「鎧の下の本音」遠距離介護、工夫で乗り切った話:第88話
遠距離介護、工夫で乗り切った話
鎧を脱ぐ時 編 No.9
「誰も不幸にしない仕組み」という完璧な鎧の下に、私が隠し続けていた醜い本音を告白します。
仕組みで隠した冷徹さ
私はこれまで、論理的な仕組みで遠距離介護を完遂したプロセスを偉そうに語ってきました。
書くことで自己肯定感が高まり、自己顕示欲が満たされていたことも事実です。元々「書く」こと自体は好きな作業でしたので。
しかし、その精巧だと自画自賛している「仕組み」の奥底には、強烈な自己否定感を力ずくで押さえつけている部分があります。
「私が息子でなければ、別のもっと素晴らしい人が息子なら、母はもっと幸せな最期を迎えられたのではないか」
そんな思いが、今も胸の奥に澱のように沈んでいます。
私は娘のQOL(生活の質)を最優先にするという大義名分の影に、自分の冷徹さを隠していただけではないのか。
その防波堤の裏にあったのは、娘や母や妻や妹への愛ではなく、剥き出しの自己愛だったのではないか。
いや、自己愛以外の何物でもありません。
告白しますが、家族への愛?母への愛?違います。
自己愛です。
自分の生活を守りたい
私は、母を自分の住まいの近くに呼び寄せ、より手厚い介護を提供するという選択を最初から排除していました。
「東京での平穏な生活を、家族との時間を、自分のキャリアを、母の老いという泥沼に奪われたくない」
これこそが、私のシステム手帳の空白に刻まれた本音でした。
母の本音はわかっています。
寂しい。できれば一緒にいてほしい。でも子供に迷惑はかけたくない。
わかっていながら、私は偉そうな大義名分を掲げ、家族愛を隠れ蓑にして、仕組みをつくり、それを偉そうに書きつづってきました。
もちろん、しがない私には同居を選ぶための経済力も、広い持ち家も、時間的な余裕もありません。それは事実。
もし私が世間で言う「稼ぎの多い、大きな家に住む人間」なら、迷わず同居して母を幸福にできたかもしれない。
現実の自分はそうではなかったのです。
いや、「たられば」の話はよしましょう。
そんな「たられば」があったとして、
やはり、同居という選択肢を。私は選んでいないでしょう。
私はそんな人間なのです。
遠距離介護という論理的最適解は、できない卑小な自分を否定し、同時に肯定するための唯一の手段でした。
そうしなければ、
私の精神がもたなかったから。
もたないという弱さがある自分だと知っていたから。
卑小さを抱えて生きる
本当は賑やかなことが大好きだった母に、私は最後までその賑やかさを与えられませんでした。
介護が始まった時から終わった今でも、それができなかった自分を否定し続けています。
しかし、だからといって介護を怠ったつもりはありません。
「できることをできるだけ」やってきた自負もあります。
否定し続ける自分を、自ら肯定し直す。
この繰り返しこそが、私の介護の真実でした。
だからこそ、これを読んでいるあなたが、
今まさに介護の渦中にいるのなら、
そんなあなたへ伝えたいのです。
どうか、自身の卑小さを理由に、
自分を否定しないでください。
ここまでお読み頂き、有難うございました。
明日もあなたとあなたの家族に幸せを感じられますように。
次回、第89話「感謝を足あととして」
母の死後の虚無感と葛藤、そして感謝へと至る心の軌跡を綴ります。
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