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「スピリチュアルに600万円。あの頃の私、必死すぎた」⑦ 「〜しなければ」は、子どもの頃の私が作った鎧

生活を整え始めて、不安が減ってきた。
判断も少しずつ、自分でできるようになってきた。

でも、ふとした瞬間に胸の奥がきゅっとなる。
何も起きていないのに、体がこわばる。

「私、また力入ってる?」
「今、誰に怒られる気がしてる?」

そう感じることがありました。

この“理由のわからない緊張”は、私の性格のせいじゃなくて——
毒親育ちの私が、子どもの頃に身につけた生存戦略だったのかもしれません。


「ちゃんとしなきゃ」は、私の標準装備だった

毒親育ちの人って、わりと共通していませんか?

  • 何もしてないのに焦っている

  • 休むと罪悪感が出る

  • 失敗が怖い

  • 人に頼れない

  • 「大丈夫?」と言われると、逆に緊張する

私はずっとこれでした。

子どもの頃、家の中に“安心”が少なかった。
機嫌が悪いときの空気、声のトーン、足音、ドアの閉め方、物の置き方…。
そういう小さな情報を、体が勝手に拾っていました。

「今日は地雷ある?」
「今話しかけたらまずい?」
「怒られないように、先に動こう」

この“先回り”が、私の普通になっていた。

そうして出来上がったのが、頭の中の小さな監督です。

  • ちゃんとしなきゃ

  • 迷惑かけちゃダメ

  • 我慢しなきゃ

  • 期待に応えなきゃ

  • 私が何とかしなきゃ

真面目な人あるあるのフルセット(ですよね?)

私はずいぶんこの小さな監督が自分の中に住み着いていました。
だから、ちょっと手を抜いてもいいよねって思ってした行動にも、

誰か(何か)に
「いやいや、ダメでしょ!」
「ちゃんとやりなさい!」

と、言われるというか、そう見られている、思われているという思いに駆られてなりませんでした。

今でも、母(昨年亡くなりました)にはきっとこう言われるんだろうなって思ってしまう時があります。

「しなければ」の正体は“怖さ”だった

「〜しなければ」を手放そうとすると、なぜか怖い。

  • 手放したらダメな人になる

  • 手放したら見捨てられる

  • 手放したら私は価値がなくなる

そんな感覚が出てくる。

でも、ここでようやく気づきました。

“しなければ”は、私を縛るためじゃなくて
私を守るために作られた癖
なんだって。

子どもの頃の私は、自分の気持ちを優先できませんでした。
「嫌」「怖い」「つらい」を言えば、余計に面倒になる。
だから私は、感情よりも先に“正解の振る舞い”を選んでいた。

その結果、

判断の基準が「私がどうしたい」ではなく
「怒られないためにはどうする?」

になっていたんです。

毒親育ちの“無意識の緊張”って、これなんだと思います。

「自分を優先していい」が、最初は罪悪感だった

私は、休むのが下手でした。

休む=サボり
みたいな感覚がどこかにあって、

  • もっと頑張った方がいい

  • 休んだら置いていかれる

  • 何かしてないと価値がない

という声が、勝手に出てくる。

でも、よく考えたら不思議です。

子どもの頃、私は「頑張っている姿」を求められていた。
いい子でいること、親の機嫌を損ねないこと。
“ちゃんとしている私”が評価される。

そのクセが大人になっても残っていて、
休むと心が落ち着かない。

でも今の私は、もう子どもじゃない。
もう誰かの機嫌のために生きなくていい。

だから私は、言い換えをしました。

自分を優先する=ワガママ、じゃない。
自分を優先する=回復の土台。

この言い換えは、私にとって救いでした。

毒親育ちの“自立の呪縛”をほどく一言

毒親育ちの人は、頼れないことが多いです。

頼る=迷惑
頼る=弱い
頼る=裏切られる

そんな学習を、いつの間にかしてしまっている。

でも、ここでもう一度、確認したいんです。

人に頼れないのは、弱いからじゃない。
生き延びるために、そうせざるを得なかったから。

だから今は、少しずつ練習でいい。

「頼らない自分」に誇りを持つより、
「頼れる自分」を育てた方が、人生は軽くなります。

無意識の緊張をゆるめる、私の小さな工夫

ここからは、私が実際にやっていたことです。
どれも地味ですが、毒親育ちの人には特に効きやすいと思います。

1)“いまの体”を確認する(最優先)

毒親育ちは頭が先に動くので、体から戻します。

  • 呼吸浅くなってない?

  • 肩に力入ってない?(肩上がってないか)

  • あご、力入ってない?(食いしばってない?)

  • お腹が固くない?

気づくだけで、緊張がほどけます。

2)返事は「一呼吸」置く

“すぐ答える癖”は、地雷回避の名残かもしれません。

  • 今すぐ返さない

  • その場で決めない

  • 「明日返す」でいい

これだけで、判断がブレにくくなります。

3)「7割でいい」を口ぐせにする

100点主義は、毒親育ちの心を削ります。

7割で回る生活を先に作った方が、回復は早いです。

4)“本当はどうしたい?”を1日1回だけ聞く

大きな夢じゃなくていいです。

  • 今日は何食べたい?

  • 今、休みたい?

  • 今、誰とも話したくない?

小さな願いを拾うほど、
「私基準」が戻ってきます。

ここまで読んで、「私もそれ、やってるかも…」と思った方へ。

今後投稿予定の保存版(有料です)に毒親育ちの「無意識の緊張」チェック(ミニ診断+1分リセット)を置いておきますね。
これは、自分を責めるためではなく、“今の状態に気づく”ためのものとして活用いただければと思います。


私のスピリチュアル依存と毒親育ちはつながっていた

私はスピリチュアルを否定したいわけではありません。
スピリチュアルのせいでどうこうなったということを主張したいわけでもありません。

ただ、毒親育ちの私は
「自分の感覚」を信じることが苦手でした。

だから、強い言葉や、自分が当時感じた“すごい人”に出会うと、
判断を外に預けやすかった。
視えないものからのメッセージを、現実逃避に使っていたのかもしれません。

でも結局、現実に心が軽くなったのは、
視えない答えを探した時ではなく——

生活を整え、体を整え、
“私の感覚”を取り戻した時
でした。

スピは車体じゃなくて補助輪。
今の自分は、その補助輪を外しても前に進むことができる。
人生のハンドルは、私が握る。

この順番にしてから、不安はグッと減りました。

「しなければ」をゆるめたら、軽くなった

“ちゃんとしなきゃ”を少しゆるめたら、
人に優しくなれました。

そして何より、自分に優しくなれました。

あの頃の私は必死だった。
だから仕方なかった…。

でも今の私は、もう少し軽く生きてもいい。
そう思える日が増えていきました。


次回はもう少し踏み込みます。
私が学び直しの中で気づいたこと——

「深掘りがいつも正解とは限らない」という話です。

癒そうとして、むしろ苦しくなった時期がありました。
その経験から、今の私が大切にしている“安全な整え方”を書いてみようと思います。


今回は以上です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。


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