富士市オムライスの名店フラワーズが100年先も続きますように|一生大切にしたい味エピソード
満席のランチタイム。
賑わう店内のカウンターで泣きながらオムライスを食べたのは、今日のこと。
右隣の席で平日昼間からワインボトルを空けたらしいマダムは、時折り横目で私に視線を向けていた。
JR富士駅すぐ。
静岡県富士市富士町にある、“フラワーズ”。
地元で長く愛される小さなカフェレストランだ。
アンティーク調のインテリアが、それぞれの定位置で長く息づいているようなぬくもりのある空間。
看板メニューのふわとろオムライスが人気で、1994年のオープン以降、連日客足が絶えない名店として知られている。
以前、私はこの店の上階に住んでいた。
新卒で初めて実家を出て、誰ひとり知り合いのいない地で一人暮らし。ハタチそこそこの頃のことだ。
駅近、2つ隣の駅にある職場へ通いやすいことだけを条件に見つけた物件だった。
ドアを開けるとすぐフローリング。
玄関土間すらない質素なワンルーム。
ユニットバスには洗面とトイレが押し込まれ、
備え付けのベッドを除けば居住スペースは4畳ほどの小さな部屋。
それでも私には十分だった。
在宅時間が短かったからだ。
当時の広告業界はブラックな部分も多く、家には睡眠と最低限身なりを整えるためだけに帰っていた。
とにかく毎日、数字に文字に追われていた。
予算、売上、ノルマ、アポ時間、締切。
飛び込み数、名刺数、テレアポ数。
取材、原稿、ラフデザイン、メール。
営業車で見知らぬ街を走り回った。赤信号の合間合間に原稿を書いた。それでも目標の22時までに業務は終えられなかった。
そんな暮らしの中で、自然と食事は二の次になった。朝から何も食べていないことに気づく夜もあったが、何より眠る時間がほしかった。
夜倒れ込むように眠っては、ヒールを擦り打ちながら駅へ走る朝。
入社1ヶ月で体重は8キロ落ちた。
リクルートスーツから新調したベージュのスーツは、ずっとブカブカだった。
ついには浮き出た鎖骨が影を帯び、家族や友人たちから心配の声が止まなかった。
同じ頃、学生時代から付き合っていた遠距離の彼にフラれた。「僕の知らない君を、これ以上見るのが・聞くのがつらい」と。
もう仕事しか、なかった。
朝家を出て、帰るまで。
フラワーズの明かりが灯る時間に出くわせることはほぼなく、暗い店内で空っぽのケーキのショーケースが冷たく光るのを横目に部屋へ上がった。
私はこの店が好きだった。
春のあたたかい日。
物件探しに付き添ってくれた遠方の母と、
ここで初めてオムライスを食べてから。
とろけあうようなたまごとライス
「スプーン一杯分」の大盛りサービス
スパイスの効いたかぼちゃのデザート
あたたかなオーナー夫婦の接客
この店の虜になった。幾度と足を運んだ。
仕事が休みの日には、
無駄に広いベランダで、祖母が分け与えてくれた花や野菜の苗を愛でながら、立ちこめるデミグラスソースのようなバターのようなあまい香りに包まれて過ごした。
南向きのベランダに差し込む陽の光
おいしいにおい
あたたかいにおい
近くに人がいる。だれかと生きている。
たったひとり住むこの街で、
私はきっと、あたたかさを探していた。
ある雨の日。
突然、限界はきた。
仕事のミス、上司の一言。
私の中の何かが音を立てて崩れた。
帰ろう。
いつもより早い電車に乗った。
駅前の喧騒を抜け、角を曲がる。
暗い夜道を、足早に。
フラワーズの明かりが灯っていた。
一人になるのがこわくて、
ラストオーダーに滑り込んだ。
食欲がない。
カウンターでかぼちゃのスープを注文した。
そのかぼちゃのスープを一口含んだ瞬間。
実家の母の味が記憶が想いが広がって、
涙が止まらなくなってしまった。
母の味であるはずがないのに。
母の味だった。
帰りたくなってしまった。実家に。
逃げたくなってしまった。
負けたくなかった。なのに。
私は、帰りたかったのか。寂しかったのか。
スープのあたたかさに、こころがほろほろとほどけた。ほどけるこころが、まだちゃんとあった。こま結びでしっかりと締め付けてきた想いが。
泣き腫らした顔でお会計を済ませ、部屋に上がった。
入居の挨拶をしたきり言葉を交わしていないフラワーズのご夫婦へ、手紙を書いた。
スープが美味しかったこと。
きっと、私の暮らしや気持ちも書いた。
今思えば恥ずかしいけれど、あのときはお礼を伝えたいと思いながら、誰かに胸の内を聞いてほしかったのかもしれない。
私の部屋のポストと同じ並びにある、フラワーズのポストに入れた。
すると翌日、なんとポストにお返事が届いていた。
お店の備品だろうか、白のレースをあしらったペーパーコースターに、緑のボールペンであたたかなことばが並ぶ。
最後はこう締められていた。
「フラワーズのママより」。
その後の富士での暮らしは、
幾度とフラワーズの味とご夫婦の優しさに救われながら生きた。生き延びた。
「私はフラワーズの上階に住んでいる。」
これがこころの支えだった。
あれから10数年。
私は遠い街で、新しい暮らしをしている。
今日、たまたま仕事で近くに行く用事があり、数年ぶりにお店を訪れた。
あの時と変わらない。
店内も賑わいも変わらない。
厨房のご夫婦へご挨拶に伺う。
お変わりない様子で、笑顔を向けてくれた。
カウンターで、トマトとチーズのオムライスを食べた。あの頃と同じ味。想いが蘇る。
フラワーズのママが、
「これがおいしい季節に来てくれてよかった」と言いながら、デザートをご馳走してくれた。
大きな桃のコンポート。
その上にはピンクのシャーベットとミントが添えられている。
肉厚なその実にスプーンを落とすと、ほろほろと崩れ、あっというまにやわらかなシャーベットと混ざり合う。
口に運ぶと、華やかな香りがふわっとふくらんだかと思えば、ツーと喉を胸を冷やしていった。
まただ。また、こころがこぼれそう。
こうなると私は、語彙力を失う。
「とってもおいしかったです。」
なんとか振り絞った。
ご主人はお返しに、こんな言葉をくれた。
「長く店を続けていると、いろんな人の思い出に関わる。いろんな人の思いに触れる。それを伝えてくれること、こうやってまた会えることが、本当に嬉しいんだよ」と。
「続けるから、また来てヨ!」
コピーライターの名刺をお渡しした。
当時と苗字が違う名刺に「ペンネーム?」「本名です」と笑い合った。
このお店が続く限り、私はきっと「がんばれる」。
何事も、続けることは、力のいることだ。
それでも関わる人の数だけ、続ける理由ができる。一人じゃなくなる。
「ママ」のいる街、富士。
最後まであの煙突まみれの街のこと、好きにはなれなかったけれど。
それでもずっと大事な場所。
あの店がある限り、ずっと。
「私はフラワーズの上階に住んでいた。」
カフェレストラン FLOWERS
静岡県富士市富士町15-12
https://flowers.sunnyday.jp/index.html
