第一章 出産直前、実家から「縁を切る」と言われたわたしの選択
出産直前、実家から「縁を切る」と言われました。
妊娠30週。
お腹には、もうすぐ生まれる命がありましたー。
これは「家族のかたち」第一章です。
【20代の葛藤と親兄弟との関係】
わたしは20代の頃、慣れない仕事からうつを発症。5年以上、良くなったり悪化したりを繰り返していました。
親兄弟もとても苦しんだことだと思います。
「今日は良い日か悪い日か、分からない。不安定な人がいることのストレス。好き勝手わがままばかりしている人…」
ずっと寝ていたかと思うと、フラッと買い物やランチを楽しんだり、かと思ったら仕事を休む。ご飯も食べる日もあれば食べない日もある、穏やかかと思うと泣いたりイライラして怒っている、そんな日々でした。
わたしはわたしで苦しみました。
親兄弟に求められる自分と、カウンセリングで示される自分に必要な向き合い方は大きくズレていました。
親兄弟は、元通りの『しっかりしたお姉ちゃん』になることが『治る』ことであり、わたしに求めていた姿だったろうと思います。
カウンセリングでは、自分の気持ちの赴くままに「しんどくない」を追求することが必要だと教えられました。
わたしは、これまでの自分のままでは、『元通り』では、またダメになる…
その気持ちから、カウンセリングに従い、心を少しでも軽く『解放して』生きていく選択をしました。
ーーおそらく、この頃生まれた❝歪❞が、後の実家との関係の難しさのきっかけだったのでしょう。
【父の死後の距離感の悩み】
父が亡くなり、お互い直接口にはしないものの、わたしは実家との折り合いが少しずつ悪くなっていきました。
一家の大黒柱を失い、家族それぞれがどう進めばよいのか模索する中で、些細なことで衝突が増え、距離感に悩む日々。
朝皆より遅く起きると向けられる冷たい視線、家事に手を出そうとすると「いいから!」「違う!」と飛んでくる言葉に心が締めつけられ、動悸がする日々…。
それでも相手の顔色を伺いながら、笑顔を作り続ける自分に疲れ果てることも。
それぞれが考える『家族を支えること、家族としての役割』のズレも大きくなっていきました。
必要と無駄。
甘えと自立。
自由と無責任の温度差…。
心から休まる時間はどんどんなくなっていきました。
【同棲での期待と現実】
「自宅に居場所がない…」
結婚に向けて、居場所を求めるように同棲を始めました。
物理的な距離ができれば、実家との関係も落ち着くかもしれないー。
現実は思った通りにはいきませんでした。
実家は援助や心遣いを求める一方で、私としては新生活も大切にしつつ、できることをやっているつもり。
「求められていることは何だ?、もっとして役に立たなければ、こたえなければ、大切な家族の関係が壊れてしまう…」
『家族の縁や絆』を大切に育ててもらった自分が、家族を壊してはならない―。
自分を責めることもあり、溝が埋まらないまま時間だけが過ぎていきました。
それでも、ふとした瞬間に「結婚・妊娠・出産で関係は変わるかも」と思う自分もいました。
期待と不安が入り混じり、心はいつも揺れていました。
【出産前の淡い期待と現実の衝撃】
妊娠が分かった瞬間、喜びと同時に、実家にどう受け止められるかという不安も湧きました。
それでも、「こどもが生まれれば関係が変わるかもしれない」という淡い期待を抱いていました。
『子はかすがい』…使い方は違うかもしれませんが、その言葉に小さな希望を託し、未来に少し光を求めていました。
しかし出産直前、実家側から完全に縁を切るという連絡が入りました。
冷たい文字が並ぶ長文とともに、「もう耐えられません。縁を切ります。」という宣告。
妊娠中の体調変化や不安に加え、精神的ショックも大きく、孤独感に押しつぶされそうになった日もあります。
特に母親に対しては、「見捨てられた」という絶望感が強く、涙が止まりませんでした。
それでも、「自分を守り、生まれてくる子と家庭を守り、前に進むしかない」と言い聞かせ、未来に少しでも前向きな光を見出そうとする日々が続きました。
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実家との関係は終わりました。
でも、私は『家族』をあきらめませんでした。
この選択が正しかったのかどうか、正しく歩めてきたのか、今でも答えは分かりません。
