3.11 ものの芽の あらはれ出でし 大事かな〜ヒーローは一人では戦えない〜

イベントが終わって半月ほど経った。

その日、社内には、珍しく朝から宮崎がデスクに向かっている。

しかも、始業40分前。

これは、事件である。

「……よし」

誰に言うでもなく、小さく拳を握る。
机の上には、一冊のクリアファイル。
表紙には、太めのマジックでこう書いてあった。

《新規イベント企画案(仮)》

(仮、って書いたけど……ほぼ完成だよな)

そう考えて宮崎は、したり顔をした。

昨夜はほとんど眠れなかった。
頭の中で、あのイベントの歓声が何度も再生されたからだ。

ヒーロー衣装。
子どもたちの声。
高瀬の「良かったぞ、ヒーロー!」。

(……俺、出来る子じゃね?)

そう思うと、やる気が出た。

その気持ちだけで、ここまで来たのだ。

始業時間。
人が集まり始める。

清水が通りかかり、チラッとファイルを見る。

「え、なにそれ。ついに脚本家デビュー?」

「ち、違います!イベントです!」

「あー、はいはい。世界征服とか?」

「違いますって!」

「頑張れ!ヒーロー!」

茶化す様に笑いながら、清水は自席へ向かう。

間宮も来た。
無言で会釈し、ファイルを一瞥。

「……企画書?」

「は、はい!ちょっと……思いつきまして」

「そう」

それだけ言って、間宮は席に着いた。

(……反応、薄くない?)

だが、ここで引くわけにはいかない。

宮崎は、意を決して高瀬の席へ向かう。

「課長、少し……お時間、いいですか」

高瀬は顔を上げ、少し驚いたように眉を上げる。

「どうした、改まって」

「企画書……作ってみました」

差し出されたファイル。
高瀬は受け取り、ゆっくりとページをめくる。

沈黙。

(……あれ?)

一枚。
二枚。
三枚。

高瀬は、何も言わない。

(え、ダメ?やっぱダメ?)

心臓の音が、やけにうるさい。

やがて、高瀬は顔を上げた。

「……なるほどな」

その一言が、逆に怖い。

「で、宮崎。これは……誰向けだ?」

「え?」

「子どもか。親か。自治体か。スポンサーか」

「えっと……全部、です!」

高瀬は、少しだけ笑った。

「欲張りだな」

「す、すみません……」

「いや」

高瀬は、ファイルを閉じる。

「やってみろ」

「……え?」

「この企画、君が主で動かしてみろ」

宮崎は、一瞬、思考が止まった。

「い、いいんですか?」

「条件がある」

高瀬は、真っ直ぐに宮崎を見る。

「俺は、口出ししない。失敗しても、途中で助けない。
その代わり、最後まで責任を持て」

一拍。

「出来るか?」

宮崎は、喉を鳴らした。

怖い。
でも——

「……やります」

その声は、自分でも驚くほど、はっきりしていた。



宮崎が席に戻るのを見送り、高瀬は、静かに息を吐いた。

(……やってしまったな)

管理職としては、あまり褒められた判断ではない。

企画は、正直言って荒い。
熱量に比べて、地図がない。

止める理由はいくらでもあった。

それでも——

(あそこで止めたら、あいつはもう二度と出してこない)

それが、分かってしまった。

———

その1週間前——

高瀬は、清水、間宮と会議室にいた。
もちろん、次の仕事の企画を練る名目でだ。

多くの依頼から、高瀬が5つに絞った。

あとは、その中から、2人の意見も聞きながら、決めようと思っていたのだ。

2時間ほど話し合い、各々の意見を言い合う。

しかし、3つまでしか絞りきれては居なかった。
別に意見が対立した訳では無い。

残りの3つが、どれも"どんぐりの背比べ"なのだ。

どれも、悪くは無い。

ただ、どの案件も、突出して「これだ!」との決め手もない。

イタズラに時間だけが過ぎて行く。
高瀬は腕組みして、天井を眺め、間宮は企画案を、じっと見つめたままだ。
清水も、珍しく口数は減っていた。

高瀬は考える。
そして、ここは一旦、明日への持ち越しを決めたのだった。

自席に戻り、何気なくデスクに企画案を置く。

ため息まじりにコーヒーを啜っている時に宮崎が、ふと高瀬のデスクの前を通りかかった。

デスクの前で立ち止まり、ポカンと高瀬のデスクに置かれた企画案を見ていた。

「課長…。もしかして、これって次のやつっすか?」

「ああ。」

思わず、ぶっきらぼうに返してしまった。
高瀬は、これではいけないと姿勢を正し、宮崎に雑談でも言うように言った。

「この3つまでは絞ったんだが、決め手が無くってな」

自重気味に笑う。
すると、宮崎が、その中の1つを指差して、こう言った。

「これ、良さそうっすよね。おれ、またショーをやりたいし。」

それを聞いた高瀬は、ふと、それも悪く無いな。と思い、宮崎に言う。

「宮崎。お前、この企画書、書いてみるか?」

「え?良いんですか?!!」

芽を輝かせて宮崎は言う。

高瀬は、その顔を見て、懐かしくもなり、宮崎に書かせて見る事にした。

———

昼休み。

間宮が、コーヒーを片手に近づいてくる。

「宮崎の企画、通したんですね」

「……見てたか」

「音で分かります」

間宮は、淡々と言う。

「リスクは高いです」

「分かってる」

「失敗すれば、課の評価にも影響します」

「分かってる」

一拍。

「それでも?」

高瀬は、窓の外を見る。

「……宮崎の、あんな顔を見たのは初めてでな。若い芽を育てて行かなければならないのも事実だ」

間宮は、少し考えてから言った。

「合理的ではありませんね」

「だろうな」

「でも」

間宮は、カップを置く。

「……嫌いじゃないです」

高瀬は、思わず笑った。



その日の夕方。

清水のスマホが、震えた。

知らない番号。

「はい、清水です」

『突然すみません。○○メディアの者ですが』

(あー、来たか)

イベント動画。
SNS。
再生数。

「今度、地域イベント特集を組むんですが……」

「取材を、お願い出来ませんか?」

清水の顔が、パッと明るくなる。

会社の知名度が上がれば、次のイベントの宣伝にも使えるし、何より、メディアとは懇意にしたいと思っていた所だ。

「喜んで!では、今、広報の方へ確認し——。」

「いや!違うんです!今回は、清水さん、個人へ取材をお願いしたく、失礼ながら直接、お電話させて頂きました。」

清水は、少しだけ間を置いた。

「……あ、そうなんですね。取り敢えず、一度、考えて折り返しても良いですか?」

そう言って、電話を切る。

胸の奥が、少しだけ、ざわつく。

(個人、か)

相手の目的次第では、悪い話しでは無いのかも知れない。

でも——

視線の先に、宮崎がいる。
必死な顔で、企画書と睨めっこしている。

間宮は、いつも通り淡々と仕事をしている。

高瀬は、窓の外を見ている。

(……あたし、一人で行って、良いのかな?)

清水は、スマホを伏せた。

返信は、まだしない。



夜。

ヤヌスは、雲の上から、その光景を見ていた。

現在の顔が、静かに呟く。

「なあ、未来の私よ。彼らは、間違った道を選んでいるか?」

未来の顔は、肩をすくめる。

そして、楽しそうに笑った。

「いいや。やっと“物語”を選び始めただけさ」

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