでも、この手のクライアントに共通する症状として「工数への感覚が無い」という話を何度も書いてきた。今回のケースが面白いのは、それが感覚や印象の話ではなく、掛け算・割り算一発で証明できる、動かしようのない数字として現れたところだ。
お金の話は、ごまかしが効かない
映像のクオリティや、指示の分かりやすさは、ある程度は主観の領域が残る。「これくらいでいいでしょ」が通ってしまう余地がある。
でも、お金の計算はそうはいかない。100を1.25で割ったら80になる。そこにセンスも解釈の余地も無い。だからこそ、お金にまつわる雑さは、他のどんな雑さよりも雄弁に、相手が生産工程や契約の中身をどれだけ理解しているかを物語る。
似たような話は、お金が動く場面ごとに、形を変えて何度も出てくる。
一番記憶に残ってるのは、振込が予定日を過ぎても入らなかった時のことだ。数日後、詫びの一文とともに謝罪のメールが届いた。ここまでは、まああることだと思う。実際に着金したのを確認して、こちらから「振込確認しました」とだけ短く返信した。角も立てない、ただの事務連絡のつもりだった。
その返信には、既読はついたはずなのに、何も返ってこなかった。一言くらい、「お手数おかけしました」でも何でもいいはずなのに、それすら無い。詫びるという行為自体は、遅延が発覚した瞬間の一往復で完結していて、その後の細かい後始末にまで律儀さを持続させる気は、最初から無かったんだと思う。謝ることと、最後まで関係を丁寧に扱うことは、この人の中では別の引き出しに入っているらしかった。
お金が動く前、募集の段階にも同じ雑さは表れる。クラウドソーシングの案件を眺めていて、固定報酬1,100円という募集を見かけたことがある。数字を二度見した。動画1本の対価としては、ワンコインを少し超える程度だ。しかもその発注者の直近の募集履歴を遡ると、ほとんどが「至急」「急募」の二文字付きだった。急いでいるなら、通常よりも高い対価を積んで人を集めるのが筋のはずなのに、逆に相場を無視した金額で募集をかけている。急ぎであることのコストが、まるで金額に反映されていない。
金額の決め方だけでなく、日々のやり取りの端々にも同じ感覚の欠如が出る。モザイク用の画像を少し小さくしてほしい、という程度の些末な修正指示が、当然のように何度も飛んでくることがある。一回一回は小さな頼み事でも、そのたびにこちらの時間は削られる。でも、指示を出す側に「自分がこの人の時間を使っている」という感覚が無いから、積み重なることへの想像力も働かない。
その延長で、契約範囲そのものが、いつの間にか広がっていることもある。本来は別の専門職(音響効果の調整等)が担うはずの作業を、映像編集の当然の付帯業務であるかのように、無償で肩代わりしていたことがあった。それが専門外の仕事であり、本来なら別料金の対象になり得ることを、発注側はおそらく一度も考えたことが無い。
そして、こちらが業務改善のために持ちかけた話ですら、同じ非対称さに巻き込まれる。依頼シートのフォーマットを見直そうと提案したことがあったが、出来上がったものを見ると、こちらが欲しかった項目(納品日、修正指示書へのリンク)は消え、相手の都合(請求書の照合に必要な清算日)だけがしっかり残っていた。改善のための提案でさえ、都合よく作り替えられて戻ってくる。
全部、同じ根から生えている
振込の確認を無視すること、急ぎの案件に見合わない金額をつけること、些末な指示の積み重ねに無自覚なこと、専門外の作業を当然の範囲だと思い込むこと、改善提案すら都合よく作り替えること――場面はバラバラに見えるが、根っこは同じだと思っている。発注する側が、自分たちの指示や仕組みが、相手の時間・専門性・報酬にどう跳ね返るかを、そもそも計算する習慣を持っていない。
これは、意地悪さの問題ではない。むしろ意地悪さがあった方が、まだ話は単純だ。今回の場合は、単純に誰も足し算・引き算をしていないというだけの話であって、それが積み重なると、結果として受注する側だけが静かに損をし続ける構造になる。
だから、こちらで計算しておくしかない
相手が計算しない以上、自分の側で計算しておくしかない。速度変更のような演出指示が、報酬にどう影響するか。契約に含まれていない作業を、どこまで無償で引き受けるか。急ぎの案件、相場を外れた単価、その両方が揃っている募集には、どんな共通点があるか。
相手の善意に期待して、自分の取り分が自然と守られると思わない方がいい。 悪意が無くても、実害はちゃんと発生する。お金の話だけは、ごまかしが効かない分、こちらが先に手を打っておく価値がある領域だと思う。
